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第24話:未踏の波長(アンノウン・グリッド)

■ 概念の断絶

 荒野を切り裂くスチール・ストライダーのエンジン音が、夜の静寂を乱暴に踏みにじる。

 ハンドルを握るガネットの背中は、いつになく強張っていた。バックミラー越しに映る後部座席の少年。新生ボルテクス――漆黒の「杭」を膝に置き、ただ一点を見つめるテオの瞳には、かつての怯えなど微塵もない。

 そこにあるのは、世界を「部品」として解体し、再構成しようとする冷徹な解析者の光だ。

「……リネルさん。確信しました。魔法は、祈りじゃありません」

 不意に放たれたテオの声に、車内の空気が凍りついた。

 吃音がない。言葉と言葉の間にあった「迷い」というノイズが完全に除去され、出力される情報は透明なまでにクリアだった。

「あれは、ただの『電気』に似た、指向性を持つエネルギーの移動現象です。」

「……テオ? 何を言っているの? 『でんき』……? 新しい神様の名前か何か?」

 隣に座るリネルが、戸惑いながら眉をひそめた。テオはひび割れた眼鏡を指で直し、短く首を振る。

「神様じゃありません。ただの物理現象です。水に流れがあるように、魔力にも『流れ』と『電圧』がある」

「? 坊や、アタシらにはさっぱりだよ。神様の奇跡をただの『流れ』だなんて……」

 ガネットが呆れたように笑うが、その横顔には隠しきれない畏怖が滲んでいる。目の前の少年が、自分たちが信じてきた世界の「根底」を、ただの計算式に置き換えていることへの本能的な拒絶反応だ。

「……理解しなくていいです。結果で証明しますから」

 テオの断言は、もはや傲岸不遜なまでの響きを帯びていた。

■ ガラクタの再設計

 ルミナスの屋敷は、アトラの市街地から数キロ離れた、月明かりだけが届く静寂の中にある。

 到着するなり、テオは地下の貯蔵庫へ向かった。そこにはルミナスの祖父――かつてこの世界で「変わり者」と呼ばれた収集家が遺した、膨大な「ガラクタ」が眠っていた。

「……これ、使えますね。いや、これこそが『正解』のパーツだ」

 テオが拾い上げたのは、ひび割れた魔導クリスタル、錆びついた真鍮の歯車、そして絶縁処理すらされていない銀の細線。

 ガネットやルミナスにはゴミにしか見えないそれらを、テオは迷いのない手つきで組み替えていく。

「ガネットさん、噴水の水流でこのタービンを回してください。ルミナスさん、屋根の風見鶏の軸にこの魔導コイルを直結して。……自然界には、利用可能なエネルギーが溢れている。誰も、それを見ようとしなかっただけで」

 祈りも、加護も、聖句も介さない。ただそこにある「水」と「風」の運動エネルギーを、テオのロジックが強制的に魔力へと変換し、蓄電器へと流し込んでいく。

「……加護の石も、司祭の祈りもなしに、魔力が満たされていく……。テオ、君は一体、何を発明してしまったんだ?」

 ルミナスが戦慄したように呟く。蓄電器の奥底で、「無色」の光が、静かに、けれど力強く明滅し始めていた。

「発明じゃありません。……ただの発電です」

■ 街の鼓動、一筋の光

 翌日。テオたちは完成した試作型の蓄電機を積み、アトラの市街地へと向かった。

 アトラの門をくぐった一行を待っていたのは、無惨に壊れた街並みだった。クレメントたちが放った強引な魔法の爪痕。崩れた石壁、焼け焦げた屋根。

 だが、テオはそこで、ある「熱」を感じて足を止めた。

「……強い、ですね。この街の人たちは」

 絶望し、教会に祈りを捧げる者など一人もいなかった。

 職人たちは顔を煤で汚しながら石材を運び、女たちは炊き出しを回し、子供たちは瓦礫の中から使えるものを拾い集めている。

 自分たちの足で立ち上がろうとする、生命力の塊。

 テオには、彼らの手を止めさせるような影響力はない。知名度もなければ、権威もない。

 彼はただ、街の中心――最も暗い瓦礫の山の前で、蓄電機を下ろした。

「……リネルさん。灯します。……神様が塗り忘れた、暗がりの隙間を」

 テオが即席で作り上げた「投光器」に蓄電機を直結しスイッチを入れた。

 ――カチッ。

 その瞬間、アトラの広場に「太陽のような白光」が突き刺さった。

 それは、周囲数メートルだけを猛烈に、残酷なまでに照らし出す、たった一つの光。

 聖教会のオレンジ色の、暗く頼りない「加護の石」の灯火ではない。

 影さえも消し去るほどの、圧倒的な輝きだ。

 復旧作業に追われていた人々が、思わず、魂を抜かれたように足を止めた。

 理解不明の現象。詠唱も聞こえない。魔法陣も見えない。

 なのに、太陽の欠片がそこに落ちたかのように、彼らの手元を、そして進むべき道を白日の下に晒している。

「……何だ、あの魔法は?」

「……眩しい、……目がおかしくなりそうだ。……でも、……暗がりが消えたぞ……」

 人々は遠巻きに、けれど吸い寄せられるようにその光を見つめた。

 それは、神に祈ることをやめた街に、テオという「異物」が突き立てた、未来への道標。

 テオはひび割れた眼鏡を指で直し、眩しそうに目を細める民衆を見つめた。

 この光は、まだ小さい。けれど、一度灯った「正解」は、もう誰にも消せはしない。

「……リネルさん。この光が、アトラの新しい『仕様』になります」

 光の中に立つ少年の横顔は、もはや聖者のようでも、悪魔のようでもなかった。

 ただ、壊れた世界を修理せずにはいられない、一人の狂ったエンジニアの姿がそこにあった。

 神の教科書が照らせなかった夜を、今、テオの放つ「電力」がハックした。

 アトラの夜明けは、空からではなく、地面に置かれたガラクタの中から始まったのだ。


次は4/18の18:10投稿

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