### 第16話:すり減った足
### 第16話:すり減った足
保健室の消毒液の匂いが、鼻腔の奥にツンと突き刺さる。
ベッドの上に腰掛けた僕は、差し出されたガーゼで自分の手のひらをそっと拭った。テーピングを剥がすと、赤くただれた皮膚と、いくつもの潰れた水ぶくれが生々しく姿を現す。
「これ、放っておくと化膿するよ」
養護教諭の冷ややかな、しかしどこか呆れたような声が降ってきた。
「部活の練習だか何だか知らないけどさ、アスファルトのコートであんな無茶なことしてるって聞いたわよ。ただでさえ体への負担が大きいのに、機材までボロボロじゃない」
「……すみません」
僕は小さく呟き、消毒された傷口に新しいガーゼをあてがう。
怒られているというよりも、正論を突きつけられて返す言葉がなかった。昨日の夕暮れ、あの激しい摩擦音と共にタイヤのワイヤーが剥き出しになった瞬間、僕の「熱」は一気に現実に引き戻された。
放課後、翔太が手伝ってくれた新しい白線のコート。そこで本気のラリーができる高揚感に酔いしれていたが、足元の現実を見落としていた。
競技用車いすのタイヤは消耗品だ。整備された環境ならともかく、あのひび割れたアスファルトの校舎裏では、タイヤの寿命はあまりにも短すぎる。
保健室のドアが軽くノックされ、ひょっこりと顔を出したのは翔太だった。
「おい、瀬戸。生きてるか?」
「見ての通りさ」
僕は包帯を巻き終えた手を見せ、苦笑いした。
翔太はベッドの脇に歩み寄り、腕組みをしてため息をついた。
「昨日の今日で、いきなりタイヤがパンクっていうか、ワイヤーむき出しだもんな。……やっぱり、あの校舎裏じゃ無理があるんじゃねえの? タイヤ代だって安くないんだろ?」
図星だった。
車いすテニス用のタイヤやパーツは特殊で、一般的な自転車のようなどこにでもある店では手に入らない。病院を退院する時、一ノ瀬から「消耗品の管理はアスリートの基本だ」と言われていたのに、僕は自分の情熱だけに夢中になって、その現実をすっかり忘れていた。
「……どうするよ、今日から練習できねえじゃん」
翔太の言葉に、僕は窓の外を見た。
今日も青空が広がっている。あの校舎裏では、僕の相棒が動けないまま待っている。悔しさが胸の奥でじくじくと疼いたが、現実から目を背けても何も解決しない。
「交換用のタイヤを手に入れる方法を考えるしかないさ」
僕はベッドからゆっくりと立ち上がり、自分の日常用車いすに乗り込んだ。
「どこで買えるんだよ、そんな特殊なやつ」
「……一ノ瀬さんに連絡してみるよ。あの人なら、何か知ってるはずだ」
僕はポケットからスマホを取り出し、リハビリ病院で別れ際に教えられた連絡先を開いた。
壁にぶつかるたびに試練がやってくる。けれど、ここで立ち止まるつもりは毛頭なかった。




