第26話:強欲の終焉(ビジネス・デバッグ)
◾️泥にまみれた「正解」
アトラの街は、静かに、だが致命的に「変質」していた。
馬車から降り立ったモニカは、鼻をつく焦げた魔力の臭いではなく、どこか透き通った無色の風が街を吹き抜けていることに気づく。かつて王立銀行の最年少理事として、数字で世界を支配した彼女の嗅覚が、激しい警報を鳴らしていた。
(……教会の『加護の石』が、道端に捨てられている? 嘘でしょ、あれ一つで平民の年収ほどするのに)
石ころのように転がる魔石を尻目に、モニカの視界に入ったのは一人の少年だった。
ボロボロの作業着は油と煤で汚れ、背負った大きなリュックには、誰が見ても「ゴミ」としか思えない鉄屑が詰め込まれている。少年は地面に這いつくばり、排水溝の泥の中に落ちていた「何か」を、宝物を見つけたかのような、鈍く光る瞳で見つめていた。
「……あ、……これ。……魔力の流れが……歪んでる。……面白い……」
独り言を呟く少年の姿に、モニカは内心で嘲笑した。
(どんなに技術が進んだ街でも、こんなガキはいるものね。あれが噂の魔力電池かしら?……ちょうどいいわ、商売の軍資金にさせてもらいましょうか)
モニカは極上の営業スマイルを浮かべ、少年に近づいた。
「ねぇ、ボク。お姉さんはもっと素晴らしいものを持ってるのよ。……ほら、これを見て」
モニカが取り出したのは、教皇庁の闇市で手に入れた『聖者のオルゴール』。ゼンマイは錆びつき、魔法回路も焼き切れた、商人から見れば「修復不能の産廃」だ。だが、見た目だけは黄金色で神々しい。
「これはね、幸運を呼ぶ伝説の宝物。ボクの持っているその『魔力電池』20個と交換してあげてもいいわよ?」
アトラの電池20個。他都市で売れば、商館が建つほどの価値。
少年は、オルゴールをじっと見つめ、次にモニカを見た。
「……これ、……いいんですか? ……本当、……ですか?」
「ええ、もちろん。お姉さんは嘘をつかないわ」
少年は嬉しそうに、電池を20個差し出した。モニカは内心で快哉を叫ぶ。
(安い、安すぎるわ! 価値の分からないガキを騙すのは、赤子の手をひねるより簡単ね。この調子で大口取引も成功させてみせる!)
◾️三人の狂信者
モニカは意気揚々と、街の権力者たちへの聞き込みを開始した。
「テオ? アタシの魂を叩き直してくれた、最高の師匠だよ。……ああ、でも今は忙しいんだ。また研究に夢中で風呂に入らないから、力ずくで風呂に放り込んで磨き上げてやる準備をしなきゃならないからね!」
腕利き鍛治師として有名なガネットは、巨大なハンマーを磨きながら、狂気じみた笑みを浮かべていた。
「テオ……。彼はいつもガラクタを集めて、世界の『常識』を覆してくれる。僕の止まらない鼻血が物語っている……人体改造への衝動を正解へと導いてくれるのは、彼の理論だけだ。……はっ! また鼻血が……」
鼻血を拭いながら笑う変態外科医ルミナスの姿に、モニカは鳥肌を立てた。
「テオ。……あの人は、私に『真の破壊』を教えてくれた唯一の怪物よ。この衝撃は与えてくれたの!」
名家出身の元聖騎士リネルは、遠くの山を豆腐のように切り取っていた。
モニカは混乱した。
(師匠? 怪物? ……一体、どんな傑物が奥に控えているっていうの……!?)
◾️剥き出しの「正解」
案内された最深部の工房。
重厚な扉が開かれた瞬間、モニカの目に飛び込んできたのは、無数の図面と、分解された魔導具の山。そして、その中心に座る人物の異様な「右手」だった。
鈍く、無機質な輝きを放つ金属の義手。それは効率のために自らの肉体を「回路」へと書き換えた、工学の化身。
「……あ、……モニカさん。……いらっしゃい……。……さっきは……ありがとうございました」
振り返ったのは、さっき道端で「オルゴール」を抱えて喜んでいた、あの汚れた少年だった。
「……な、……え?」
モニカの喉が、引き攣った音を立てる。
テオは、モニカが「ゴミ」として売りつけた黄金のオルゴールを、容赦なくバラバラに解体していた。
「……これ、……すごいです。……中に入ってたこの『錆びたゼンマイ』。……普通の商人には、ただの鉄屑に見えるんでしょうけど……」
テオが義手でゼンマイをなぞる。瞬間、ゼンマイが「無色透明」の圧倒的な光を放ち、その形状を維持したまま魔力の結晶体へと変質していく。
「……このゼンマイの螺旋構造。……これ、特殊な魔力圧を溜め込むのに……最適なんです。……これ一つで、魔力電池100個分の魔力を貯蔵できる……『高密度バッテリー』が作れました」
「…………は?」
モニカの思考が停止した。
彼女が「20個の電池」という利益と引き換えに少年に渡したのは、その5倍以上の容量を持ち、かつ次世代のエネルギー革命を引き起こす「心臓部」そのものだった。
「……これがあれば、……もっと大きなものを動かせます。……モニカさん、ヒントありがとうございました。……あ、その持ってる電池20個……。もう、僕にはいらないですけど大切にしてくださいね」
テオの瞳には、悪意すらなかった。
ただ、「新規格が完成したから、旧規格(電池)は価値がなくなった」という、エンジニアとしての残酷な事実を口にしただけ。
「…………っ、あは、あはははは!!」
モニカは、膝から崩れ落ちた。
商売、利益、価値観。自分が人生を賭けて磨き上げてきた「武器」が、この少年にとっては一瞬で書き換えられる過程でしかなかった。
(……負けだわ。完敗よ。……でも、最高。……この子の隣にいれば、……世界中の『既得権益』が、全部ゴミに変わる瞬間を、特等席で見られる……!!)
モニカは絶望の果てに、狂信へと振り切れた。
◾️信仰の「パッチ」
同じ頃。教皇庁の地下、血の臭いが充満する儀式の間。
アルベルトは、自らの胸に「神の肋骨」と呼ばれる聖遺物を埋め込む激痛に耐えていた。
「……カ……ハッ……!!」
鼻から血を流し、全身の血管が黄金に浮き出す。
彼は、テオという「バグ」を消すために、自分自身を「神の兵器」へと魔改造することを選んだ。
「……テオ……。君の……効率を……私の……信仰で……上書き(オーバーライド)……してあげよう……」
咆哮が、地下室に響き渡る。
工学の進化と、信仰の自壊。
アトラを照らす無色の光に、血塗られた黄金の影が、一歩ずつ迫っていた。
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