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第13話:鉄煙の聖域(スモーク・サンクチュアリ)

■ 光と影の断層フォルト・ライン

 旧鉱山の出口を塞ぐのは、朝日を反射して眩しく輝く白銀の甲冑群――フェルム教皇庁直属、追跡騎士団だった。

 坑道内の湿った闇に慣れた目には、その輝きは暴力的なまでの「正義」の色に見えた。甲冑の表面は過剰なまでの彫刻と金細工で埋め尽くされ、光が反射するたびに、周囲の岩肌に「神聖」という名のノイズを乱反射させている。

 その中心で杖を構えるのは、聖魔導士アルベルト。彼は完璧な静止を保ちながらも、その指先は杖の柄を白くなるほど握りしめていた。

「……そこまでだ、リネル。これ以上の逃走は神への反逆、すなわち世界の不具合バグとみなす。その汚れた手を離し、ひざまずけ」

 アルベルトの目の前にいるリネルは、もはやかつての気高き聖騎士の面影を失っていた。泥と返り血に汚れ、右腕は10じゅうおんの過酷な反動によって感覚を失い、幽霊のように力なく垂れている。

 だが、その瞳だけは以前よりもずっと鋭く、よどみのない「出力(意志)」を宿していた。

「……アルベルト。どいて。私たちは行かなければならないの。この『ルール』の外へ」

「リネル、なぜだ。……名門の家系に生まれ、神の祝福を誰よりも受けていた貴女が、なぜこのような『剥き出しの暴力』に身を落とした。その少年が持っているものは魔法ではない、ことわりを破壊する毒だ」

 アルベルトの視線は、テオの腰に下がる『壱式いちしき』の残骸に止まった。彼の内側では、教皇庁の教えが「異端を滅ぼせ」と叫んでいる。

 しかし、魔導士としての本能は、あの鉄塊から放たれたであろう「純粋な力」の残滓ざんしに、抗いがたい戦慄を抱いていた。

「……あ、あ、……アル……ベルトさん……」

 リネルの背で、テオが重いまぶたを微かに開けた。意識は朦朧もうろうとしている。

 だが、アルベルトの杖の先に展開された15音の『魔法障壁マジック・シールド』を見た瞬間、テオの工学脳が、勝手にその「脆弱ぜいじゃくな構造」をスキャンしていた。

「……そ、その障壁……15音は、……す、スカスカだ。……うた……なんて、……た、ただの……伝導ロスだ。……緊急排熱……全部……前方へ……ッ!!」

 テオの震える指先が、右腕に残ったマウントプレートの緊急ブローパージを弾いた。

 瞬間、耳を刺すような高周波の金属音が響き、ドロリとした黒い蒸気が噴出した。攻撃ではない。魔力喰らい(マナ・イーター)のブレスを耐え抜いた際に『壱式』の薬室チェンバーに溜まり、逃げ場を失っていた超高圧の「死んだ魔力」の強制排出ヒート・ダンプだ。

 (――シュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!)

「なっ、……う、うわぁぁッ!? 目が、熱が……! 術式が……ッ?!」

 聖なる光を、どす黒い蒸気が塗りつぶす。オイルの焼けた臭気と圧倒的な熱量。アルベルトは咄嗟とっさに杖を構え直したが、その一瞬、彼は見てしまった。

 

 祈りでも、奇跡でもない。ただの「排熱」というノイズが、神聖な魔法障壁を力ずくで分解していく。

 計算が合わない。理論が通じない。魔力密度と熱量、それらの挙動がアルベルトの知る「魔法教本」の数値を遥かに逸脱していた。

「……計算が、……合わない……。なぜ……熱ごときが……障壁を……ッ!?」

 アルベルトの脳内で、理性の歯車が嫌な音を立てて空転を始めた。アルベルトの表情から余裕が消え、意味のなさない呻きが漏れた。

「……アルベルト、さよなら。もう、そっちの『教科書』は読み飽きたわ」

 霧の中を、リネルが駆け抜ける。アルベルトは杖を振り下ろすことができなかった。

 彼には分かっていた。追おうと思えば追える。だが、今の自分には、あの少年の「ロジック」に立ち向かうための、新しい計算式が一つも備わっていないことを。

■ 自由都市アトラ、鉄と煙の聖域

 数時間の強行軍。フェルムの追跡を振り切り、辿り着いたのは自由都市『アトラ』だった。

 街を覆うのは祈りの光ではなく、無数の工房から吐き出される重苦しい黒煙。絶え間なく響く槌音と、肺にこびりつくようなオイルの臭い。そこは教皇庁の権威が届かない、実利と技術に魂を売った者たちの聖域。

 街の入り口で、リネルはついに力尽き、膝をついた。

「ハァ、ハァ……。テオ、しっかりして……。……だ、誰か……いないの……っ」

 彼女の視界が霞む中、工房の影から一つの影が近づいてきた。

 背丈ほどもある重厚なハンマーを軽々と担ぎ、赤髪を無造作に縛った少女――ガネットだった。

「……おいおい。そこの嬢ちゃん、どこの軍隊と正面衝突オーバーラップしてきなすったんだい?」

 ガネットが二人を見下ろす。その顔立ちは驚くほど童顔で、人形のような愛らしさがあった。だが、その低身長な体に不釣り合いなほどの豊かな胸元が、作業着をきつく押し上げている。

「……わ、わたしはリネル。聖騎士をしている。……お、お願い、……回復魔法を……。この子が……死んでしまうわ……!」

「回復魔導士ィ? 冗談言いな。ここは『祈り』を捨てた連中の街だ。そんな奇跡を安売りする聖職者なんて、この街のどこを探したっていやしないよ」

 ガネットはぶっきらぼうに吐き捨てたが、リネルの腕の中で真っ白になっているテオの顔を見て、その双眸そうぼうに隠しきれない「母性」の光が宿った。

「……まったく。ひどい有様じゃないか。……よし、アタシが運んでやる。ただ、治すは治すが、ついでに余計な『改造』までしちまう変態なら地下にいる。……紹介してやろうか? 早く手を打たないと、その坊や、明日にはただのスクラップだ」

「改造……?」

 リネルが戸惑った、その時。テオが、糸が切れる寸前のような掠れた声で呟いた。

「……あ、あ、……か、改造……ね、願ったり……だ。……せ、性能スペックが……た、足りな、かったから……」

「がはっ! いい心意気だ。死にかけの分際でよく言うよ。合格パスだ、その生意気さ!」

 ガネットは愉快そうに笑い、自分より背の高いリネルごと、二人を軽々と腕の中に抱き上げた。その柔らかな感触は、死の縁にいたテオに微かな安らぎを与えた。

 だが、ガネットの職人としての瞳が、テオの肩から下がった『壱式』の残骸と、リネルが握りしめる『魔導ブレード』に釘付けになった。

「……ちょ、ちょっと待ちあがれ。……なんだい、この『機構おもちゃ』は」

 ガネットはリネルを無視して、意識のないテオの装備に顔を近づける。バレルの内側に刻まれた螺旋ライフリング薬室チェンバーの閉鎖機構、そして、見たこともない魔力伝導パス。

「……おい、リネルと言ったかい。これ、どこで見つけた。古代の遺物か、それとも遥か東の秘境の武器か? 聖騎士様が随分なものを持ってるじゃないか。……アタシの魂がこんなに震える『牙』、見たことがない!」

「……テオが……この子が設計して、作ったものよ」

「この坊やが……? 嘘だろ、アタシに『理解不能』を叩き込むこの牙を、この死に損ないが打ったっていうのかい……?!」

 ガネットはテオの顔をじっと眺めて少し考えた。そして不敵に笑い、テオを力強く抱き締め直した。

「……決まりだ! 早く地下へ行くよ! アタシがこの『おもちゃ』の設計図を拝む前に、小僧に死なれちゃ、確かめられないからね!」

 赤髪のドワーフは、テオとリネルを連れ、アトラの最深部――薬品の臭いと狂気が漂う、ルミナスの診察室へと風のように走り出した。

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