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第10話 野営の整備(ナイト・ピット)

 ――熱い。

 右腕が、自分のものではない別の生き物のように、ドクドクと不快な拍動を繰り返している。

 視界の端には、過負荷オーバーロードに耐えかねた脳が見せる、デジタルノイズのような光の粒が不規則に明滅していた。

 鼻腔には焼けたオイルの臭いと、焦げた絶縁材、そして――自分の肉が焼ける、鼻を突く嫌な臭いがこびりついて離れない。

「……は、は、はぁ。……あ、ああ、……設計、通り……だ」

 テオは、苔むした石壁に背を預けたまま、赤黒く変色した自らの右腕を眺めた。

 皮膚は鉄板の熱でただれ、マウントプレートの隙間からは、絶望的な熱気が陽炎となって立ち上っている。

 熱が神経を焼き、感覚が麻痺し始めている。だが、テオはその凄惨な光景を見て、ひび割れた丸メガネの奥で薄く笑った。

 痛みではない。これは「計算」の結果だった。

 出力が、器を超えただけだ。

(……不合格だ。)

 周囲は、静寂に包まれている。天井の抜けた礼拝堂跡。

 かつて神に祈りが捧げられたであろうその場所は、今はただ冷たい月光が降り注ぐだけの、打ち捨てられた石の箱だ。

 その静寂を、テオの荒い呼吸音だけが、排熱を吐き出すベントのように乱していた。

「テオ。外すわよ。……そのままだと、腕ごと焼き付くわ」

 冷徹な声。

 リネルが傍らに膝をついた。彼女の目に宿っているのは、かつての聖騎士としての慈悲ではない。

 故障した高出力マシンを見つめ、どこを「換装」すべきかを見極めようとする、鋭く、乾いた光だった。

 彼女はテオの左手から、彼が死守するように握りしめていた整備用のレンチを、ひったくるように奪い取った。

「あ、……ボ、ボルト、が……」

「わかってる。……気が散るから、黙ってなさい。集中できないわ」

 リネルはテオの右腕を締め付ける第一ボルトに、迷いなく工具を叩き込んだ。

 (――ギ、ギギィッ……ッ!!)

 金属が噛み合い、強引に削れる不快な音が静寂に響く。

 『1音魔法シングル・バースト』が放った規格外の熱量によってゆがみ、完全に食いついたネジ山。

 リネルはそれを「丁寧」に扱うことを放棄していた。彼女が込めた握力は、テオの骨がきしむ音を伴って、無理やりボルトを回していく。

「っ……、……ぁ、……ッ!!」

 ボルトが一回転するたびに、テオの身体が大きく跳ねる。だが、リネルはその痙攣けいれんを「作業の邪魔」だと言わんばかりに左手で無慈悲に押さえつけ、さらにレンチを回した。

 容赦のない衝撃がテオの脳を揺らす。テオは石壁に後頭部を打ち付け、歯を食いしばりながら、白目をきそうになる。

 四本のメインボルトが、悲鳴のような金属音を立てて次々と弾け飛ぶ。重厚な『壱式いちしき』の本体が、濡れた泥の上に転がり落ち、テオの右腕がようやく物理的に解放された。

 音が、消えた。

 内出血でどす黒く変色した皮膚には、鉄板の模様がそのまま焼き付いている。高張力スプリングは、飴細工のように潰れていた。

「……スプリングが、いかれた……」

「……そうね。あなたの身体が、出力に耐えきれなかった」

 リネルは、テオの負傷した腕を「痛々しい肉体」としてではなく、「性能不足の劣悪な部品」として切り捨てた。彼女はテオを癒やしたいのではない。この先に待つ「さらなる高圧」のために、邪魔なノイズ(負傷)を取り除いただけなのだ。

「……あ、あ、……笑って、ください。……神様を、……笑う……つもり、だったのに。……この肉体が、ボトルネックだ。」

 テオの声が、熱に浮かされながら震える。

「……あいつらは、安全な場所で、……15音(ぬるい歌)に守られてる。……僕は、1いちおんの……それに耐えるための、剛性すら、持っていない」

 テオの言葉を、リネルは立ち上がって見下ろした。彼女の背後では、天井の抜けた礼拝堂から差し込む月光が、彼女を聖女ではなく、冷酷な「共犯者」として照らしていた。

「……壊れるなら、作り替えればいい。」

 彼女は、テオのひび割れた丸メガネを、指先で乱暴に直した。

「合わせればいい。出力に。……止まらない。証明する。それだけ」

 彼女の瞳にあるのは、慈しみではない。

 テオがもたらした「物理的ハック」の快感を、二度と手放したくないという、剥き出しの欲望。

 テオは、そのリネルの冷徹な熱量に、初めて「孤独」が塗り潰されるのを感じた。人間としての情緒的な絆ではない。同じ一つの目的のために最適化され、組み合わされていく「部品」同士の接続感。

「……ふ、……ふふ。……重い、ですよ。……リネル、さんの……覚悟の、負荷が。……僕の、……計算を、……追い越さないで、ください」

 テオの吃音が、熱とともに少しずつ解けていく。

「……次は、旧鉱山だ。……『深淵銀しんえんぎん』。……この……間に合わせの鉄屑じゃなくて、……本物の『薬室チャンバー』に耐えられる、……素材を集めなきゃ」

 テオは焚き火の向こう側、暗い山脈を見つめた。そこには、世界の「設定」を書き換えるための、最初のピースが眠っている。

「……リネルさん。……やりましょう。……『十音じゅうおん』。……今、ここで」

「……ええ。最高のセッティングを。……もう、進むしかないわ」

 リネルは自らの右腕を強く握りしめた。

 12音から10音へ。さらに2音を削れば、彼女の血管は焼き切れ、神経は超高圧の魔力に直接焼かれることになるだろう。

 だが、二人はもう、その恐怖すらも「必要な工程」として受け入れていた。

 夜の砦に、誓いの言葉は不要だった。

 テオは泥のついた指で次なる設計図をガリガリと石床に書き始め、リネルは熱の残る聖剣を引き寄せ、静かに抜剣した。

 

 神の教科書を焼き捨てた二人は、血とオイルにまみれた「再設計ハック」の闇へと、さらに深く潜っていった。


――その一部始終を、胸に「真理の眼」の黄金の紋章をつけた“それ”は見ていた。

 崩れた礼拝堂から数百メートル離れた丘の上。黒衣の影は、息を潜めたまま、魔力探知の術式を維持している。

「……ありえない」

 男の指先が、わずかに震えた。

 魔法は、詠唱によって形を持つ。

 詠唱は、神が人に与えた「安全装置」だ。

 だが――

「詠唱が……観測できなかった……?」

 記録水晶に刻まれたのは、たった一つの事実。

 “魔力が、出口なしに収束している”

 それは、術式ではない。

 祈りでもない。

 理論にすらなってない。

 ただの、現象だった。

「……あれは……魔法じゃない」

 男は、確信した。

「……あれは、“系統外”だ」

 報告書の末尾に、震える文字で一行が刻まれる。

 ――第一級異端指定対象:確認

4/7 18:10 11話投稿します

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