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第29話:高度の断絶(バーティカル・パッチ)

◾️包囲網(対空パッチ)

 アトラ周辺の空域には、重苦しい「殺意」が充満していた。

 教皇庁の呼びかけに応じた周辺三カ国の連合軍――その数、実に五万。彼らは街道を封鎖するだけでは飽き足らず、数千人の魔導師を動員して、アトラの上空を覆い尽くす巨大な「対空魔法網」を展開していた。

「報告! 異端の『銀色の鳥』を確認! こちらに向かって直進してきます!」

 連合軍の総司令官、真理の眼バルトロメウスは不敵に笑い、天を指差した。

「ハッ、愚かな。空を飛べば無敵だとでも思ったか? あの高度なら我が軍の『広域対空火球』の餌食だ。鳥の如く、無様に焼け落ちるがいい!」

 地上に並んだ数千の魔導杖が、一斉に空を睨む。彼らにとって、テオの飛行機は「神の領域を侵す不遜な標的」に過ぎなかった。

◾️自由落下エネルギー・チャージ

 一方、高度3000メートルの機内。

 激しい対流圏の風の音が、機体を震わせていた。

「テオ! 下を見て、あの魔法の数……! 突っ込んだ瞬間に、この子ごと炭にされるわよ!」

 モニカが窓の外の「火の海」を指して叫ぶが、テオは計器から目を離さずに、隣に立つリネルに最終確認を行っていた。

「……リネルさん。……準備いいですか? ……脚部のサポーター……『シンカー』の同期率は?」

「……100%よ。腕の『アジャスター』ともリンクしたわ。……ねえテオ、本当にここから『落ちる』だけでいいのね?」

 リネルの瞳には、恐怖ではなく、狂おしいほどの期待が宿っている。彼女の脚には、ガネットが鍛え、テオが回路を刻んだ銀色の重厚な装具が装着されていた。

「……はい。……時速200キロを超える……落下は、……巨大なエネルギーです。……それを……捨て去るのは……非効率の極み。……だから『衝撃』をすべて……『フラクタル』のエサにします」

「あはは! 素晴らしいよテオ! 落下による内臓への重力負荷、血流の逆流……そのすべてが破壊の衝動に変わるなんて! 僕も一緒に飛び降りたいくらいだ!」

 鼻血を拭いながら叫ぶルミナスを無視し、テオはハッチのレバーに手をかけた。

「……リネルさん。……いってらっしゃい。……詠唱……忘れないで」

「ええ。……最高の気分よ、テオ」

 ハッチが開く。気圧差で空気が吸い出される中、リネルは躊躇なく、空の深淵へとその身を投げ出した。

◾️衝撃の「還流ループ

 地上では、連合軍が絶叫を上げていた。

「見ろ! 敵の機体から、何かが落ちてくるぞ!」

「自害か!? いや、人だ! 女が一人、真っ逆さまに……!」

 高度2000、1000、500。

 リネルはパラシュートも魔法の翼も使わない。ただ、テオの計算通りに、空気抵抗を最小限にする「針」のような姿勢で、重力にその身を委ねていた。

「いくわ!」

リネルが1音詠唱を唱える。

 瞬間、リネルの脚部サポーター『シンカー』が起動した。

 彼女を包む空気が、サポーターから放たれた無色の膜によって固定され、落下速度が物理限界を突破する。

 高度ゼロ。

 リネルは、連合軍の中央、総司令官バルトロメウスの目の前の地面に――激突した。

 ドォォォォォォォォン!!

 爆発ではない。それは、世界が「圧縮」された音だった。

 本来ならリネルの全身を肉片に変えるはずの数千トンの着地衝撃。だが、そのエネルギーは地面に逃げる前に、脚部サポーターによって強制的に「魔力」へと変換された。

 銀色の装具が激しく発光し、変換された膨大なエネルギーが、バイパス回路を通って背中の剣――『フラクタル』へと流出する。

「……あ、……あ……」

 バルトロメウスは、目の前のクレーターの真ん中に、無傷で、それどころか「全身を異常な魔力光で輝かせた」少女が立っているのを見て、言葉を失った。

「……チャージ……完了」

 リネルが、眩いばかりの光を放つ『フラクタル』を、静かに構える。

 彼女の1音は、もはや囁きに等しかった。


◾️圧倒的「デバッグ(一掃)」

 閃光。

 リネルが水平に振り抜いた一撃は、位置エネルギーという「神の蓄え」を全て破壊に転換した、概念的な断絶だった。

 バッ!!

 爆発も、音もなかった。

 リネルの周囲数キロメートルに展開していた五万の軍勢、教会の重厚な結界、そして最新の魔導兵器。そのすべてが空間ごと一瞬で刈り取られた。

 リネルの前には、ただ、綺麗に平らにならされた「無」の大地が広がっているだけだった。

 生き残ったわずかな将校たちは、自分たちが維持していた「軍隊」というシステムが、たった一人の少女の着地と振り下ろしという動作だけで消滅した事実を、脳が受理できなかった。

「あはは……。空から、女の子が降ってきた。……それだけで、世界が……終わっちゃった……」

 彼らは武器を捨て、虚空を見つめながら、赤子のように笑い始めた。

◾️保守運用の終わり

 静寂が支配する戦場に、アトラ航空の機体が静かに着陸した。

 ハッチから降りてきたテオは、煙を吹く『フラクタル』を鞘に納めるリネルに歩み寄る。

「……リネルさん。……還流率98%。……ほぼ理論値通りです。……脚の痛みは?」

「……最高よ。テオ。……空から落ちるあの時間、自分が『巨大な暴力』になったみたいで……。そしてこの剣が、世界を飲み干す感覚……。もう、普通の戦いには戻れないわ」

 リネルの頬は上気し、その瞳には「人間」としての光よりも、テオの部品として機能する法悦が強く宿っていた。

 その光景を後ろで見ていたモニカは、震える手で帳簿を閉じた。

(……落下衝撃を攻撃に変えるなんて。……この子たちは、もはや物理法則すら自分の『有利なコード』に書き換えている……。これ、一回の投下で一国が滅ぶわね……戦費計算なんて、もう無意味だわ……)

 テオは、モニカの戦慄など露ほども知らず、次の工程に気が向いていた。

「……次はルミナスさんの……番ですね。……準備はいいですか……?」

 アトラの「狂気」は、加速する。

 世界という名の不自由な仕様を、テオは工学で、無慈悲に修正し続けていく。

次は4/22の18:10

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