### 第20話:ウレタンの洗練
### 第20話:ウレタンの洗練
一ノ瀬に促されるまま、僕は競技用車いすを進めて第2体育館のコートへ足を踏み入れた。
アスファルトのざらついた感触とは全く違う。滑らかで、それでいて適度なグリップ力を備えたウレタンのフロアが、タイヤの下で心地よい反響を返してくる。
「どうだ、普段のざらついた地面とは違うだろう」
一ノ瀬はラケットケースから自分のラケットを取り出しながら、静かに言った。
「滑りすぎず、止まりすぎない。車いすテニスにとって、この床の感触をどれだけ早く掴めるかが最初の勝負だ」
「……はい」
僕はタイヤを小さく前後に動かし、その感覚を確かめる。
校舎裏のひび割れたアスファルトでは、常にタイヤが削れる恐怖と戦いながら微調整を強いられていた。しかし、ここでは力の伝わり方がダイレクトに車体に反映される。まるで、自分の体が数倍軽くなったような錯覚すら覚えた。
「おい、いつまでも感触に浸ってる暇はないぞ」
一ノ瀬がネットの向こう側から鋭い視線を投げかけてくる。
「今日はタイヤの予備を譲るという約束だが、ただで渡すつもりはないと言ったはずだ。僕から一本でも取れたら、一番状態のいい予備をくれてやる。取れなければ……そのボロボロのタイヤのまま、自力でどうにかする方法を考えるんだな」
周囲で練習していた他のプレイヤーたちの視線が、ふとこちらに集まる。
冷やかしではない。プロフェッショナルな眼差しが、僕たちのコートに注がれている。
プレッシャーが、背筋をスッと冷たく撫でた。だが、不思議と恐怖はなかった。むしろ、胸の奥で熱いものが激しく脈打っている。
「……望むところです」
僕はグリップを握り直し、低い姿勢をとった。ワイヤーが覗く右側のタイヤに体重を預け、いつでも飛び出せるように身構える。
翔太と交わした放課後のラリー。あの小さな空き地で泥臭く掴んできたすべての感覚を、この整えられたコートの上で証明する。
「いくぞ、瀬戸!」
一ノ瀬のトスが上がり、鋭く放たれた初球が、僕のコートのサイドラインへと突き進んできた。




