### 第12話:初めてのラリー
### 第12話:初めてのラリー
翔太の放ったボールが、ひび割れたアスファルトの上で高く跳ねる。
初球は、僕の頭上を優に超える緩やかなロブだった。
「おい、ちゃんと見てろよ!」
翔太の声が飛ぶ。僕は反射的に車いすのハンドリムを掴み、後方へとタイヤを激しく逆回転させた。
リハビリ室で叩き込まれた重心移動。上半身のしなりを最大限に活かし、落下地点へと滑り込む。車体がピタリと静止した瞬間、僕はラケットを大きく振り抜いた。
ガツンッ!
スイートスポットを捉えた心地よい打撃音が、夕暮れの校舎裏に響き渡る。
ボールは鮮やかな軌道を描いてネットを越え、翔太のコートの奥深くへと突き刺さった。
「うわっ……マジかよ!」
翔太は慌ててラケットを伸ばしたが、ボールは彼のラケットの脇を抜け、アスファルトの上で乾いた音を立ててバウンドした。
僕は荒い息を吐きながら、車いすの上で微かに笑った。
「甘いな、翔太。そんな打ち方じゃ、あっさりエースを取られるぞ」
「へえ、言うようになったじゃねえか!」
翔太の顔に、負けず嫌いの笑みが浮かぶ。彼はボールを拾い上げると、今度は鋭いスピードボールをフォア側に叩き込んできた。
ここからが本当の勝負だった。
車いすテニス特有の「ツーバウンドのルール」を利用しながら、僕は必死にボールを追いかける。タイヤを擦る摩擦音、腕の筋肉が悲鳴を上げる感覚、そして頭上を吹き抜ける風。
一人で壁に向かっていた時には得られなかった「生きたラリー」が、確かにそこにあった。
ボールを追いかけ、打ち返し、また次の位置へ回転する。
足が動かないという現実など、この瞬間は完全に脳裏から消え去っていた。僕にあるのは、目の前のボールと、それを制するという意志だけだ。
ラリーが何往復も続く。
お互いに一歩も引かない攻防の末、最後にミスをしたのは僕のほうだった。焦りから打点がずれ、ボールはネットの手前に力なく落ちた。
「はぁ、はぁ……ちきしょう、結構しんどいぞ、これ」
翔太は両膝に手をつき、汗を拭いながら荒い息を吐いた。
僕もまた、パンパンに張った腕を軽く振りながら、心地よい疲労感に包まれていた。
「どうだ? 車いすテニスを舐めてもらっちゃ困るんだよ」
「降参だよ……。まさか、お前がここまで動けるようになってるとは思わなかったぜ」
翔太はまっすぐ僕を見据え、それからにやりと笑った。
「なあ、瀬戸。明日も付き合ってやるよ。その代わり、今度はもっと手強いやつを返してやるからな」
「望むところだ」
夕日が完全に沈み、空が深い群青色に染まっていく。
校舎裏の小さなアスファルトコート。そこに灯ったのは、間違いなく僕たちの新しい青春の火花だった。




