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第25話:文明の胎動(システム・アップデート)

■ インフラの構築

 アトラの街は、わずか数日でその姿を変貌させていた。

 かつてクレメントたちが「異端」と呼び、焼き払おうとしたその街は、今や巨大な「実験場」へと進化している。

 近くを流れる川には、ガネットの監修によって造られた巨大な水車が並び、規則的な音を立てて水を蹴っている。それは単なる粉挽き用ではない。水車の回転軸は、テオが設計した魔導コイルへと繋がり、絶え間なくエネルギーを生成し続けている。

 街の至る所には、ルミナスの屋敷にあったガラクタを改良した「簡易風力発電機」が設置され、風が吹くたびに「無色」の火花を散らせていた。

「……よし。……圧力は安定しました」

 街の中央、かつて広場だった場所には、テオの指示で造られた巨大な石造りの塔――『中央魔力貯蔵庫セントラル・バッテリー』がそびえ立っている。

 水と風から集められた魔力は、銀の配線を通ってこの塔へ集約され、そこから街中の「地下通路」や「大通り」へと再分配される。

 テオがかつてルミナスと出会ったあの薄暗い地下室でさえ、今はテオの灯した白光が隅々まで照らし出していた。

 もはや、司祭の祈りがこもった「加護の石」を買い換える必要はない。蛇口を捻れば水が出るように、アトラでは「魔力」が街を流れていた。

■ 規格の統一

 テオが次に着手したのは、一般家庭の「キッチン」だった。

 彼はルミナスの屋敷で、一つの奇妙な鉄の箱を作り上げた。

「……リネルさん、試して……みてください」

 それは、上に鍋を置けるよう設計された『魔導コンロ』。

 仕組みは単純だ。コンロの内部には、火の属性を持つ詠唱が刻印された「バレル」が内蔵されている。

 テオが小型の『魔導電池カートリッジ』をコンロの横に差し込み、前面にある「つまみ」を捻るよう促した。

「これを捻るの? 詠唱もなしに?」

「ええ。つまみを動かすと、内部のバレルが回転して、魔力が通る『詠唱』が変わります」

 リネルがつまみをカチリと一段階回す。

 つまみの横には【微火:残り火を愛せし赤き炎】と、詠唱が刻まれた小窓がある。

 瞬間、コンロの上に小さな赤い火が灯った。

「っ……! つまみを動かしただけで、火が……!」

「さらに回せば、高出力フルブーストになります」

 カチ、カチ、カチ! とリネルがつまみを最大まで回す。

 小窓の文字が【極火:万物を焦がす火よ!】へと切り替わり、次の瞬間、鍋の底を舐めるような猛烈な青い炎が噴き出した。

「これなら、誰でも、一瞬で、最適な温度の火を使えます。……祈る時間なんて、……無駄ですから」

 テオは淡々と、けれど誇らしげに眼鏡を直した。

 それは「魔法」という神秘を、つまみ一つで制御できる「道具」へと引き摺り下ろした、歴史的な瞬間だった。

■ 観測者の絶望

 アトラの喧騒を、影から見つめる男がいた。

 真理の眼、諜報員――コードネーム『記録者』。

 彼は、テオが広場に灯した「白光」の正体を突き止めるべく、街の深部へと潜入していた。

 だが、彼が目にしたのは、想定していた「悪魔の儀式」ではなかった。

 

 市場の片隅。一人の少年が、テオの配った『魔導電池』を魔導扇風機に差し込み、涼んでいる。

 民家の窓越し。主婦が鼻歌を歌いながら、つまみを捻って「火」を出し、肉を焼いている。

 そこには、神への畏怖も、聖句への敬意も、魔力への緊張感も微塵もない。

「……馬鹿な。ありえない……ッ!」

 『記録者』の全身に、鳥肌が立つ。

 彼ら教皇庁が数千年守り続けてきた「魔法」は、血の滲むような修行と、神への絶対的な信仰があって初めて発動するものだ。

 それを、あのガキ共は……つまみを捻るだけで、おままごとのように使いこなしている。

「……祈りがない。……対価がない。……儀式がない……ッ!」

 彼にとって、それはこの世の終わりよりも恐ろしい光景だった。

 テオという男は、単に敵を倒しているのではない。

 神と人間を繋いでいた「依存」という鎖を、技術という鋭利な刃で断ち切っているのだ。

「……報告……。至急、教皇庁へ報告せねば……!」


「……教皇猊下、……緊急報告、……です……。アトラの街は、もはや……人の世ではありません……」

 彼は泣きそうな顔で、アトラの中央に輝く『無色の光』を見つめた。

「……そこには、神がいません。……代わりに、……『ルール』を書き換える怪物が、……眼鏡を直しながら、笑っています……ッ!!」

次は4/19の15:10投稿

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