### 第28話:影の視線
### 第28話:影の視線
晴れ渡った空の下、校舎裏のアスファルトコートにボールを打つ音が軽快に響き渡る。
新しいタイヤに変えてからというもの、車体の挙動は見違えるほどスムーズになり、フットワークのキレも格段に上がっていた。翔太とのラリーも、ただ打ち合うだけでなく、互いにコースを突き合う本格的なラリー戦へと進化している。
「ふう……やるじゃねえか、瀬戸。最近、なんか動きがキレてないか?」
息を弾ませた翔太が、ラケットを肩にかけながらフェンスの端に寄りかかった。
「そうか? タイヤのおかげもあるかもしれないな」
「それだけじゃねえよ。なんていうか……自分の車いすが自分の体の一部みたいになってるっていうかさ」
翔太の何気ない一言に、僕はハッとした。
言われてみれば、以前のように「車いすに乗らされている」という違和感や、身体の自由が利かないもどかしさが、この数日間は不思議と薄れていた。事故直後の絶望に囚われ、ただ動かない足を呪っていた日々から、少しずつ「この体でどう戦うか」へと意識がシフトし始めているのを感じる。
「……そうかもな」
僕は自分の競技用車いすのフレームに触れ、小さく呟いた。
その時だった。
コートを囲む古びたワイヤーフェンスの向こう側、昇降口へと続く通路の陰から、じっとこちらを見つめる人影があることに気づいた。
陽光を遮るように立っていたのは、見覚えのある長身のシルエット。
一ノ瀬だった。
いつからそこにいたのか、彼は腕組みをしたまま、無言で僕たちのラリーの一部始終を観察していたのだ。その鋭い眼光は、まるで獲物を狙う猛禽類のように冷徹で、そしてどこか値踏みをするような深さを湛えていた。
「おい、瀬戸……あそこの人、誰だ?」
翔太も視線に気づき、小声で僕に耳打ちする。
「……僕を車いすテニスの世界に引きずり込んだ、コーチの一ノ瀬さんだ」
一ノ瀬の名を聞いた翔太の目がわずかに見開かれる。
「あの、電話で話してた……?」
「ああ」
僕は一瞬の躊躇のあと、ハンドリムを掴んでフェンスのほうへと車いすを走らせた。
約束の週末練習会はまだ先のはずだ。わざわざこんな高校の校舎裏まで、一ノ瀬はいったい何の用があって足を運んだのだろうか。
「――一ノ瀬さん」
車体を止め、フェンス越しに声をかけると、一ノ瀬はゆっくりと険しい表情を緩め、フッと鼻を鳴らした。
「ほう、動きは少しマシになったようだな、瀬戸。だが、そんな学内の遊びみたいなラリーで、本当に全国の舞台を狙うつもりか?」
その言葉は、穏やかな放課後の空気を一瞬にして張り詰めた緊張感へと変えた。




