第53話 答えを知るのが怖くて
パーティを終えた帰り道。
ユリアの家で、物語が大きく動き始めます。
パーティも終盤を迎えた頃、私たちは国王様へ挨拶を済ませた後、ユリアを自宅まで見送りに行くことになった。
夜もすっかり更けていたため、ユリアの父親は帰りを心配していたようだった。
「ユリア、明日も学校があるんだ。無事に帰ってきたからいいものの、もう少し早く帰って来なさい」
「お父さん、ごめんなさい……。でも、明日から皆とはお別れだから、少し遅くなっちゃったの」
「その話は出掛ける時に聞いたから知っている。ただ、今日は普段と違って随分豪華な格好をしていたしな。父さんも気がかりだっただけだよ」
「そうよね。ふふ、お父さんはいつも心配性なんだから」
「心配しない親がどこにいるか」
ユリアの父親は呆れたように笑いながらも、どこか安心した表情を浮かべていた。
「お父さん、玄関先じゃ寒いし、皆を少しだけ家に上げてもいい?」
「それは構わないが、皆さんにあまり迷惑を掛けないようにな」
「はーい!」
ユリアは私たちを客間へ案内した。
円を描くように座ると、どこか気まずい空気が流れる。
ユリアは静かに扉を閉め、私たちへ向き直った。
「みんな、寒かったでしょ? 少し温まっていってね」
そう言って微笑む。
「あまり長居しても困るだろう。手短に話そうか」
ルロンド隊長がそう言うと、ユリアは露骨に不満そうな顔をした。
「ちょっと、ルロンドったら、そんなに冷たくしないでよ!」
「そんなつもりはない」
「そもそも、私はルロンドに伝えたいことがあったの」
「なんだ?」
その瞬間だった。
ラトがすっと立ち上がり、ディーンの手を掴む。
「私たち、やっぱり隣の部屋で待ってるわ♪ さあ、ディーン行きましょ♪」
「なんで僕だけ引っ張るの!?」
「いいからいいから。世未ちゃんとジョーも行きましょ♪」
気付けば、私たちは隣のリビングへ移動していた。
(ユリア、ルロンドさんのこと『ルロンド』って呼んでた……)
いつの間に、あんなに仲良くなっていたんだろう。
そう思うと胸の奥が少しだけざわつく。
(何だろう、この気持ち……)
「世未、大丈夫? 何か顔色悪いよ?」
アディが心配そうに声を掛けてきた。
「う、うん……ちょっと考え事しちゃって」
「もしかして、隊長とユリアの様子が気になる?」
「うん……」
正直に頷くと、アディは少しだけ笑った。
「こっそり覗いてみるか?」
「えっ!? そ、そんな悪いよ……」
「アタイ的には、世未が塞ぎ込んでる方がよっぽど悪いと思うけどねぇ」
「うっ……じゃあ、少しだけ……」
私はアディと一緒に襖をほんの少しだけ開いた。
その先に見えた光景に、思わず息を呑む。
「ルロンド、私、あなたのことが本当に好きなの……」
ユリアは真っ直ぐルロンドを見つめていた。
「最初に会った時からずっと惹かれてた。旅をしている時も、そうじゃない時も、ずっとあなたのことが頭から離れなかったの」
そして――。
「私と付き合ってください」
客間に静寂が落ちる。
ルロンドは言葉を選ぶように黙っていた。
その沈黙に耐えきれなかったのか、ユリアは一歩前へ進み――。
そっと唇を重ねた。
(うそ……)
頭が真っ白になる。
(ユリアが……ルロンドさんに……キス……?)
思考が止まった。
何も考えられない。
「私、本気なんだから」
ユリアは震える声でそう言った。
ルロンドも明らかに驚いていた。
それでも静かに口を開く。
「……ユリアが本気なのは十分伝わった」
一度目を伏せる。
「ただ、本当に悪いが、付き合うことはできない」
ユリアの表情が揺れた。
それでも彼女は笑おうとしていた。
「……そう。すごく残念」
少しだけ俯く。
けれど次の瞬間には顔を上げていた。
「でも私、これくらいじゃ諦めないよ。何度だって伝え続けるし、想い続けるから。ルロンドが誰を好きでも!」
「待ってくれ……。俺が誰を想っているのか分かるのか? 俺は何も公言していないぞ」
ユリアは呆れたように肩を竦めた。
「そんなの、ずっと見てるんだから分かるに決まってるでしょ」
そして。
「……もう、世未ちゃんが気になるんでしょ?」
その言葉を聞いた瞬間、私は静かに襖を閉めた。
これ以上、聞いてはいけない気がした。
「アディ、ごめん……私、ちょっと外の空気を吸ってくる」
「ああ……わかった」
アディはそれ以上何も聞かなかった。
その優しさが今はありがたかった。
私は足早に玄関を抜け、そのまま外へ飛び出した。
夜空には無数の星が瞬いている。
冷たい風が頬を撫でた。
けれど、胸の奥の熱は少しも冷めてくれない。
(……私、聞いちゃいけないことを聞いた気がする)
覗き見なんてするべきじゃなかった。
ユリアの真剣な想いも。
キスをした瞬間も。
全部見てしまった。
(ユリアとルロンドさんがキスをしたのも、ショックだった)
胸の奥がざわざわする。
落ち着かない。
苦しい。
なのに、その理由が分からない。
(でも――)
頭の中に、さっき聞いた言葉が蘇る。
『もう、世未ちゃんが気になるんでしょ?』
(ルロンドさんが……私を?)
そんなはずない。
そう思うのに、否定しきれない自分がいる。
(いつからなんだろう……)
考えたところで答えなんて分かるはずがない。
もし、それが本当だったら――。
(私は、ルロンドさんにどう接したらいいんだろう……)
考えれば考えるほど分からなくなる。
複雑な感情が頭の中を駆け巡り、胸を締め付けていた。
その時だった。
家の扉が開く音が聞こえた。
「世未――!」
聞き慣れた声に振り返る。
「――ジョー……どうしたの?」
「それはこっちの台詞だろ」
ジョーは少し息を切らしながら近付いてきた。
「こんな寒い中、一人で飛び出してさ」
そう言う声は、少しだけ怒っているようにも聞こえる。
でも、それ以上に心配しているのが伝わってきた。
「ごめん……」
「みんなやユリアのおじさんには挨拶してきたから」
ジョーは私の顔を覗き込む。
「先に宿屋へ帰ろう」
私は小さく頷いた。
今は誰かと話せる気分ではなかった。
けれど、一人でいるのも辛かった。
ジョーは何も聞かなかった。
ただ私の歩幅に合わせて隣を歩いてくれる。
その沈黙が、少しだけ救いだった。
そうして私たちは、皆より先に宿へ戻った。
ジョーは何度か話しかけようとしてくれていたけれど、私は上手く言葉を返せなかった。
胸の中がぐちゃぐちゃで、自分でも何を考えているのか分からなかったからだ。
「……今日はもう休め」
最後にそう言われ、お互い部屋へ戻る。
私はベッドへ倒れ込むように横になった。
目を閉じる。
けれど、眠れない。
ユリアの告白。
震える声。
唇を重ねた瞬間。
そして――。
『もう、世未ちゃんが気になるんでしょ?』
何度も何度も、その言葉だけが頭の中で繰り返される。
気付けば夜が明けるまで、一度も眠ることができなかった。
♦♦♦
翌朝。
火の国へ出発する時間になると、ユリアと父親が見送りに来ていた。
「皆さん、ユリアが世話になりました。ありがとうございます」
父親は深々と頭を下げる。
「また土の国へ来ることがあれば、ぜひ寄って行ってください。いつでも歓迎しますので」
「こちらこそ世話になったな」
ルロンドも礼を返した。
そして私たちは土の国を後にし、火の国イグナへ向かうことになった。
土の国へ来たばかりの頃、この地は荒れ果てていた。
地面はひび割れ、作物も育たず、人々は苦しい生活を送っていた。
けれど今は違う。
ディーンの水の魔法によって大地には潤いが戻り始めている。
神殿は崩壊してしまったが、その復旧のために私たちも民も力を合わせて歩んできた。
火の国と土の国は協定を結び、新たな未来へ向かって進み始めている。
そんな景色を眺めながら歩いていると、隣へアディがやって来た。
「世未、昨日はごめん……アタイのせいで嫌な思いさせちまったな」
「ううん。アディは悪くないよ」
私は首を横に振った。
「……でも私、昨日の夜ほとんど眠れなくて」
苦笑いが漏れる。
「体調が優れないっていうより、心の方がずっと苦しいの。どうしてこんなに気になってるんだろう?」
アディは少し考えるように空を見上げた。
「……それだけ気になるならさ」
「え?」
「世未の中で、隊長の存在が大きくなってるってことなんじゃないかい?」
その言葉に、私は思わず立ち止まった。
「私が……?」
「アタイにはそう見えるよ」
私は反射的に否定しようとした。
「えっ!? 私、ルロンドさんのこと、そんな風に見たことなんて――」
だが、その言葉は最後まで続かなかった。
脳裏に浮かんだのは、昨夜見た柔らかな笑顔だった。
夕日に照らされた横顔。
優しく細められた瞳。
そして――胸が高鳴った、あの瞬間。
言葉が出ない。
否定しようとしているのに、心が追いついてくれない。
(私が……ルロンドさんのことを……?)
胸にそっと手を当てる。
鼓動は少しだけ早かった。
昨夜から続く胸のざわめきは、まだ消えていない。
ユリアの告白。
あのキス。
そして――。
『もう、世未ちゃんが気になるんでしょ?』
再び、その言葉が頭の中に響く。
(違う……違うはずなのに……)
そう思うのに、ルロンドのことを考えるたびに胸が落ち着かなくなる。
どうしてなのか、自分でも分からない。
ただ一つだけ分かることがあった。
今までと同じではいられないということ。
私は前を歩くルロンドの背中を見つめた。
仲間たちを導く、いつもと変わらない背中。
けれど今は、その姿が少しだけ違って見える。
胸の奥で生まれた感情の名前を、私はまだ知らない。
それでも――その想いは、確かに少しずつ形になり始めていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
世未の心にも少しずつ変化が生まれ始めました。
次回もぜひお楽しみください!




