第51話 この胸のざわつきの正体は──
土の国王との謁見で、火の国との協定が正式に結ばれる。
子どもたちとの交流の中、ディーンが水の魔法で実を育てたことに感動した。
ルロンドは衝動的に世未を抱きしめ、その気持ちの正体に戸惑い始める。
城を出た瞬間、外の風が頬を撫でた。空は澄み渡り、穏やかな時間が流れている。
──だが、俺の心はざわついたままだ。静けさが、かえって胸の内の波を強く浮かび上がらせる。
「お姉ちゃん、この間はりんごありがとう!僕たちからのお礼、受け取ってほしい!」
子供たちの声が響き、俺はその声に引き戻された。
俺たちの人数分のりんごが差し出された。その瞬間、世未の顔が驚きに染まる。
「ううん、あなた達が食べていいのよ?」
彼女の声は優しさに溢れていた。しかし、子供たちは首を横に振る。
「お姉ちゃん、あのね、お兄ちゃんが水の魔法で木を育ててくれたんだ!
だから、もう大丈夫!」
彼らの指差す先には、たくさんのりんごが実った木々が広がっていた。
「本当だ……!」
世未の瞳が潤む。まるで奇跡を見たかのように、彼女は静かにその光景を見つめていた。
「ディーン、やるじゃない。見直した」
褒められたディーンは顔を赤くしながら、精一杯強がる。
「べ、別にこんなの余裕だもん!僕は天才だからね!」
「ふふっ、可愛いところあるんだから」
そんな微笑ましいやりとりを見ていると、不意にジョーが世未の顔を強引にこちらへ向かせた。
「うん、やっぱり可愛い。世未は俺のもの!」
唐突なその言葉に、世未は目を丸くした。
「ちょっと、ジョー……みんながいるのに……っ」
戸惑いながらも、完全には否定できていない。
笑顔の裏に、ほんの一瞬だけ影がよぎった気がした。
……それを、俺は見逃さなかった。
その様子に、ジョーは満足げな顔で彼女を抱き寄せる。
──俺には、その光景がどうにも引っかかって見えた。
あれが……彼女の望む“関係”なのか?
だが、どこか無理しているように感じたのは……気のせい、か?
いや、気のせいであってほしい。
そう思うのは、俺が──彼女のことを、特別に思っている証拠なのかもしれない。
……何なんだ、この感情は。
世未が笑っている。幸せそうで、何より……そう思うのに。
なのに、なぜこんなにも胸がざわつく?
あの笑顔のせいか? いや、ジョーの「俺のもの」という言葉か……?
無意識のうちに、俺はジョーを鋭く睨んでいた。
「お前たち、いつの間にそんな仲になったんだ?」
ジョーは俺を見て、ニヤリと笑う。
「隊長が見てない間ッスよ♪」
顎に手を添え、じっと思案する。
……ジョーのこの態度、前々から気になっていたが、どうも妙に確信めいている。
『俺のもの』
その言葉が脳裏にこびりついて離れない。
世未……お前、本当にそれでいいのか?
そして、なんで俺は、彼女を抱き締めてしまったんだ……?
世未がディーンとハグする事を認められなかったからか――?
……いや、それだけじゃない。
あのとき、俺が抱いた“理由”が、自分でもまだわかっていない。
しかし、俺は世未に嫌われるような事をしてしまったのか……?
我ながら何をしているんだ……。
♦♦♦
風がそよぎ、子供たちの笑い声が遠くに響く。
現実の音が、思考の渦に沈んでいた俺を静かに引き戻した。
──任務は、進めなければならない。
「俺たちのこれからの予定なんだが、いったん火の国へ戻り、サージェの研究結果を聞きに行こうと考えている。サージェ曰く、大事な話があるようだ……。特に、世未」
ルロンド隊長の声は落ち着いていたが、その視線は真っ直ぐ世未を捉えていた。
「は、はい!」
少し戸惑いながらも、世未はしっかりと頷く。
「お前の火の力と、異常な回復力について、何らかの結果が出たと聞いている。その話を聞きに行こう」
「……わかりました」
緊張した面持ちで、彼女は深く息を吸い込んだ。
「それと、ユリア。君とはここで解散だ」
「えぇ~!?なんで?」
ユリアが口をとがらせて抗議する。
「ユリアは学校生活もあるだろうし、国をまたいでの活動は厳しいと考えるからだ」
「うーん、確かに。時間の合間を縫って手伝うことしかできないけど……」
納得はしつつも、ユリアは視線をそらし、口元を少し膨らませた。
「短い間だったが、世話になったな」
ルロンド隊長が軽く頭を下げると、ユリアはふっと笑って肩をすくめる。
「もう、わかったわよー。ただし、土の国に関する事だったら何だって協力するから、声かけてよね?」
「ああ、そのときは頼む」
言葉の端に柔らかさがにじむ。ユリアも、満足げに笑みを浮かべた。
「私も、また会えるって信じてるから。次はもっと成長してるかもよ?」
明るく微笑むその姿に、俺も思わず頷いていた。
(……この胸の奥に宿った“理由”。
それが何かを知るには、もう少し時間がかかるのかもしれない)
あと少しだけ、この時間が続いてくれたなら……。
そう思うほど、別れの言葉は近づいているように感じた。
温かな仲間たちに囲まれ、世未は“帰ってきてよかった”と実感する。
ラトやジョーの言葉に戸惑いながらも、心の奥にぬくもりが芽生えていく。
ルロンドはまだ名もない想いに気づき始め、物語は次の局面へ──。




