正体-1
「あー、お腹いっぱい!」
腕を大きく伸ばしながら、わたしは満足げに呟いた。
「あのお店、初めて行きましたが雰囲気がとてもよかったですね」
「ね! サクルもすっごく美味しかったし、また行こうね!」
あの後、わたしたちは大量のサクルを食べたり、お揃いの装飾品を買ったりと、めいっぱいデートを満喫した。
そして今は、高台にあるベンチに並んで座り、休憩している。
「それにしても、アナスタシア様は本当にサクルがお好きなのですね。あんなにたくさん召し上がるなんて」
「えへへ……家だとなかなか食べられないから、つい」
そう答えながら、わたしは少しだけ肩をすくめた。
いまだにレインから「サクル食べすぎ禁止令」を出されているわたしは、ここぞとばかりにサクルを堪能してしまったのだ。
とても幸せな時間だったのだが……
(うぅ……これは、しばらく動けないかも)
お腹がはち切れそうなくらい苦しい。このまま動いたら、口からサクルが飛び出しそうだ。
(水……水がほしい……)
せめて口の中だけでもさっぱりさせたい。そう思った瞬間ーー。
「どうぞ」
すっと目の前に水の入った瓶が差し出された。
「え、これって……」
「先ほど買っておいたのです」
タイミングのよさに驚きながら、わたしは瓶を受け取る。
全然気が付かなかった。いつの間に買ってきてくれていたのだろう。
「あれ? エミリアの分は?」
「私は喉が渇いていませんので、お気になさらず」
「……そう?」
少し申し訳なく思いながら水を口に含むと、口いっぱいに残っていた甘さがすっと流れていく。
「はぁ……生き返った……」
「ふふっ、大袈裟ですね」
「本当に限界だったの……ありがとう、エミリア」
「どういたしまして」
エミリアは柔らかく微笑む。
夕暮れの光を受けた栗色の髪が揺れて、その姿が妙に綺麗に見えた。
「あの、エミリアはなんで今日デートに誘ってくれたの?」
「誰にも邪魔されず、アナスタシア様と二人きりになりたかったのです」
「……どうして?」
「そうですねぇ。理由は色々ありますが……」
エミリアはそう言って、ゆるやかに目を細める。
「アナスタシア様に、もっと私を知っていただきたくて」
「っ……!」
突然そう言われ、危うく持っていた瓶を落としかけた。なんとか堪えて、わたしは動揺を隠せないまま尋ねる。
「え、えっと……な、なんで……?」
「実は、図書室での会話が少し聞こえてしまいまして」
なるほど。あの時の会話を聞かれていたのか。
「特に隠していたつもりはなかったのですが……私のせいで、アナスタシア様を不安にさせてしまっていたのなら、申し訳なく思ったのです」
まっすぐ謝罪されるとは思っていなくて、わたしは言葉に詰まった。
「なので、気になることがあればなんでも聞いてください」
「ほ、本当に?」
「ええ。聞かれて困ることはありませんから」
それならお言葉に甘えて、と、わたしは次々に質問を投げかけた。
好きな食べ物。家族構成。休日の過ごし方。
ほとんどは、前世で知っていた情報と変わらない。
けれど、ところどころ違う部分もあった。
「好きな色は?」
「シルバーと紫ですね」
(たしか、ゲームではイメージカラーと同じ桃色だったはずだけど……)
「嫌いな食べ物はある?」
「特にありません」
(プロフィールには辛いものが苦手って書いてあった気がするけど……克服したのかしら)
「じゃあ、好きなタイプは?!」
「自身の目的を果たすためなら、どんな犠牲も厭わない方でしょうか」
「……ずいぶん物騒なタイプが好みなのね」
以前言っていた“好きな人”も、そういう性格なのだろうか。だとしたら、わたしが知っている攻略対象者の中には思い当たる人物がいない。
でも、続編では攻略対象者が増えていたらしいし、わたしの知らない誰か――という可能性もある。
「もう質問は終わりですか?」
「えっと……」
「本当になんでも聞いてくださって構いませんよ、アナスタシア様」
桃色の瞳が、まっすぐこちらを見つめてくる。その視線から逃げるように、わたしはそっと目を逸らした。
もっと聞きたいことはある。
星夜祭の日、わたしを殺そうとしたのはエミリアなのか。
わたしのことを、本当は疎ましく思っているのか。
聞きたいことは山ほどあるのに、どれから口にすればいいのかわからない。
だからわたしは、まず一番気になっていたことを尋ねることにした。
「じゃあ、もうひとつだけ。……今から聞くこと、意味がわからないって思うかもしれない。その時は、無視してくれていいから」
「はい。なんでしょう?」
緊張で早くなる鼓動を押さえ込みながら、わたしはゆっくり口を開く。
「――オトイノ。この言葉に、聞き覚えはある?」
わずかな沈黙が、ひどく長く感じられた。
「オト、イノ……」
エミリアが静かに呟く。
その声音はいつも通りで、そこから何かを読み取ることはできない。
「『剣と魔法と乙女の祈り』。略してオトイノ――懐かしいですね」
ふっと、エミリアが微笑む。
「久しぶりに他人の口から聞きました」
「エミリア、それって……!」
驚きに目を見開くわたしに、エミリアは口元に手を添えたまま、楽しそうに目を細めた。
「ええ、もちろん知っていますよ」
そして、穏やかな声で告げる。
「……前世で、一番好きだったゲームですから」




