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第28話:破壊の再定義(ハードウェア・アップデート)

第28話:規格外の補強(外部パッチ・インストール)

◾️凱旋と焦燥

 アトラの空を白銀の翼が切り裂き、教会の敷いた「経済封鎖」を三次元から上書きしてから数日。アトラの街は、かつてない熱気に包まれていた。

 他国から届く新鮮な果実、見たこともない高純度の魔石、そして何より「未来」への確信。広場ではモニカが雇用した商人たちが声を張り上げ、テオが作った魔導灯が夜の闇をデバッグして、不夜城のような輝きを放っている。

 だが。

 熱狂する街の片隅、アトラ工学工房の空気だけは、一人の女が放つ「破壊への飢餓感」によって凍りついていた。

「……テオ。最近のあなたは、効率ばかりね」

 元聖騎士リネルが、手入れの行き届いた愛剣の柄を強く握りしめ、テオを射抜くような視線で見つめていた。

 彼女はウズウズしていた。飛行機が空を飛び、モニカが経済をハックし、生活魔導具が街を豊かにしていく。テオが成し遂げる「大規模な改造」は素晴らしい。だが、リネルは飢えていた。テオの隣に立つ「剣」として、世界を驚愕させる進化が自分だけ止まっていることに、狂おしいほどの嫉妬を感じていたのだ。

「……リネルさん。……ウズウズ……してますね」

「当たり前よ! 私を使いこなすと決めたのはあなたでしょう? ……早く、次の衝撃をちょうだい。最近のあなたは物流だの発電だの、私の『破壊』を置いてきぼりにしているわ」

 リネルの物騒な懇願に、鼻血を拭いながら身を乗り出したのは、ナルシスト外科医ルミナスだった。

「あはは! そうこなくっちゃ! テオ、今こそ僕の出番だ。彼女の脊髄に魔導神経を直結し、肉体そのものを『兵器』へと作り替えようじゃないか。美しき聖騎士が、工学の怪物へと堕ちる……これ以上の芸術があるかい?」

「ちょっと待ちなお前ら!!」

 ドワーフのガネットが、真っ赤に熱した火かき棒を振り回して割って入る。

「坊や! この子はまだ若い女の子なんだよ! そんなドロドロした改造手術で汚すなんて、アタシが一生許さないからね!」

 ガネットの怒声が響く中、テオは平然と図面を引きながら、リネルの右腕をスキャンしていた。

「……ガネットさん。……僕も……人体改造は……非効率だと……思っていました。……メンテナンス性が……悪すぎます。……それに……」

 テオの瞳に、淡い無色の光が宿る。

「……リネルさんの……体は……そのままで……いいです。……肉体を……いじるのではなく、……『仕様』を……上書きするんです」

◾️到着、そして「神の壁」

 アトラ航空の試作機が、深い霧に包まれた北方の峻険な山岳地帯に着陸した。

 目的は、次世代高出力エンジンの心臓部となる、伝説の魔法石結晶――『神殺しの残滓』。それは教会が「聖域」として直接管理する、古代ダンジョン『神の吐息』の最奥に眠っている。

 たどり着いたのは、絶壁をくり抜いて作られた巨大な石扉の前だった。

「止まれ、異端の徒よ! この先は神の許しを得た者のみが……」

 扉を守る聖騎士の小隊長が警告を発するが、その声はどこか虚勢じみていた。彼らの背後にあるのは、伝説の「神聖魔導石の扉」。いかなる高位魔法も、いかなる物理的な衝撃も通さない、数千年の信仰と魔力を塗り固めたような絶望的な壁だ。

「……硬いですね。……魔力伝導率が……極めて低い。……既存の……属性魔法では……干渉不可能です」

 テオの冷静な分析を聞き、リネルが不敵な笑みを浮かべて前に出た。

「テオ。……このために、用意してくれたんでしょう?」

「……ええ。……リネルさん。……実負荷テスト……開始です」

◾️外部サポーターの「上書き」

 数日前。アトラの工房で、テオはリネルに二つの「異形」を装着させていた。

 一つは、リネルの腕のラインを損なわないよう設計された、銀色の外部サポーター『アジャスター』。

 テオが開発した「魔導コンロ」の熱量固定技術を応用し、筋肉の動きを電磁的にアシスト、同時に反動を空間へと逃がす衝撃吸収外骨格パッチだ。

 そしてもう一つは、歪な漆黒の刀身を持つ、構造崩壊剣――『フラクタル』。

「テオ、この剣……属性の刻印がどこにもないわ。何を詠唱すればいいの?」

「……属性を……定義するのは……時間のロスです。……炎も氷も……結局は現象です……」

 テオは、リネルの手を握り、サポーターの感触を確かめさせた。

「……この剣には……あらかじめ……『対象を解体する』という……仕組みが……書き込まれています。……リネルさんは……ただシステムに……魔力をリンクするだけ……」

 ルミナスの生体知識を反映し、ガネットが鍛え上げた最高級の軽合金を、テオが工学的にハックした。

 それは「魔法」という曖昧な奇跡ではなく、「現象」を強制的に確定させるための、無慈悲な精密機器だった。

◾️1音の「実行」

 現在。

 伝説の石扉の前で、リネルが『フラクタル』の柄に手をかけた。

 かつての聖騎士のような、高らかな聖句の詠唱はない。

 リネルが唇を割り、極小の、しかし鋭い1音を放つ。

 瞬間、サポーターから「無色」の放電が散り、剣の全回路が同期した。高密度バッテリーの膨大なエネルギーとリネルのダークブルーのエネルギーが、一気に漆黒の刀身へと収束する。

 リネルは、無造作に、ただの確認作業のように剣を振り抜いた。

 ――ド、ン。

 爆発音すらなかった。

 神の加護を宿し、数千年の間、一度として傷すら付かなかった魔導石の扉が、リネルの剣が触れた瞬間に「ただの砂」へと崩れ落ちたのだ。

 衝撃波すら発生しない。剣に刻まれた「構造崩壊」が、扉という物質を一瞬で切断した結果だった。

「……な、な……っ!? 神の扉が……消えた……?」

 槍を構えていた聖騎士たちが、あまりの光景に膝から崩れ落ちた。

 属性の相性も、魔力の多寡も関係ない。ただ「1音」というスイッチを押しただけで、彼らが神聖視していた奇跡が、ただの砂埃として処理されたのだ。

 小隊長は、扉があったはずの虚空に手を伸ばし、さらさらと指を通り抜ける砂を見て、自分の正気を疑い始めた。

「あはは、あはははは! 扉など最初からなかったのだ! 我々は、砂遊びをしていた子供だったのか……!」

 狂乱する騎士たちを尻目に、リネルは自身の右腕に装着された銀色のサポーターを、熱っぽく見つめていた。

「……ああ、最高だわ、テオ。腕が痺れるような……いや、世界そのものが私の指先に平伏しているような感覚……。この破壊、癖になりそう……」

 リネルの頬は赤らみ、その瞳には、テオの工学に従属する法悦が宿っていた。

◾️狂気の「保守運用」

 砕け散った扉を越え、テオたちは悠然とダンジョンの中へと足を踏み入れた。

「……サポーターの……負荷……2.4%。……許容範囲……です。……次は……脚部ですね」

「脚部?」

 リネルが聞き返す。

「……はい。……飛行機から……飛び降りて……その衝撃をそのまま……次の一撃のエネルギーに……変換する循環回路……組み込みます」

「飛行機から……飛び降りる!? 坊や、あんた本当に加減を知らないね!」

 ガネットが呆れ顔で叫ぶが、リネルは既にその提案に目を輝かせている。

「テオ……。あなた、本当に私のこと、よく分かってるじゃない。……ねえ、次はどん衝撃を見せてくれるの?」

 二人のやり取りを背後で見ていたモニカは、帳簿を握りしめたまま震えていた。

(……魔導コンロの技術を転用して、神の結界を消す剣を作るなんて。この子、生活を便利にするフリをして、世界の理を根底から腐らせようとしているわ……!)

 テオは、モニカの戦慄など露ほども知らず、悠然と最奥に眠る『神殺しの残滓』へと手を伸ばした。

次は4/21の18:10

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