### 第21話:壁の向こうの軌道
### 第21話:壁の向こうの軌道
一ノ瀬の放ったボールは、アスファルトコートの比にならないほどのスピードでウレタンのフロアを滑り込んできた。
――速い!
頭で考えるより先に体が反応していた。僕はハンドリムを強く叩き、車体を斜め前方へと急回転させる。
ウレタン特有の滑らかな摩擦が、タイヤを通じて掌にダイレクトに伝わる。校舎裏のざらついた地面なら足を取られていたような急角度の旋回も、今の僕の車体は綺麗に軌道を描ききった。
落下地点へ滑り込み、上半身を鋭くひねる。
ガツンッ!
スイートスポットを完璧に捉えた打撃音が、体育館の天井へと高く響き渡った。
僕が打ち返したボールは、一ノ瀬の予想の斜め上を抜けるような鋭いクロスショットとなって、相手コートの隅へと突き進む。
「ほう……!」
一ノ瀬の目がわずかに見開かれた。
彼は瞬時に反応し、見事なバックハンドでそのボールを拾い上げたが、返球された球は浅く、ネットの手前でふわりと弾んだ。
(もらった……!)
僕は迷わず前に詰め、渾身の力を込めてスマッシュを叩き込んだ。
ボールは一ノ瀬の足元を鋭く抉り、ウレタンの床の上で乾いた音を立ててバウンドした。彼は一歩も動けず、ただ飛んでいくボールを目で追うしかなかった。
「……っ」
静まり返った第2体育館に、僕の荒い息づかいだけが響く。
決まった。一ノ瀬から、初めて自分の力でポイントをもぎ取ったのだ。
車いすの上で両腕をぐっと握りしめる。
あの校舎裏で、翔太と一緒に白線を引いて泥臭く重ねたラリーのすべてが、この一打に凝縮されていた。足が動かなくても、環境がどれほど厳しくても、僕の進むべき道は確かにこの手で切り拓ける。
「……やるじゃないか、瀬戸」
一ノ瀬はラケットを下ろし、フッと満足げな笑みを浮かべた。その表情には、かつて病院のコートで冷徹に見下ろしていた姿は無く、一人のプレイヤーのそれがあった。
「約束通り、一番状態のいい予備タイヤをくれてやる。あとでお前の車いすに組み替えておけ」
「ありがとうございます!」
僕は力強く頷いた。
新しいタイヤを手に入れた僕の車いすは、ここからさらに遠くへ、もっと広い世界へと走り出す。僕の新しい青春のギアは、いま最高回転数で回り始めていた。




