第46話 タイガの夏祭りと的あての値段
夏祭りの提灯が、商店街の端まで続いていた。
わかばは、はぐれないようにと、俺の裾を握っていた。それでいて、目は屋台の値段表しか見ていない。
「りんご飴、300円。原価、たぶん50円」
いつもの調子だった。
「タイガだ」
わかばが、先に見つけた。射的の屋台の前で、タイガが、コルク銃を構えていた。狙っているのは、棚の隅の、小さな猫のぬいぐるみだった。
星柄の赤いTシャツ。膝には、絆創膏。相変わらずだった。
タイガは、わかばに気づくと、耳まで赤くなった。誤魔化すみたいに、また銃を構え直した。
パン、と乾いた音がした。外れた。
「タイガくん、何回目、それ」
「……4回目」
「1回200円。もう800円。ぬいぐるみ、たぶん、500円くらいの品」
タイガの手が、止まった。
「言うなよ、今」
「言っとかないと、5回目、いく前に」
わかばは、たいして心配していない顔で言った。俺は、財布の中身をこっそり計算しているタイガから、目をそらした。
(欲しいものの前では、電卓、役に立たないらしい)
「なんで、そんなに欲しいんだよ、それ」
俺が聞くと、タイガは、ぬいぐるみから目を離さずに答えた。
「妹が、猫、欲しいって言ってた」
初耳だった。タイガに、妹がいたことも、その妹の好みも。
「うちは、猫、飼えないから」
わかばは、しばらく黙って、棚のぬいぐるみを見ていた。見ているのは、ぬいぐるみより、それを支える糸だった。それから、財布に手を入れかけて、止めた。
「わかば、それ金、出す気か」
「出さない。友達の射的に、金は出さない」
そこだけは、ぶれない。
「その代わり、狙う場所、教える」
「教える気かよ」
「棚の左端。糸、たぶん、少し緩んでる」
タイガは、半信半疑の顔で銃口を左端に向けた。
パン。
ぬいぐるみが、ことりと、揺れた。落ちなかった。
「……全然、当たってない」
「今の、練習」
「練習代、取るなよ」
「取らない。友達だから」
わかばは、そう言っただけだった。だが、それだけの言葉が、妙に耳に残った。
(金を出さない代わりに、こいつは、こいつなりの手を出してるのか)
6回目。タイガの手から、ぬいぐるみが、棚の外へ落ちた。
「……当たった」
「当たったね」
タイガは、ぬいぐるみを受け取ると、しばらくそれを見ていた。それから、わかばに差し出した。
「これ、やる」
「妹の、じゃないの」
「もう1回、撃てば、出る。今のは、練習台」
わかばは、受け取るかどうか、少しだけ迷った。それから、そっと、両手で受け取った。
「これは、友達料金じゃなくて、いい」
「じゃあ、なんの料金だよ」
「お礼。狙う場所、当たったから」
妙な精算方法だった。だが、タイガはそれで満足そうな顔をした。
俺は、コーラの缶を開けかけて、止めた。
……刺された。金の話をしていたはずが、いつのまにか、贈り物の話になっていた。
わかばは、猫のぬいぐるみを大事そうに両手で抱えた。電卓には、まだ、手を伸ばしていなかった。
タイガの1200円と、わかばの0円の助言が、猫のぬいぐるみ1匹の「お礼」で、今日はうまく釣り合っていた。




