### 第32話:軋むフレーム
### 第32話:軋むフレーム
段差を越える特訓を何度か繰り返すうち、競技用車いすのフレームから、これまで聞いたことのない小さな異音が聞こえ始めた。
カキッ、と金属が微かに擦れ合うような、乾いた音が車体の底から響いてくる。
「……ん?」
僕はラケットを止め、車体をゆっくりと停めた。
「どうした瀬戸? ラリーの途中で」
翔太が心配そうにネットの向こうから歩み寄ってくる。
「いや、なんか足元から変な音がしてさ……」
僕は身をかがめ、車いすの底面、フロントキャスターの接続部を覗き込んだ。
心臓が冷たく凍りつくような気がした。
毎日のように繰り返したハードな方向転換と、昨日の今日で行った段差越えの衝撃のせいか、キャスターを支える金属の支柱部分に、髪の毛ほどの細い亀裂が入っていたのだ。
「これ……ひび割れてる……?」
翔太が絶句したように声を漏らす。
せっかく一ノ瀬から譲り受けた新しいタイヤを装着したばかりだというのに、今度はフレーム本体が悲鳴を上げ始めていた。
日常用として支給されたものではない、部活の古い備品を譲り受け、無理な使い方を重ねてきたツケが、ここにきて一気に回ってきたらしい。
「機材の限界って……こういうことかよ」
僕は悔しさに唇を噛み締めた。
事故直後の絶望を乗り越え、ようやく自分の足代わりとなる車いすとの一体感を掴みかけていた矢先、相棒であるはずの機材が壊れかけている。このまま無理を続ければ、最悪の場合、練習中にフレームが折れて大怪我を負うかもしれない。
「おい、瀬戸……今日のところはもうやめとけ。これ以上やったら、本当にやばいって」
翔太の真剣な眼差しが、僕の焦りを無理やり引き戻す。
悔しさと無力感が胸の奥で渦巻く。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。第1巻の終着点へ向かう僕たちの歩みは、こんな機材のトラブルごときで止まるわけにはいかなかった。




