表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/32

第3話:聖剣の亀裂(セイクレッド・クラック)

■ 正常なエラー

 眩しさに、テオの意識が浮上した。

 網膜に焼き付いているのは、昨夜放たれた青白い放電の残像だ。

視界の端には、デジタルノイズのような光の粒が不規則に明滅している。

 右腕は、自作の鉄板に締め上げられたまま「ズ、ズ……」と重く拍動していた。

(……マウントが壊れて当然だ。骨を信じるな。次からは、鉄を使え)

 テオはその鈍痛を指先で愛おしむようになぞり、薄く笑った。自分のロジックが、世界の仕様を上回った記録ログ

この痛みこそが、正解だ。

「……起きたの」

 氷の刃のような声が、よどんだ空気を切り裂いた。

 テオはひび割れた丸メガネを押し上げ、逆光の中に立つ影を捉える。

 プラチナブロンドの長い髪。白銀の軽装甲。そして、腰に下げられた家紋入りの聖刻剣。

 それは、この世界における「完成された仕様」の結晶だった。

「昨日の森での騒ぎ、アルベルトから聞いたわ。……魔導師の家の出でもないガラクタ拾いの少年が、大地を穿つほどの高圧魔法を放ったと」

 リネルの目が、テオの右腕を射抜く。

 彼女は焦っていた。完璧な詠唱。完璧な型。

それでも――届かない。

剣を握るたび、どこかが“足りない”感覚だけが残る。

アルベルトの語った『異端の一撃』に、嫌悪しながらも、どこか自分を救う「何か」を期待してここへ来たのだ。だが――。

「……この鉄屑は何? 吐き気がするわ。神の調べを、そんな汚れた鉄で弄ぶなんて。そんなものが、私の剣より強いはずがない。……あり得ないわ」

■ 異常者の視点

 リネルが牽制するように剣の柄に手をかけた。

 その瞬間。

「……ああ」

 テオが、ゆっくりと首を傾けた。

 その目はリネルを見ていない。彼女の腰にある「剣」の鞘一点に、吸い付くように固定されている。

「……に、逃げてる」

「……え?」

「……ぜんぶ、逃げてる」

 テオの指先が、空中をなぞる。

 まるで見えない配管の漏れを辿るように。テオの視線が、空間の“何もない場所”をなぞる。

「……ここで、漏れてる。……ここで、削れてる。……ここで、……死んでる」

「なにを……言っているの?」

 リネルの顔色が、屈辱ではない「別の不快感」で強張る。

「……き、聞こえないのか?」

 テオは、心底不思議そうに言った。

「……この剣の、……悲鳴が」

■ 内部からの崩壊

 リネルの眉が、ほんの僅かに動いた。

 無視すればいい。だが、テオのその「狂信的な視線」に当てられ、彼女の指先は吸い寄せられるように、自らの剣を抜いた。

 ――シャリィィン。

 いつもと同じはずの抜剣音。

 だが、リネルのてのひらを、奇妙な違和感が撫でた。

(……重い?)

 魔力を流す。いつも通り。完璧な旋律。

 だが、刀身の奥で、何かが決定的に引っかかっている。

 まるで、流れようとしたマナが内部で渋滞を起こし、金属組織を内側から食い破ろうとしているかのように。

「……そんな、はず……っ」

 無理やり、さらに強くマナを流し込む。

 その時だった。

 ――スン。流れていたはずのマナが、消えた。

刀身の一部だけが、完全に“死んだ”。

「……あ、熱いだろ。……そこ、握ってる、……手」

 テオが、這うような声で囁く。

「……本当は、君も、……わかってるはずだ。……家紋の彫り込み。……そこ、……削ってる。……強度が、……足りない」

「……やめて」

だが、その指は止まらなかった。

無意識に、家紋の部分へと触れてしまう。

声が漏れた。リネルの剣を握る手が、激しく震えている。

「……それ以上、……言わないで……!」

「……壊れないように、わざと、……弱くしてるんだ。……神様は、あなたを……その程度の出力で、使い捨てようとしてる。……その『祈り』は、……ただの……リミッターだ」

「……違う……違うわ!!」

 リネルの怒鳴り声が、馬小屋の静寂を切り裂いた。

 彼女は理解しかけていた。自分の信じてきた「聖なる旋律」が、実は出力を制限するための「安全装置」に過ぎないという、テオの残酷な真実を。

 一瞬だけ通じ合った、狂気の同期シンクロ

 リネルはそれを振り払うように、無理やり剣を鞘に叩き込んだ。

■ 壊れる未来

 ――カン、カン、カン!

 街のギルドから、緊急事態を告げる鐘が鳴り響いた。

 リネルが弾かれたように、外の光へと顔を向ける。

「……命拾いしたわね。この騒動が終わったら、改めてあなたの処分を検討するわ」

 彼女は背を向け、馬小屋を飛び出していく。

 だが、その瞬間だった。

 ――ピシ。

 今度は、はっきりと。

 彼女の手の中で、再び音が鳴った。

 リネルの足が、止まる。

 呼吸も、止まる。

 だが、彼女は振り返らなかった。振り返れば、自分が積み上げてきた何かが終わると、本能が叫んでいたから。

 リネルが去り、再び静寂が戻った馬小屋。

 テオは、血の滲んだ指で、新しい設計図をガリガリと石床に書き始めた。

(……あんな“無駄な壊れ方”は、許されない)

その声には、心配も慈悲もなかった。

(……ま、間に合わせなきゃ。 ……壊れるなら、……もっと、……正しく……壊れろ)

 テオは『壱式いちしき』の設計図に、最後の一線を引いた。

 世界のシステムを、物理で上書きするための「牙」を。

4/3 6:10に4話投稿します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ