第3話:聖剣の亀裂(セイクレッド・クラック)
■ 正常なエラー
眩しさに、テオの意識が浮上した。
網膜に焼き付いているのは、昨夜放たれた青白い放電の残像だ。
視界の端には、デジタルノイズのような光の粒が不規則に明滅している。
右腕は、自作の鉄板に締め上げられたまま「ズ、ズ……」と重く拍動していた。
(……マウントが壊れて当然だ。骨を信じるな。次からは、鉄を使え)
テオはその鈍痛を指先で愛おしむようになぞり、薄く笑った。自分のロジックが、世界の仕様を上回った記録。
この痛みこそが、正解だ。
「……起きたの」
氷の刃のような声が、よどんだ空気を切り裂いた。
テオはひび割れた丸メガネを押し上げ、逆光の中に立つ影を捉える。
プラチナブロンドの長い髪。白銀の軽装甲。そして、腰に下げられた家紋入りの聖刻剣。
それは、この世界における「完成された仕様」の結晶だった。
「昨日の森での騒ぎ、アルベルトから聞いたわ。……魔導師の家の出でもないガラクタ拾いの少年が、大地を穿つほどの高圧魔法を放ったと」
リネルの目が、テオの右腕を射抜く。
彼女は焦っていた。完璧な詠唱。完璧な型。
それでも――届かない。
剣を握るたび、どこかが“足りない”感覚だけが残る。
アルベルトの語った『異端の一撃』に、嫌悪しながらも、どこか自分を救う「何か」を期待してここへ来たのだ。だが――。
「……この鉄屑は何? 吐き気がするわ。神の調べを、そんな汚れた鉄で弄ぶなんて。そんなものが、私の剣より強いはずがない。……あり得ないわ」
■ 異常者の視点
リネルが牽制するように剣の柄に手をかけた。
その瞬間。
「……ああ」
テオが、ゆっくりと首を傾けた。
その目はリネルを見ていない。彼女の腰にある「剣」の鞘一点に、吸い付くように固定されている。
「……に、逃げてる」
「……え?」
「……ぜんぶ、逃げてる」
テオの指先が、空中をなぞる。
まるで見えない配管の漏れを辿るように。テオの視線が、空間の“何もない場所”をなぞる。
「……ここで、漏れてる。……ここで、削れてる。……ここで、……死んでる」
「なにを……言っているの?」
リネルの顔色が、屈辱ではない「別の不快感」で強張る。
「……き、聞こえないのか?」
テオは、心底不思議そうに言った。
「……この剣の、……悲鳴が」
■ 内部からの崩壊
リネルの眉が、ほんの僅かに動いた。
無視すればいい。だが、テオのその「狂信的な視線」に当てられ、彼女の指先は吸い寄せられるように、自らの剣を抜いた。
――シャリィィン。
いつもと同じはずの抜剣音。
だが、リネルの掌を、奇妙な違和感が撫でた。
(……重い?)
魔力を流す。いつも通り。完璧な旋律。
だが、刀身の奥で、何かが決定的に引っかかっている。
まるで、流れようとしたマナが内部で渋滞を起こし、金属組織を内側から食い破ろうとしているかのように。
「……そんな、はず……っ」
無理やり、さらに強くマナを流し込む。
その時だった。
――スン。流れていたはずのマナが、消えた。
刀身の一部だけが、完全に“死んだ”。
「……あ、熱いだろ。……そこ、握ってる、……手」
テオが、這うような声で囁く。
「……本当は、君も、……わかってるはずだ。……家紋の彫り込み。……そこ、……削ってる。……強度が、……足りない」
「……やめて」
だが、その指は止まらなかった。
無意識に、家紋の部分へと触れてしまう。
声が漏れた。リネルの剣を握る手が、激しく震えている。
「……それ以上、……言わないで……!」
「……壊れないように、わざと、……弱くしてるんだ。……神様は、あなたを……その程度の出力で、使い捨てようとしてる。……その『祈り』は、……ただの……リミッターだ」
「……違う……違うわ!!」
リネルの怒鳴り声が、馬小屋の静寂を切り裂いた。
彼女は理解しかけていた。自分の信じてきた「聖なる旋律」が、実は出力を制限するための「安全装置」に過ぎないという、テオの残酷な真実を。
一瞬だけ通じ合った、狂気の同期。
リネルはそれを振り払うように、無理やり剣を鞘に叩き込んだ。
■ 壊れる未来
――カン、カン、カン!
街のギルドから、緊急事態を告げる鐘が鳴り響いた。
リネルが弾かれたように、外の光へと顔を向ける。
「……命拾いしたわね。この騒動が終わったら、改めてあなたの処分を検討するわ」
彼女は背を向け、馬小屋を飛び出していく。
だが、その瞬間だった。
――ピシ。
今度は、はっきりと。
彼女の手の中で、再び音が鳴った。
リネルの足が、止まる。
呼吸も、止まる。
だが、彼女は振り返らなかった。振り返れば、自分が積み上げてきた何かが終わると、本能が叫んでいたから。
リネルが去り、再び静寂が戻った馬小屋。
テオは、血の滲んだ指で、新しい設計図をガリガリと石床に書き始めた。
(……あんな“無駄な壊れ方”は、許されない)
その声には、心配も慈悲もなかった。
(……ま、間に合わせなきゃ。 ……壊れるなら、……もっと、……正しく……壊れろ)
テオは『壱式』の設計図に、最後の一線を引いた。
世界の理を、物理で上書きするための「牙」を。
4/3 6:10に4話投稿します




