### 第23話:白線の外の現実
### 第23話:白線の外の現実
新しいタイヤに換装した競技用車いすは、これまでのボロボロだった足回りとは比べ物にならないほど軽快にアスファルトを捉えた。
ウレタンコートで一ノ瀬から得た手応えを胸に、僕は再び校舎裏の特設コートへと戻ってきた。
「おお……すげえな、そのタイヤ。完全に新品じゃねえか」
待ち構えていた翔太が、僕の車いすの足元をのぞき込んで驚きの声を上げる。
「ああ。一ノ瀬さんに譲ってもらった。これで機材の言い訳はできなくなったってわけだ」
「上等だ! こっちも昨日の今日で、新しいレシーブの特訓をしてきたんだからな!」
放課後の静かな空気に、再び激しい打球音とタイヤの摩擦音が響き渡る。
新しいタイヤがアスファルトに刻む黒い轍は、昨日までのものとは違い、より深く、より力強く地面を捉えていた。
けれど、どれだけ機材が新しくなっても、変えられない現実があった。
ラリーを始めて三十分が過ぎた頃、右腕の筋肉がぴくりと痙攣した。掌のテーピングの中で、昨日かさぶたになりかけた皮膚が再び裂け、生々しい痛みが走る。
「……っ」
動きがわずかに鈍った瞬間、翔太の放ったフォアハンドが僕の横を鋭く抜けていった。
「おい、瀬戸。今のは足が止まってたぞ」
翔太がラケットを軽く肩に担ぎながら、心配そうにこちらを見る。
「……なんでもない。もう一球頼む」
息を整えようと上半身を起こすが、胸の奥が重く沈む。
競技用車いすに初めて乗ったあの日の高揚感。一ノ瀬の厳しい指導の下でポイントをもぎ取った時の興奮。それらは確かに本物だったけれど、日々の学校生活と過酷な練習のギャップは、想像以上に僕の肉体を削り取っていた。
元サッカー部だった頃の記憶が、ふと脳裏をよぎる。
自分の足でピッチを駆け抜け、どれだけ走っても倒れなかった肉体。その感覚が基準になっているせいで、上半身だけで体を支え、激しい方向転換を繰り返す車いすテニスの負荷は、僕が思っていたよりも遥かに残酷に体に突き刺さっていた。
「なあ、瀬戸。今日はこのへんにしとくか?」
翔太の優しい声が、かえって胸に突き刺さる。同情されているわけではないと分かっていても、「これ以上やると、また使い物にならなくなるぞ」という現実を突きつけられた気がした。
「……いや、まだだ」
僕は歯をくいしばり、車いすのハンドリムを強く握りしめる。
第1巻で描かれるべき「事故直後の絶望、車いす生活への適応」。その壁は、まだ完全に打ち砕けていない。僕の心と体は、まだ新しい現実に本当の意味で馴染みきっていなかった。




