第14話:禁忌の換装(フォービドゥン・リモデル)
■ 剥き出しの「バグ」
自由都市アトラ、最下層。
そこは地上の鉄煙さえ届かない、薬品の刺激臭と劣化したオイルの臭いが重く沈殿した「深淵のピット」だった。ルミナスの診察室。無機質な魔導灯の白い光が、剥き出しの鉄骨や複雑に絡み合う配管に反射し、まるで巨大な機械の胎内に迷い込んだかのような錯覚を抱かせる。
診察台の中央に横たわるテオの右腕は、もはや人の部位としての形を失っていた。
内側から爆ぜた筋組織は、今も微かな痙攣を繰り返し、高圧魔力によって炭化した神経が、皮膚の下で黒い網目のように走っている。肉に深く食い込み、血とオイルで癒着した『壱式』のマウントプレート。それは、肉体の限界を超えて出力を求めた、エンジニアの無謀な執念の残骸だった。
「……ふむ。見苦しいね。実に見苦しい」
ルミナスは壁一面の鏡で自らの美貌を確かめ、うっとりと唇を歪めた。彼は指先で一本の細いメスを弄ぶ。刃先が光を反射し、診察室の壁に鋭い光条を走らせる。
彼はそのまま、運び込まれたばかりの少年の腕の付け根――主要な魔力経路が集中する部位へとメスを添えた。
「テオ君、と言ったかな。……私はね、君という検体を一目見た瞬間に、底知れぬ『違和感』を覚えたよ」
ルミナスの目が、冷徹な観察者のそれに変わる。
「君が放つ魔法の密度……これは、もはや人一人を数秒で蒸発させる太陽の如き高圧だ。だというのに、今こうして君を診察してみれば、どうだい。……信じられない。君の魔力回路は、そこら辺の農夫や、せいぜい三流の魔導学生と変わらない。神が適当に書き殴ったような、実にお粗末で、あまりに『一般的』な代物だ」
ルミナスはメスの腹で、テオの皮下を通る魔力回路を小突いた。
「……なぜだ? なぜ、この貧弱な細い配線で、君の回路は焼き切れずに済んでいる? 本来なら肉の塊となって四散しているはずなんだよ。君の存在そのものが、医学的な『エラー』だ」
「……あ、……あ、……ルミナス、……さん。……そ、それは……僕が、……この世界の、……せ、設計に……沿っていないから……かも……」
テオの声は脂汗と痛覚の波に掠れながらも、理性の計算だけは極寒の氷のように鋭く保たれていた。その瞳には、自分の腕を「負傷した肉体」としてではなく、「強度の足りない部品」として切り捨てる冷徹なエンジニアの光が宿っている。
■ 異界の告白
「……ここじゃない場所の設計を知ってる」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……は?」
最初に反応したのはガネットだった。
「……何言ってんだ、坊や。頭やられたか?」
リネルも、わずかに眉をひそめる。
「……比喩じゃないの?」
「……違います。……物理法則が、……違う世界です」
空気が確かに一度だけ“拒絶”した。
リネルが呆然と呟く。彼女にとって、世界とは神が設計し、祈りによって駆動するものだった。だが、テオの告白。
その瞬間、三人の中で何かが“噛み合った”。
「……僕の世界には、神様なんて……いなかった。あるのは、……数式と、……物理現象だけ……でした。……だから、僕にとっての魔法は……祈りじゃなくて、……ただの……効率の計算なんです」
「……仮説としては面白い。だが証明が足りない」
ルミナスが、静かに口を開いた。
「君の言う“別世界”とやらは観測できない。再現性もない。……それは学問ではなく、ただの与太話だ」
一拍、空気が止まる。
リネルが、わずかに眉をひそめた。
「……でも……それしか、説明がつかない」
「説明がつく必要はない」
ルミナスは即座に切り捨てる。
その視線は、テオの右腕から外れない。
「……重要なのは“結果”だ」
焼け焦げた神経。炭化した回路。それでもなお維持されている異常な構造。
「この出力。この密度。この生存状態。……既存の理論では説明不能だ」
ゆっくりと、口元が歪む。
「だからいい。……だから、価値がある」
リネルが、テオを見る。
その視線には、理解ではなく――測り直そうとする色が宿っていた。
「……あなた、最初から……神なんて見てなかったのね」
一歩、距離を取る。
「見ていたのは……“正解”だけ」
ガネットが、喉の奥で笑う。
「……はっ」
視線は、テオの腕から離れない。
(……剣じゃない。こいつは最初から、“構造”を見てやがる)
そして、ルミナスが一歩踏み出す。
「……いいだろう。仮説は保留だ。……その代わり」
「君で証明させてもらう」
口の端が、わずかに吊り上がる。
「……最高だ。最高だよ、テオ君」
「君は“壊れていない”。……正しく動いている」
メスが、静かに光る。
「……なら、身体の方を合わせればいい」
刃先が、テオの腕へ落ちた。
■ 禁忌の換装
「……あ、あ、……皆さん、……引かない、……んですね」
呆れつつも、安堵の混じった吃音。
「引くわけないだろ、坊や。……あんたの『想い』の続きが、……見たいんだよ」
手術が始まった。
ルミナスのメスが、テオの右腕を「解体」していく。それは治療というより、高度な機械の改造だった。
「テオ君、君の生身の神経では、君の魔力には耐えられない。……だから、君に高感度の魔導回路をバイパスさせる」
ルミナスが手にしたのは、極細の魔導ドリルだった。
(……ア、……あ、ああああああああッ!!)
麻酔など介在する余地はない。テオの脳に、自身の骨を削り、神経を焼き切る振動がダイレクトに伝わる。だが、テオは歯を食いしばりながら、その激痛を「書き換えのプロセス」として脳内で処理していた。
「……肩から下を。人としての脆弱性を排除して。骨格を魔導合金に置換。筋肉は、人工の高張力繊維で」
ルミナスの手つきは、もはや医師のそれではない。時計職人のように精密で、彫刻家のように大胆だ。
テオの肩口から先、ボロボロになった肉を「不要な被覆」として剥ぎ取り、そこへ鈍い光を放つ魔導基盤が埋め込まれていく。
骨の中央に穿たれた穴へ、極小の魔石を連ねた「魔力伝導路」が通される。これにより、テオの魔力は「肉」という抵抗を通さず、思考と同時に「出力」へと直結されることになった。
■ 精密と暴力の共存
「……ふむ。君の『黄金の指』を潰すのは私の美学に反するからね。……指先の触覚センサーは、生身の数百倍にまで感度を引き上げておいた。……これにより、ミクロン単位の摩擦も、魔力の微かな揺らぎも、君は『触れて』理解できるようになる」
肘から手首にかけて、兵器を固定するための『マウントレール』が肉を割いて露出するように固定される。一方で、手のひらから指先にかけては、極めてしなやかな人工筋肉が張り巡らされ、人間以上の繊細な動きを可能にした。
それは、「巨大な山を消し飛ばす暴力」と「時計の歯車を調整する精密さ」が同居する、異形の右腕。
ガネットは、その「構造」が組み上がっていく様を、感嘆の吐息を漏らしながら凝視していた。
(……なんてことだ。……こりゃあ、単なる義手じゃない。……腕そのものが、……『演算機』であり、『溶接機』であり、『砲台』なんだね!)
■ 産声
「……さあ、テオ君。……『接続』だ」
数時間に及ぶ凄惨な「構築」が終わり、ルミナスが最後の一針を縫い終えた。
テオの肩から先は、漆黒の魔導外装と、隙間から覗く赤黒い魔導線が脈動する、完璧なサイボーグへと変貌していた。
「……システム、……チェック。……アライメント、……良好。……魔力供給、……安定。……指先の、……フィードバック、……来ました」
テオが、ゆっくりと右手の指を動かす。
――チリ。
空気が、指先で爆ぜた。
テオの感覚の中では、周囲に漂う塵の一粒一粒、壁を伝わる湿気の重さまでが、クリアな「数値」として流れ込んでくる。
「……凄い。……以前よりも、……世界が、……『薄く』感じます。……これなら、……もっと……深く、……分析……できる」
テオは立ち上がり、診察台の横にあった、使い古されたボルトを指先で拾い上げた。
見ることなく、感触だけでその組成と、わずかな歪みを瞬時に読み取る。
「……リネルさん、……ガネットさん。……ルミナスさん。……ありがとうございます。……僕の、……新しい武器……完成です」
テオが、新しく手に入れた鉄の拳を握りしめると、診察室の魔導灯が一瞬、過負荷で激しく明滅した。
その光の中に浮かび上がる四人の姿は、もはや「勇者一行」などという生温いものではない。
神の設計した「安全で退屈な世界」を、工学と医学と暴力で解体しようとする、最悪のエンジニア・チームの誕生だった。
「……さて。……身体は、 整った。……次は、……最高の武器を……作りに行きましょう」
テオの右腕のレールが、戦いを求めて「カチリ」と小さな音を立てた。
もう、元にはもどれない。
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