第52話 まだ知らない気持ち
前回はルロンド隊長視点のお話でした。
今回は世未視点に戻り、少しずつ動き始める心の変化を描いています。
よろしければ最後までお楽しみください。
土の神殿での激しい戦いを経て、仲間たちは無事に任務を果たし、世未の命も救い出された。
その一件は土の国中に広まり、第5部隊は一躍注目の存在となった。
その功績を称え、土の国王が城でささやかな宴を開いてくれることになった。
そして今夜は、土の国へ帰ることになったユリアの旅立ちを祝う「お別れパーティ」でもあった。
「むぅー。でも私、納得いかないなぁ。まだまだ回復のサポート役としても、剣士としても役に立ちたかったなぁ」
「私もまだユリアと旅をしたかったな」
「世未ちゃん、ありがとう~」
ユリアはそう言うと、ぽろぽろと涙をこぼした。
いつも明るく元気な彼女が見せる涙に、世未は胸が締め付けられるような気持ちになる。
しばらくして涙を拭ったユリアは、何かを吹っ切ったように笑い、今度はルロンド隊長のもとへ向かっていった。
何やら真剣な表情で話し込み、ときおり身振りを交えながら何かをお願いしているようにも見える。
(なんだろう? ユリアとルロンド隊長、何を話しているんだろう……)
気にはなったが、割って入るのも違う気がした。
(あとで聞いてみようかな)
そう思いながら視線を外す。
ふと見渡せば、会場には色とりどりの料理や飲み物が並び、祝宴らしい賑わいに包まれていた。
戦いの日々を思えば、こうして皆で笑い合える時間があることが不思議なくらいだった。
(せっかくだし、何か食べようかな)
世未は大きなテーブルへ近づき、並べられた料理を眺める。
その中でも目を引いたのは、苺が添えられた華やかなスイーツだった。
ショートケーキをパフェのように盛り付けた一品で、見ているだけで心が弾む。
思わず手を伸ばした、その時だった。
別の手が同じスイーツへ伸びてきて、軽く触れ合う。
「あ、ごめんなさ――……ジョー?」
「ごめん。まさか同じ物を取ろうとするなんて思わなくて」
(ジョーも、私と同じ物を食べたかったのかな?)
「いいよ、ジョーが取って」
「んー?」
ジョーは少し考えるような顔をした後、そのスイーツを手に取った。
そして何を思ったのか、世未の前へ差し出す。
「食べたかったんだろ? じゃあ一口どうぞ」
そう言いながら、苺が乗った部分を綺麗に取り分けてくれた。
「ま、待って! なんか恥ずかしいよ! カップルみたい!」
「別にいいだろ?」
ジョーは悪びれた様子もなく笑っている。
その余裕そうな顔が余計に恥ずかしい。
「世未が先に食べてよ」
「わ、わかったよ……じゃあ、いただきます……」
恐る恐る口に運ぶ。
甘酸っぱい苺とクリームの甘さが口いっぱいに広がった。
「美味しい~~!」
「だろー?」
満足そうに笑ったジョーは、そのまま世未の持つフォークへ視線を向ける。
「じゃあ、そのフォーク俺がもらうから」
「えっ?」
一瞬、思考が止まる。
(それって……間接キスってこと?)
理解した瞬間、顔が熱くなった。
耳まで真っ赤になっている自覚がある。
(なんだろう……私、意識しすぎじゃない!?)
頭の中を様々な妄想が駆け巡る。
恥ずかしくてジョーの顔も見られない。
(もう無理……!)
軽くパニックになっていた、その時だった。
(……なのに、なんで今、ルロンド隊長の顔が浮かんだんだろう)
「世未、どうしたんだ?」
聞き慣れた低い声が届く。
「ルロンド隊長……」
「こっちへ来い」
「えっ!? ちょ、ルロンド隊長!? どこに──」
ルロンドは世未の手首を掴むと、人混みから離れるように歩き出した。
城の賑わいが少しずつ遠ざかっていく。
(急に腕を掴まれてびっくりしたけど……でも、不思議と怖くなかった)
「今度は何だ? 顔が真っ赤じゃないか」
「えっと、そのぉ……」
何かを察したのか、ルロンドはそれ以上追及せず、城のベランダへと向かう。
後ろからジョーの声が聞こえた気がしたが、やがて風に紛れて聞こえなくなった。
「何があったか知らないが、少し涼んでいったらどうだ?」
「は、はい……ありがとうございます」
夕暮れの風が頬を撫でる。
火照っていた顔が少しだけ落ち着いた。
ふと隣を見ると、ルロンドは遠くの景色を眺めていた。
視線の先には、ゆっくりと沈んでいく夕日がある。
その横顔はどこか物思いにふけっているように見えた。
(……あれ?)
世未は小さく首を傾げる。
「ルロンド隊長、もしかして……隊長こそ何かあったんですか?」
その言葉に、ルロンドは一瞬だけ目を見開いた。
「その……ユリアがな……」
(……まさか)
世未の胸が小さくざわつく。
先ほど見たユリアの表情が脳裏によぎった。
そして、その予感は的中する。
「あまりこういう事は言うべきではないと思うが……お前だから言っておく」
ルロンドは少し言葉を選ぶように間を置いた。
「その……ユリアに告白されたんだ」
「そう、だったんですか……」
世未は小さく頷いた。
やはり、という気持ちもあった。
今思い返してみれば、ユリアはルロンドの容姿を褒めたり、何かと積極的に話しかけたりしていた。
きっと前から特別な気持ちを抱いていたのだろう。
(そっか……ユリア、本気だったんだ)
胸の奥が少しだけ重くなる。
それがユリアへの同情なのか、それとも別の感情なのか、自分でもよく分からなかった。
「ただ、変な勘違いはするなよ?」
「はい?」
「俺はきちんと断ったからな。その……変な誤解を解いておきたくてだな」
「そうだったんですね……」
ルロンドは少し気まずそうに視線を逸らした。
普段なら堂々としている彼が、どこか落ち着かない様子を見せている。
その姿が妙に新鮮だった。
(何だか複雑……)
ルロンド隊長は、やっぱりモテる。
でも、振られたユリアの気持ちを考えると素直に喜ぶこともできない。
それなのに——。
(どうして私は、断ったって聞いて少し安心してるんだろう……)
その考えに気付きそうになり、慌てて別の話題を探した。
「ルロンド隊長は、気になってる人は居るんですか?」
聞いた瞬間、世未は少し後悔した。
(聞いちゃった……。聞くつもりじゃなかったのに)
ルロンドはしばらく黙っていた。
夕日が横顔を赤く染める。
そして、静かに口を開いた。
「……いる」
たった一言。
それだけだった。
なのに、その言葉は不思議なくらい重く響いた。
胸の奥で、小さな火が灯ったような感覚。
けれど、それが嬉しいのか悲しいのか、自分でも分からない。
ただ、なぜかその一言が頭から離れなかった。
「えぇ!?」
思わず声が裏返る。
(誰だろう!? もしかしてアディ? いや、でも違うかも……!)
頭の中で勝手な予想がぐるぐる回る。
だが、ルロンドのどこか沈んだような表情を見て、それ以上は聞けなかった。
「なんだ、その驚いた反応は」
ルロンドは呆れたように笑う。
「俺だって、そういう相手が居てもおかしくはないだろう?」
「た、確かに……ごめんなさい」
「謝らなくていい」
そう言った後、ルロンドは少しだけ言葉を切った。
そして、どこか迷うような表情を浮かべる。
「それと——」
「はい?」
「世未。俺のことは、隊長と呼ばないでほしい」
「……へ?」
世未の思考が止まった。
風の音だけが耳に届く。
今、何と言われた?
頭の中で何度も言葉を反芻する。
だが、答えは同じだった。
(隊長って呼ばないでほしい……?)
頭がまったく追いつかない。
しばらく固まっていた世未は、ふとルロンドの手元に視線を落とした。
そこで初めて気付く。
ワイングラスが握られていることに。
「ルロンドたい……じゃなくて、その……もしかして、お酒飲んでます?」
「ああ」
ルロンドは小さく笑った。
「こう見えて俺も成人だからな。たまにサージェと酒を飲み交わすのが楽しくてな」
言われてみれば、いつもより表情が柔らかい。
頬も少しだけ赤い気がする。
普段は隙を見せない彼が、今はどこか無防備だった。
「お前も一緒に飲めたらいいんだが……もう少し先か」
ぽつりと漏らされた言葉。
その声音は少しだけ寂しそうだった。
世未の胸が、どくんと高鳴る。
「そ、その時はお供します!」
思わず勢いよく返事をしてしまう。
するとルロンドは、一瞬目を丸くした後——。
ふっと笑った。
優しく。
柔らかく。
まるで夕日に溶けるような穏やかな笑顔だった。
(……ずるい)
世未は思わず目を逸らしそうになる。
(こんなに柔らかく笑う人だったんだ……)
知っているはずなのに、知らなかった顔。
その笑顔から目が離せない。
胸の奥が静かに熱を帯びていく。
気付けば世未は、その優しい表情の虜になっていた。
夕日が沈むまでのわずかな時間。
世未はただ、ルロンドの横顔を見つめ続けていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
世未の心にも、少しずつ変化が生まれ始めました。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。




