### 第17話:一ノ瀬の電話
### 第17話:一ノ瀬の電話
放課後の静まり返った廊下で、僕はスマートフォンを耳にあてた。
コール音が数回鳴ったあと、聞き覚えのある低く落ち着いた声が返ってくる。
「――もしもし、瀬戸か。どうした、改まって」
「お久しぶりです、一ノ瀬さん。……実は、相談があるんです」
僕は言葉を選びながら、校舎裏のアスファルトコートで起きたことを話し始めた。競技用車いすのタイヤが激しい摩擦に耐え切れず、ワイヤーが剥き出しになってしまったこと。そして、ここ数日、翔太と本気のラリーを交わす中で自分の未熟さと機材の限界を痛感したことを。
話し終えると、受話器の向こうで一ノ瀬は小さく鼻を鳴らした。
「ふん……。アスファルトでいきなり本気で打ち合ったのか。お前らしい無茶だな」
呆れたような、しかしどこか面白がるような響きを含んだ声だった。
「怒られる覚悟でかけました」
「怒りはしないさ。むしろ、それだけ本気でコートに向き合っている証拠だろ。タイヤの消耗は車いすテニスプレイヤーなら誰もが通る最初の洗礼だ。むしろ、今までよくもたせた方だな」
一ノ瀬の言葉に、張り詰めていた肩の力が少しだけ抜けた。
「それで、どうすればいいんですか? 特殊なタイヤなんて、どこで手に入ればいいのか……」
「自分で買い換えるのは、学生の財布には厳しいだろうな」
一ノ瀬は少し間を置いてから、核心を突くように言った。
「ちょうどいい。今週末、僕が顔を出している市内の総合スポーツセンターで、車いすテニスの小さな練習会がある。そこに古くなったがまだ使える練習用のタイヤの予備がいくつか転がっているはずだ。顔を出せ、分けてやるよ」
「本当ですか……! ありがとうございます!」
「ただし、タダとは言わない。お前がどれだけ腕を上げてきたか、その目で直接確かめてやる。覚悟して来いよ」
通話がプツリと切れた。
画面を見つめる僕の胸には、先ほどまでの停滞感が嘘のように消え去り、新しい熱がフツフツと湧き上がっていた。
週末、再び一ノ瀬の前に立つ。そして、あの病院のコートで教えてもらったことのすべてをぶつけるんだ。
「どうだった?」
振り返ると、いつの間にかラケットバッグを担いだ翔太が立っていた。
「週末、新しいタイヤを手に入れられそうだ。それまであのコートはお預けだけどな」
「なんだ、じゃあ今日はラケット振れねえのかよ」
翔太は少し不満そうに眉をひそめたが、すぐに悪戯っぽく笑った。
「まあいい。その代わり、週末までに俺がさらに強くなっておいてやるよ。次のタイヤが届いたら、もっと激しいラリーにしてやるから覚悟しとけ」
「ああ、望むところだ」
すり減った足元は一時的に止まってしまったけれど、僕たちの前進はまだ終わらない。週末のスポーツセンターへ向けて、僕の心はすでに次のコートを捉えていた。




