### 第18話:週末への助走
### 第18話:週末への助走
一ノ瀬との電話を終えたその日から、週末の練習会までの数日間は、もどかしくも濃密な時間だった。
校舎裏のアスファルトコートではタイヤの摩耗を恐れて本格的なラリーはできない。けれど、だからといって立ち止まるつもりはなかった。放課後、僕は車いすのままコートの隅に陣取り、フットワークの基礎と上半身のバランス調整だけに集中した。
「おい、またそんな地味なことやってるのかよ」
翔太がラケットを片手に近寄ってきたのは、木曜の放課後のことだ。
「ボールを打たないと意味ねえだろ」
「基礎ができてなきゃ、新しいタイヤを履いてもすぐにお釈迦になるさ。一ノ瀬さんに言われたんだ。『足元を制する者がコートを制する』ってね」
僕が笑いながら答えると、翔太は面白そうに鼻を鳴らした。
「ふん、なんかまた強そうなやつの名前出しやがって。その一ノ瀬って奴、そんなにすごいのかよ?」
「ああ。僕をこの車いすの上で戦う生き方に引きずり込んだ、最初の壁みたいな人さ」
あの白い病院の天井。絶望しきっていた僕に、容赦なくボールを打ち込んできた一ノ瀬の姿が脳裏に蘇る。あの出会いがなければ、僕は今もあの部屋の隅でふさぎ込んでいたに違いない。
週末の練習会は、あのリハビリ室の枠を出て、もっと広い外の世界で彼と向き合う初めての機会だ。武者震いするような緊張感と、胸が高鳴るような期待が混ざり合う。
「ふーん……。まあ、お前がそこでボコボコにされて泣いて帰ってきたら、俺が代わりに相手してやるよ」
翔太はそう言って不敵に笑い、自分のラケットを空中で軽快に振った。
「心配すんな。僕が負ける気はないさ」
金曜日の放課後。
部活棟の裏に置いた競技用車いすを丁寧に拭き上げ、僕は週末の準備を整えた。タイヤのワイヤーは相変わらずむき出しのままだが、フレームのボルトを締め直し、油を差す手つきには確かな手応えがあった。
カバンの中には、一ノ瀬から指定された持ち物と、擦り切れたグリップテープ。
明日、市内の総合スポーツセンターへ行く。
夕暮れの空を見上げると、雲一つない澄んだ青が広がっていた。
事故に遭って以来、季節の移り変わりなんて気にする余裕もなかった。けれど、今の僕には見える。新しい風が吹き抜け、次のステージへと扉が開く音がする。
――待ってろよ、一ノ瀬さん。
僕の今の全力で、あなたの前に立ってみせる。




