表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すずらん団地五号棟 〜わかばとお小遣いと、時々ちくわ〜  作者: 夕凪 鏡介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/48

第30話 「確率33.33%・永遠に3が続く」

俺の妹、わかば。

小学5年生、11歳。


あと一週間で、小学6年生になる。


進級。学年がひとつ上がる。

それはわかばに言わせると『事業の年度更新』らしい。


3月の終わり。

学校で進級式の予行があったとかで、わかばはやけにいろいろ持って帰ってきた。


新しい時間割。新しいクラス名簿。

そしていつものためにゃんの電卓。


「あおちゃん」


「ん」


「来年度の料金表をつくる」


(年度更新のたびに値上げを検討するな)


わかばはちゃぶ台に台帳を広げた。

一年分の取引の記録。


タイガの重力ビジネス。つむぎの手数料。

父さんのお疲れさまパック。じいちゃんの白髪。


ぜんぶわかばの細かい字で並んでいた。


「引き継ぎ」


「なにが」


「今年の台帳を、来年の台帳に引き継ぐ。事業は続くから」


わかばはぼーっとした顔で、ページをめくっていた。


俺はその横でコーラを飲んでいた。

飲みながらすこし考えていた。


来年のことをだ。


俺はもうすぐ高校3年生になる。

受験生だ。


塾。模試。自習室。

たぶん来年は今年みたいに、家でぼーっとしている時間はなくなる。


わかばのいちばんのお客さま。

それはたぶん俺だ。


リモコンのレンタル料。昼寝の防音手当。

麦茶の。冷蔵庫の。数えきれない。


一年間、俺はこいつにぼったくられ続けてきた。


来年はそれも減るんだろう。


(……なんで俺がちょっとさみしいんだ)


おかしな話だった。

ぼったくられなくて済むなら財布は安泰のはずだ。


なのになんだか釈然としなかった。


俺はその気持ちに蓋をしてコーラを飲んだ。

言わなければ誰にもバレない。


そう思っていた。


「あおちゃん」


「ん」


わかばが台帳から顔を上げた。


すっと目が細くなった。


(出た。あの目だ。獲物を見つけた目)


だがちがった。

今日のは財布を見る目じゃなかった。


俺の顔をまっすぐ見ていた。


「あおちゃんは来年、いそがしくなる」


「……まあ、受験だからな」


「だから心配してるんじゃないでしょ」


俺はコーラの缶を止めた。


「あおちゃんが心配なのは、来年わたしのいちばんのお客さまじゃなくなることでしょ」


……ぐと喉が鳴った。


わかばはぼーっとした顔のまま続けた。


「リモコンも。昼寝も。来年はあんまりない。だからあおちゃんは、わたしの台帳から消える。それがこわいんでしょ」


俺は何も言えなかった。


昨日まで自分でもちゃんと言葉にできていなかった。

蓋をして見ないふりをしていた。


それをこいつは台帳をめくるついでみたいに、すぱっと開けてみせた。


……刺された。


今年何回目か、もうわからない。

だがたぶん、これが今年最後の一本だった。


一年の締めくくりみたいな、いっぱつだった。


「あのな」

俺はなんとか声を出した。

「べつに消えるとか、そういうのは」


「消える」

わかばはきっぱり言った。


「ベースはこまる。あおちゃんはわたしのいちばん長いお客さまだから」


わかばは新しい台帳のいちばん上の行に何かを書きはじめた。

俺は横からのぞきこんだ。


そこにはこう書いてあった。


『あおちゃん。年間契約。いちばんのお客さま。来年も継続。解約不可』


「料金は」

俺がおそるおそる聞くと、わかばはぼーっと答えた。


「0円」


「……ゼロ?」


「うん。来年はいそがしいからお金は取らない。でも契約は切らない。たまに帰ってきてリモコン借りてくれたら、それでいい」


(こいつ……)


わかばの理屈はいつもお金からはじまる。

料金。原価。レート。減価償却。


なのにその理屈のいちばん奥のいちばん下の行に、いつもお金じゃない何かが座っていた。


今日のそれはこうだった。


来年お金が取れなくなっても。

リモコン代が0円になっても。


それでもあおちゃんとの契約だけは切りたくない。

だから料金を0円にしてでも台帳に残す。


守銭奴がいちばん長い客をつなぎとめるために、料金を自分から捨てていた。


「あおちゃん」


「ん」


「来年もわたしのこと、いちばんのお客さまにしてくれる?」


俺はコーラの最後のひとくちを飲み干した。

それからできるだけなんでもない顔で言った。


「……まあ、リモコンくらいは借りてやるよ」


「毎度ありがとうございます」


わかばはぼーっと頭を下げた。

それからちょっとだけ笑った。


その笑いはお小遣い計算のときのキラーンとはちがった。

獲物でも利益でもなかった。


たぶんただ来年も、この5階の居間に俺がいることが決まって、うれしかったんだと思う。


窓の外はもう春だった。

すずらん団地の5号棟の5階。


エレベーターのない外階段の下から、誰かの笑い声が聞こえた。

つむぎの声みたいだった。


商店街のほうから自転車のベルも鳴った。

タイガかもしれなかった。


来年、わかばは6年生になる。

きっと新しい客と、新しい料金表と、新しい台帳をつくる。


学校もクラスも変わる。

外の世界はこれからもどんどん、こいつに触れてくる。


|

でもひとつだけ、変わらないものがあった。


あおばの来年の不安とわかばの新しい料金表が、年間契約0円で相殺されていた。


来年もこの団地の5階で、兄は妹にぼったくられる。

料金は0円でも。


それだけは確率100パーセントだった。

永遠に3が続くよりずっと確かな数字だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ