第23話:散華の理(チェリーブロッサム・ハック)
■ 神の「塗り残し」を加工する
断絶のクレーターの外側まで4人は戻ってきた。
ガネットが、深淵の底から拾い上げた真っ黒な石――『ゴッド・シャドウ』を火床に放り込む。だが、どれほどフイゴを煽ろうと、ドワーフ秘伝の火を注ごうと、その漆黒の素材は赤らむことさえなかった。
「……クソっ! 暖まりもしやしねぇ! 坊や、こいつは本当に鉄なのかい? 叩く隙もありゃしないよ!」
ガネットが焦燥に駆られて槌を振り下ろす。だが、衝撃音すら響かない。ゴッド・シャドウはただ、全てのエネルギーを無感情に飲み込み、そこに存在し続けている。
その横で、テオは自らの右腕――ルミナスによって改造された魔導義手の指先で、真っ黒な石をなぞっていた。
「……ガネットさん。火じゃないかも。この素材は……神様が設計図に書き込めなかった『固定定数』なんです。……きっと必要なのは、魔力」
テオの言葉から、いつもの吃音が薄れていく。
「……僕の魔力を、この石に直接叩き込みます。ガネットさんは、僕が魔力で『隙間』を作った瞬間に、深淵銀の芯を……押し込んでください」
テオの指先が、ゴッド・シャドウに触れた。
瞬間、人工筋肉が露出するほどの負荷がかかる。だが、テオの表情は微塵も動かない。激痛を脳が「不要な信号」として棄却しているのだ。
漆黒の石が、テオの赤黒い魔力に汚染され、ドロリと「空間そのものが溶ける」ようにして形を崩した。
「今です」
ガネットは恐怖に震えながらも、職人の本能で深淵銀の薬室をその「亀裂」へと叩き込んだ。
――キィィィィィィィィン!!
耳を劈く高周波。ゴッド・シャドウが深淵銀を飲み込み、その表面を漆黒の薄膜で覆っていく。
魔力を一切通さず、反射もせず、ただ内側の爆圧を永久に閉じ込める「絶対遮蔽層」。
それは、銃というよりは、黒い「杭」だった。
「……完成しました。『新生ボルテクス』。もう、誰も僕の魔力は逃げません。」
テオが呟く。
「……もしかして、……魔力って……」
テオの瞳には、「正解」が見え始めていた。
■ 帰路のデバッグ
「テオ……、あなた、……本当に大丈夫なの?」
スチール・ストライダーでの帰路、リネルが不安げにテオに問いかけた。
隣に座るテオは、ただ一点、前方の空間を解析するように見つめている。彼が発する空気は、かつての「おどおどした技術者」のそれではない。
「……リネルさん。大丈夫です。……むしろいろんなことが……繋がってきました」
その時、ストライダーの行く手を、巨大な魔法陣の壁が遮った。
真理の眼、末席クレメント。そして、数十人の魔導師を引き連れたアルベルトが、丘の上から見下ろしている。
「見つけたぞ! 逃げ場はない! 神の審判を受け入れ、その不浄な鉄塊とともに消え去れ!」
テオはストライダーを止め、一人で外へ出た。
アルベルトは、テオの異様な姿に息を呑んだ。
右腕からマントが滑り落ち、露出したのは――漆黒の「杭」を握りしめた、機械の腕。
テオの吃音は、もうどこにもない。
「……クレメントさん。あなたの『トリック』。もう通用しないですよ。……あなたの神の祝福はもう……僕には届かない」
「何だと……!? 貴様のような異端が、神を愚弄するな!」
クレメントが祈りを捧げる。
テオを圧倒した、不可視の高速振動魔法。
だが、テオはただ歩いていた。
――チリッ。
テオが新生ボルテクスで防ぐとクレメントの魔法が「音」を立てて霧散する。
新生ボルテクスが飛来するクレメントの魔法を四方にいなしていく。
「……あなたの魔法は、……速いけれど、……魔力が弱い。……だから、……早くするしかなかった」
テオはひび割れた眼鏡の奥で、静かに目細めた。
「おのれ……ッ! 主よ、不遜なる者に最大級の審判を!!」
クレメントが自らの全魔力を絞り出し、巨大な黄金魔法陣を展開する。
「……やはり奥の手が……ありましたか……。でも甘いです」
クレメントの魔法陣の直下。テオが歩きながら配置していた、赤黒い「魔力の溜まり」が牙を剥いた。
「……リンクできました。……あなたの魔法陣は……僕のものです……」
「……あ、……あ、……!? 私の魔法陣が、……動かない!? 魔力が……奪われていく!?」
クレメントの白い光が、テオの赤黒いノイズに侵食され、毒々しくも美しい「桃色」に変質していく。
「……混ぜたらいい色になりました。……仕上げです。これが僕の出した、神の仕様書への……『修正案』だ」
テオが、右腕のボルテクスを空へ突き出した。
最短ではない。あえて、その現象に名前を付けるための3音。
「……さくら!」
バシュゥゥゥゥゥゥッ!!
戦場の中央に、突如として巨大な「桜の巨木」が顕現した。
それは、テオの魔力とクレメントの魔力が、空間という基盤の上で激しく衝突し、拒絶し合いながら形成された「物理的なバグの結晶」だ。
「……キレイ……」
リネルが、呆然と呟く。
だが、その桜は、神に抗う牙そのものだった。
ハラハラと舞い散るピンク色の花びら。
それが、逃げ惑う魔導師たちに触れた瞬間――。
――パパンッ!!
――チュドォォォォォン!!
「ぎゃあああああああッ!!」
「目が、腕が! 花びらが……爆発している!?」
名もなき魔導師たちが、花びら一枚一枚が放つ極小の爆縮によって、文字通り「削り取られて」いく。
祈りも、慈悲も、そこにはない。
「……ありえない。……こんな、……こんな残酷な奇跡が……あっていいはずがない……!」
アルベルトは腰を抜かし、泥を這いながら後ずさる。
テオは、そのアルベルトを、虫を見るような冷めた目で見下ろした。
「アルベルトさん。……教科書に載っていないことは、『奇跡』ではなく、……ただの『未知』と呼びます。……勉強不足ですね」
桜の巨木が、最後の光を放って霧散する。
後に残されたのは、ボロ雑巾のなったクレメントと、テオの魔法に怯えながらも悔しくて震えるアルベルト。
ガネットが、震える手でテオの背中を指差した。
「……キレイだった。……ああ、本当にキレイだったよ。……でも、坊や。……今のあんたの笑い方。……あいつらよりも、……ずっと化け物に見えるよ……」
テオは、返事をしなかった。
ただ、ゴッド・シャドウで覆われた漆黒の右腕を、じっと見つめている。
「……魔法って、……面白いですね」
神を殺すための「技術者」は、今、世界の「再設計」へとその一歩を踏み出した。
次は4/18の15:10投稿
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