エミリア・セラフィーネ-3
「というわけで、来週の休日にエミリアとお出かけしてくるから」
帰宅早々、レインにそう告げると、彼の顔は分かりやすく歪んだ。
「何が“というわけ”なのか、全く理解できないんだけど。そもそも、この間の話を忘れたわけ?」
「エミリアが怪しいって話でしょ。ちゃんと覚えてるよ」
「忘れるわけがない」とはっきり伝えると、目の前の顔はさらに歪む。
――だったらなんで? と言いたげな表情だ。
「何度か二人で出掛けたこともあるし、大丈夫だと思ったのと……あと、エミリアのことを、知りたいって思ったから了承したの」
「知りたい?」
「うん。エミリアの本心を知りたい。わたしのことを疎ましく思っているなら、それも含めて彼女と話がしたいなって思っているの」
エミリアのことを無条件で信じられるほど、わたしは彼女のことを知らない。ユリウスにも、そう話した。
(だけど、そもそも知ろうとしていなかった。勝手にゲームの知識で知ったつもりになって、目の前の彼女のことをよく見ていなかった)
だから、たとえ、本当にエミリアがわたしのことを殺そうとしていたとしても、このまま本心を知らないまま、距離を置くのは嫌だと思った。
(もちろん、それだけが理由ではないけど)
今日の発言や、ユリウスの秘密を知っていたこと。そして、エミリアの口から出た「アナスタシアは赤色が嫌いだ」という言葉。
その小さな違和感たちが、あるひとつの疑惑へと繋がった。
もしかしたら、エミリアは自分と同じなのかもしれない。彼女もまた転生者なのではないかと、そう思っている。
だから、それを確かめるためにも、彼女とは一度ちゃんと二人きりで話したい。
だけど、目の前のレインは苦い顔をしたままだ。
(やっぱり、反対だよね)
「俺はあの女を疑っている。だから、極力関わってほしくない」
「……うん」
「でも、アナスタシアの気持ちを大事にしたいと思ってる。君の望みは叶えたい……だから、気をつけて行ってきな」
少し困ったような、それでいて優しい笑みに胸の奥があったかくなるのが分かった。
いつだって、彼はわたしのことを考えてくれている。
嬉しさから、隣に座るレインに腕にそっと抱きつけば、彼もまた嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう、レイン」
「また危険な目に遭わないか、不安すぎるけどね。こっそり着いていこうかな」
「あ、そこは安心して。もしものことがあった時のために対策を考えたの」
「対策?」
「そう、みてこれ!」
そう言うと、わたしはレインから身体を離した。そして、彼の前にあるものを差し出す。
虹色に光るそれは、今日の帰りに街の市場で買った腕輪であった。
「何これ」
彼はわたしの手から腕輪を奪うと、首を傾げる。なので、わたしは得意げに説明を始めた。
「これはね、筋力が上がる腕輪なの! なんと、この腕輪を身につけている間は、筋力が十倍になる素晴らしいものらしいの!」
「へぇー」
「だから、もしエミリアに襲われることがあっても大丈夫!」
「……大丈夫? なんで?」
「え? だって、もしエミリアから羽交締めされたとしても抵抗できるでしょ? それに、馬乗りになって首を絞められたりしても、突き飛ばせるもの!」
なんてたって、筋力が十倍になるのだから!
ドヤ顔でそう告げると、レインは眉をひそめる。何言ってんだコイツと言わんばかりの表情だ。
「いや、襲うときは普通に魔法を使うと思うけど」
「え」
「わざわざ肉弾戦に持ち込むほうが面倒でしょ。だから、筋力が十倍になったところで、あんまり意味ないと思うけど」
そう言うと、レインはわたしの手に腕輪を戻した。だけど、わたしにはもうそれは必要ない。
「まあ、でもアナスタシアもそれは分かったうえだよね。他には?」
「ほ、他?」
「うん。……まさか、対策ってこれだけ?」
その言葉に、何も返せなかった。
黙り込んだわたしに、呆れたような視線が痛いぐらいに刺さる。
どうして気づかなかったのだろう。
前世では、魔法で襲われることなんてない。だから、筋力さえ強化できれば安心だと思い込んでしまった。
(この世界では、筋力勝負になる方が珍しいというのに!)
「アナスタシアって、」
「馬鹿じゃない!」
レインの言葉を遮るように叫ぶ。
「まだ何も言ってないけど」
「どうせいつものように馬鹿って言おうとしてたでしょ! 分かるんだから!」
「そんなことない。ただ、間抜けだよねって言おうとしていただけ」
「同じようなものじゃない!」
その言葉に、レインは笑った。
「抜けているアナスタシア様には、俺が護身用の魔法をかけてあげますね」
「……馬鹿にしてるでしょ」
「まさか。かわいいなって思ってる」
そう言うと、レインはわたしの頭をぽんぽんと撫でた。まるで、子供をあやすような態度である。
思わずムッとした表情を浮かべると、彼はより一層楽しそうに笑ったのだった。




