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第22話:不変の防人(スタティック・ガーディアン)

■ 壊される「美学」

 クレーターの底へ近づくにつれ、空気はその温度と「手応え」を完全に失っていった。

 視界を覆う深い霧は、湿り気すら持たない無機質な粒子の集まりだ。

 その霧の奥から、突如として不気味な音が響いた。

 ゴ、ゴギィ……、ゴギィ……。

 それは生物の咆哮ほうこうではなく、巨大な金属構造体がきしみ、組み換わるような、規則的で無機質な音だった。

 音が近づくにつれ、霧の中に巨大な、幾何学的な影が形成されていく。

 そして、霧を押し戻すようにして、その異形が4人の前に姿を現した。

 それは3メートルを超える、銀色の立方体が複雑に組み合わさった多面体だった。光を鈍く反射するその表面には、継ぎ目も装飾も、生物的な有機性も一切ない。ただ、圧倒的な「質量」がそこに存在していた。

 それが、神の塗り残した地を守る『不変の防人スタティック・ガーディアン』だった。

 まず動いたのはルミナスだった。

「……フッ、無粋な塊だね。私のメスで、その歪な角を切り落としてあげよう」

 ルミナスが指先で数本のメスを踊らせる。彼の指先から放たれた紫色の魔力が、メスの刃に「超振動」の付与エンチャントを施した。普段なら、この一撃で岩石さえも豆腐のように切り裂けるはずだ。

 シュッ、と空気を切り裂く音と共に、必殺の投擲が多面体の連結部を狙う。

キンッ。

 虚しい金属音が響いた。ルミナスのメスは、多面体の表面に触れた瞬間にその「振動」を完全に吸収され、まるで硬い壁に投げられたガラス細工のように、粉々に砕け散った。

「……なっ、私の美技わざが……通じない……!? 刃が通らないどころか、魔力の干渉すら跳ね返されるだと?」

 驚愕するルミナスの眼前で、多面体の一部が猛烈な勢いで回転し、巨大な「面」となって彼を叩きつけた。

ドォォン! と、ルミナスの体が岩壁に激突し、彼は血を吐いて崩れ落ちた。優雅な紫の魔力が、霧の中に無惨に霧散していく。この「神の塗り残し」の地では、彼の洗練された術式は、ただの色のついた煙に過ぎなかった。

「……ルミナスさん! ……リネルさん、……お願い、……します!」

「わかってるわ、テオ!」

リネルが神速で踏み込んだ。彼女はテオから授かった「1音」の理論を使い、体内の魔力を限界まで圧縮し、剣速へと変換する。

「…………ッ!」

鋭い1音と共に、リネルの剣がダークブルーの閃光を放ち、多面体の中心核へと激突した。

 ドッ、という重い音。しかし、多面体は一ミリも動かない。それどころか、リネルが放ったはずの魔力の衝撃が、そっくりそのまま「物理的な反動」となって彼女を襲った。

「……くっ、ああぁぁぁッ!?」

 リネルの腕が不自然な方向に弾かれる。彼女の自慢の剛剣が、飴細工のようにぐにゃりと曲がっていた。

 世界最強の「1音」の斬撃さえ、この絶対的な物質強度の前では、ただの微風に等しかった。神が設計を放棄したこの素材には、「魔法による破壊」というルール自体が書き込まれていないのだ。

■ 硬質の暴力

「……魔法が、……効かない。……ただの、……硬い、……塊だ」

 テオは震える喉を抑えながら、迫りくる多面体の「質量」を凝視した。

 防人がその角を鋭利な槍に変質させ、テオへと一直線に突進してくる。

回避は間に合わない。テオは反射的に、右腕のボルテクスを盾のように突き出した。

「……ッ、……ああぁぁぁぁ!!」

 凄まじい衝撃。本来ならテオの細い腕など、肩から引き千切られていてもおかしくない威力だった。

けれど、ボルテクスは耐えた。バレル内部にパンパンに充填され、魔力の真空の世界で出口を探して荒れ狂っていたテオの赤黒い魔力が、図らずも「最強の流体装甲クッション」として機能したのだ。外部からの圧力を、内部の圧倒的な内圧が押し返した。

(……耐えた……。内部の魔力圧が……外部の衝撃を……相殺した……?)

テオが冷や汗を流しながら耐える背後から、地を這うような怒号が響いた。

「どきな、坊や! アタシがこいつを鉄屑に変えてやるよ!」

ドワーフの誇り、ガネットが巨大な鍛造槌ハンマーを振り上げた。彼女の腕力は、重装騎兵の装甲さえ紙のように握りつぶす。

「おおおおおおりゃぁぁぁぁッ!!」

 渾身のクリーンヒット。ガネットの槌が、多面体の正面を真っ向から捉えた。

 火花が噴き出し、衝撃波で周囲の霧が吹き飛ぶ。

 ――ガキィィィィィィンッ!!

 しかし、砕け散ったのは敵の岩石ではなく、ガネットの腕だった。

 槌は、まるで鏡にぶつけた鉄球のように真後ろへ跳ね返り、ガネットはそのまま後方へと転がった。

「……冗談だろう……。アタシの自慢の槌が……弾かれやがった……。こりゃあ、ただの岩じゃねぇよ……」

ガネットが震える手で地面を叩く。三人の猛者が、手も足も出ない。

 この場所では、「神の魔法」も「ドワーフの筋力」も、その上位にある「物理法則の極限」の前に無力だった。

■ 外部魔法陣:圧力の地雷ハック・マイン

 テオはボルテクスで防人の突撃をいなしながら、必死に思考を加速させた。

 肺が重い。吸い込む空気に魔力がないため、全身の細胞が悲鳴を上げている。だが、その苦痛の中、エンジニアの脳だけが冴え渡っていた。

(……魔法が効かないのは、……こいつの表面が……魔力を完全に反射、あるいは吸収しているからだ。……なら、『外』から叩いてもダメなんだ)

 テオはボルテクスの魔圧調整弁を全開にした。だが、弾丸を放つのではない。

 彼は、ボルテクスの先端から、ドロリとした濃密な赤黒い魔力を「垂れ流した」。

「……テオ……!? 何をしているの……! そんなことじゃ、魔力が霧散してしまうわ!」

血を吐きながら倒れ込んだリネルが叫ぶ。

テオは答えなかった。彼は、自分の足元、そして防人が次に向かってくるであろう進行方向に、いくつもの「形を成さない魔力の溜まり」を配置していく。

 それは通常の世界なら、瞬時に周囲の大気魔力に溶けて消えてしまう不確かな霧だ.

 けれど、ここは「外の魔力(圧力)」がない魔力の真空の世界。テオが吐き出した「質の違う魔力」は、拡散することも混ざることもなく、そこに『高圧の塊』として独立して留まり続けた。

(……僕の魔力は、なぜか強く、いや、濃くなっている……?……垂れ流しても形が保てる……)

 その確信に近い疑念が、テオの指を動かした。彼は、配置した魔力の溜まりから、自分の指先までをつなぐ「極細の魔力の導線」を引く。

「……ルミナスさん、……リネルさん、……ガネットさん……。……試してみたい……ことが……できました」

 防人が、テオに向かって再び突進を開始した。その巨体が、テオが設置した「魔力の地雷」の上に足を乗せた瞬間。

「…………ッ!!」

 テオが指を弾き、1音を導線に流し込む。

ドォォォォォォンッ!!

 下から突き上げるような、凄まじい爆発。

 外からの抵抗がない空間で、テオが「配置」した高圧魔力が、一気に膨張を開始したのだ。

防人の足元と地面の間で、行き場を失った圧力が、多面体の装甲を「内側」から持ち上げ、歪ませた。どんなに硬い素材でも、その「隙間」に侵入した圧力の膨張には抗えない。

「……まだ、……足りない。……ノズル、……絞り……最大。……一点、……集中……!」

テオは跳ね上がった防人の「連結部の隙間」を逃さなかった。

 ボルテクスのバレルを極限まで絞り、針のように細い魔力流を、その亀裂へと直接叩き込む。

「……ぶち、……抜けぇぇぇッ!!ーーーーーっ!!」

シュゴォォォォォ!! という、空気が震えるような高周波。

外部の「地雷」による衝撃と、テオの至近距離からの直撃。

挟み撃ちにされた防人の装甲が、ついに物理的な限界を超えた。

 パリン、という、巨大な硝子が割れるような音がクレーターに響き渡る。

 あれほど無敵を誇った銀色の多面体が、内側からの圧力に耐えきれず、粉々に粉砕された。

シャドウの回収

 静寂が戻った。

 砕け散った防人の残骸の中心。そこに、光を吸い込むような真っ黒な石が、静かに転がっていた。

 テオは膝をつき、激しく熱を帯びたボルテクスから手を離した。

 右腕は、奇跡的に無傷だった。魔法を「外部化」して配置したことで、自分への直接的な反動を最小限に抑えられたのだ。

「……はぁ、……はぁ。……行き当たりばっぱり……成功ですね……。……こんな……使い方も……あるんですね」

ガネットが、腫れ上がった手首を抑えながら近づき、驚愕の表情で残骸を見つめた。

「……坊や、……アンタ。魔法を……『置いてくる』なんて、……聞いたこともないよ。……ありゃあ、……ただの魔法じゃねぇ。……ただの、……爆弾だ。神様も、あんな使い方は教えちゃいないよ」

「……ええ。……結局はただの、……物理現象、ですから」

テオは、拾い上げた「ゴッド・シャドウ」を、震える手で握りしめた。

 それは冷たく、重く、そして何よりも「確かな物質」としての重みを持っていた。

「……行きましょう。……この、……素材があれば……。……神様の、……教科書を……燃やせる、……本物の……『武器』が……作れます」

リネルは恍惚とした瞳で、ルミナスは理解不能な恐怖を抱えながら、テオの背中を見つめていた。

 祈りの世界を、物理とハックで蹂躙する少年。

 その歩みは、深淵の底から、今、確かな一歩を刻み始めた。

次は4/17の18:10投稿

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