第4話:廃材の改修(ライブ・アップデート)
――カーーン、カーーン、カーーン……。
フェルムの街に響き渡る緊急の鐘の音は、冷たく乾いた金属音だった。
馬小屋の薄暗がりで、テオはひび割れた丸メガネを指先で押し上げた。
(……あー。……まだ体は痛いけど、壱式を試すチャンスだ。)
痛みはある。だが、この鉄板と革ベルトで固めた応急処置は問題ない。それに『壱式』は、昨日の零式よりもずっと「芯」が通っている。
テオはガラクタを詰め込んだ大きなリュックを背負うと、ガシャガシャと油臭い金属音を響かせながら、喧騒の渦巻く街の外へと歩き出した。
■極彩色の戦場
フェルムの城門の外には、息を呑むような「光の工芸品」が展開されていた。
アルベルトを筆頭とする魔導騎士団。彼らの鎧は、雲ひとつない朝日を反射し、鏡のように磨き上げられた白金プラチナの輝きを放っている。頭上には各家の家紋が刺繍された旗が何十とたなびき、戦場を鮮やかに彩っていた。
「『聖なる調べよ、汚れを穿て』!」
アルベルトが指揮を執ると、戦場には幾何学的に完璧なサファイア・ブルーやエメラルド・グリーンの魔法陣が幾重にも浮かび上がった。
ステンドグラスのような色彩が空を埋め尽くし、清らかな和音の詠唱が響き渡る。
放たれるのは、完璧なまでの直進性を誇る氷槍や炎弾、風の刃。
だが、跳ね上げられた泥を避けながら戦場の隅を歩くテオには、無駄にしか見えない。
(……呑気なもんだ。……光ってるだけ。……ただの賑やかな花火大会だ)
その豪華絢爛な戦場の中心を、一筋の「白銀の閃光」が駆け抜けていた。
リネルだ。
彼女が跳ねるたび、白金の鎧が光を散らし、プラチナブロンドの髪が残像を引く。その身体能力は、聖剣騎士団の中でも群を抜いていた。
だが、彼女が由緒正しい『聖刻剣』を振り下ろす瞬間、刀身から無駄に美しい火花が周囲に散る。本来なら魔物の首を断つはずのエネルギーが、剣の接合部にある『遊び』から光となって漏れ出しているのだ。
(……キィィィィン……)
誰もが彼女の華麗な舞に見惚れる中、馬車の影で立ち止まったテオだけが、その不快な「金属の悲鳴」を聞き取っていた。
「……軸が、踊ってる。……タング(芯)が中で泳いでんだよ。……あのままだと、次の大振りの時に――」
テオが呟いた瞬間。
森の奥から、山そのものが動いたかのような威容を誇る「A級モンスター・鎧魔象グラニット・エレファント」が咆哮を上げた。
■崩壊する聖剣
リネルは逃げなかった。
彼女は最高速度で鎧魔象の懐へと飛び込む。
「『響く轟雷よ、一閃となれ』」
リネルの前にダークブルーの魔法陣が細い線で展開される。
狙いは完璧。15音の型を遵守した、非の打ち所がない『一閃』。
シャリィィンという、澄んだ研ぎ澄まされた金属音。
だが、その音は、鎧魔象の石材のような硬皮に触れた瞬間。
――ッガキーン!
不快で、重苦しい、金属の破断音へと変わった。
「えっ……?」
リネルの目が、驚愕に見開かれる。
彼女の手元に残ったのは、柄つばの部分だけ。家紋が刻まれた美しい刀身は、根元からへし折れ、朝日を浴びてキラキラと輝きながら、宙を舞った。
(……だから、言ったのに。……家柄を見せるために一番負荷のかかる芯を削り取って、中で軸が泳いでりゃ、魔力がうまく伝わらずに漏れて物理的な硬度に負けるのは当たり前だろ)
テオは冷徹に診断を下していた。
折れた剣を見て、動きを止めたリネル。
その隙を、鎧魔象は見逃さない。
巨大な、丸太のような腕が、リネルを圧し潰そうと、無慈悲に振りかぶられた。
「リネル!ぜ、全体リネルの援護だっ!」
アルベルトの悲鳴。だが、彼らの綺麗な魔法は、この物理的な暴力の前にはあまりに遠く、温すぎた。
■『壱式』のノイズ
――ガシャリ。
戦場に、不釣り合いな金属の噛み合わせ音が響いた。
極彩色の魔法陣が彩る戦場の隅、油臭い匂いを纏った少年が、ガチャガチャと蠢く鉄の塊を鎧魔象へと向けた。バイザーかけて腰を落とす。
「……炎……!」
零式の時の「1音直噴」ではない。
今回は、出力を落とした「3音詠唱」。
優雅さも和音もない、その無骨な3音がテオの口から放たれた瞬間。
壱式のバレルの表面に、作り上げた青い筋の通った詠唱文が反応し、血の這い跡のような、赤黒く荒々しい魔法陣が浮かび上がる。
――ズ、シュゥゥゥゥンッ!!
爆発音ではない。
空気が極限まで圧縮され、一瞬ですべての音が吸い込まれたような、真空の悲鳴。
筒の先から放たれたのは、青白い、極限まで圧縮されたレーザーのような、細い一線の炎魔法だった。
その青白い光線は、鎧魔象の振りかぶった岩の腕を。
――ドウッ!
抵抗もなく貫通した。
光線は腕を貫通しても止まらない。
一直線に伸びた「暴力の光」は、鎧魔象の後ろに控えていたモンスター群の中心へと着弾した。
その瞬間。
――ドォォォォォォンッ!!
戦場を揺るがす、超巨大な大爆発。
デチューンされたはずの『密度』は、着弾点に巨大な火のドームを作り出し、モンスターの群れを一瞬で跡形もなく消し飛ばした。
■ガラクタのアプデ(再設計)
「なっ……、なんだあぁぁ!?」
腰を抜かすアルベルトたち。
そして、爆発の猛烈な風圧が戦場を駆け抜けた。
倒れていたリネルは、その爆風に巻き上げられ、テオのすぐ近くへと飛ばされた。
「シャリィィン」と、宙を舞っていた折れた聖剣の刀身も、風圧に流され、テオの足元の泥の中に突き刺さる。
「……あ、あ……あう……」
泥の上に叩きつけられたリネルは、動けない。
彼女の目の前に、ガチャガチャと金属音を立てて、油臭い少年が歩み寄ってきた。
「……いてて……。……これでもこんなに反動があるのか……」
「……あ、あの、あの……」
テオは、足元に転がっている『聖刻剣』の柄を、左手でそっと拾い上げた。
「……その折れた……つる、つるぎ……。……そ、それと魔法効率を……悪くしてる……か、家紋の部分。な、直していいですか?」
リネルは、激痛と混乱の中で、彼の言葉を噛み締めた。
直す。家宝の聖剣。
彼女の脳内に浮かんだのは、魔法で傷が消えるような、美しい光による魔法溶接だった。元通りに、美しくしてくれるのだと。
「……え、ええ。……お願い……。……この剣は……完璧じゃなきゃ……いけないの……」
リネルは、かすれた声で了承した。
テオの目が、ひび割れた丸メガネの奥で、鋭く光った。
(……完璧ね。……タング(芯)が安定してない武器を完璧とは言わない。……ただの、金のかかった欠陥品だ)
テオは、左手で重いレンチを拾い上げた。
吃音が消え、冷徹な整備士の視点が回り始める。
「……完璧に。ああ、任せろ。……壊し方も、綺麗にしてやる」
■規格外の元聖剣
テオは、折れた刀身と柄を合わせ、懐からハンマーを握りしめた。
リネルが期待していたような、きれいな魔法の光など、そこには一切なかった。
彼はリュックから、黒ずんだ油まみれのベアリングや歯車の破片を取り出した。
それを、聖刻剣の、最も美しい家紋が刻まれた『遊び』の隙間に、迷いなくあてがう。
「……まずは、家紋を出す。……隙間は、全部埋める」
「カァン! ……カァン! ……カァン!」
小さなハンマーの打撃音が、戦場に不釣り合いなほど規則正しくそして無骨に響く。
鉄片やベアリングの破片が、隙間をうめて刃と柄を強引に一体化していく。
リネルが顔を上げ、驚愕に絶句した。
「……ちょっと、……あなた、何を……! 私の剣に、そんな汚いガラクタを……っ!」
「……うるさい。家紋なんて、ただのエンブレム(飾り)だ。馬力が出なきゃただの無駄だ」
テオは、ハンマーの手を止めない。
仕上げは、ボルト締めだ。
太いボルトを差し込み、レンチで一気に締め上げる。
「ギュリ……ギュギュッ」
白銀に輝く美しい聖剣の根元に、油汚れのついた薄汚い鉄屑とボルトが、ゴテゴテと、だが圧倒的な「剛性」を持って組み込まれていく。
「……ライブ・アップデート完了。タング(芯)がひ弱な『聖剣』は、俺の手で、『規格外の魔導ブレード・プロトタイプ』として、リビルド(再設計)された」
テオから返された剣は、重厚な「鉄のノイズ」を飲み込み、以前よりもずっと重く、冷たい光を放っていた。
リネルは、自分の愛剣が、ゴミ屑で「汚された」ことに絶望し、立ち尽くしていた。
だが、その剣を握った瞬間。
かつてないほどに芯の通った、冷徹で暴力的な魔力の流れを感じた。
(……なに……これ。……剣が……軽い……?いや、違う。軽いのに、重い)
これまで感じていた「抵抗」がない。
なのに振れば、すべてを断てると理解できる。
(……これが、出力……?)
心臓が、嫌な音を立てた。
こんなものを知ってしまえば、
もう、元には戻れない。そんな予感がリネルを期待と恐怖で包み込んでいた。




