第49話 「まだ帰るべきではない」
土の神殿で発生した大崩落――。
仲間たちは辛くも生還したものの、世未は瓦礫の下敷きとなり意識不明の重体となってしまう。
そして火の国の病院へ搬送された世未を、仲間たちは不安な想いで見守っていた。
一方その頃、病室で眠る世未の意識は、深い深い闇の中にいた。
——ここはどこ……? 私、どうしてこんな所にいるの?
真っ白な霧の向こうには何もなくて、吸い込まれそうな虚無感に襲われる。
(誰か……助けて……)
心細くなったその瞬間、ジョーの声が微かに響いた。
周囲は真っ白な霧に包まれ、光も影もない空間。
そこで、黒いフードの人物が一人、静かに立っていた。
「お前は、まだ帰るべきではない」
「えっ……?」
「このまま戻っても、また傷つくだけだ。……それでも戻りたいか?」
(戻らなきゃ……私には……帰らなきゃいけない場所がある……)
その時——
「……世未……」
どこからか、ジョーの声が聞こえた。
その声に、霧が少しずつ晴れていく。
「……私、帰らなきゃ……!!」
世未がその声に手を伸ばした瞬間、夢の空間が砕けるように消えていった——
♦♦♦
翌日、体全体を検査するということで、俺はその付き添いに向かうため、看護師について行く。
俺は医療に詳しくないので、細かいところまでは分からないが、世未から絶対に離れてはいけない気がしていた。
突然、ナースコールが鳴り響いた。
検査の途中で、世未の心拍数が一気に上がったのだ。
「先生!バイタルに異常が!」
「AEDと酸素の準備を急いで!」
医師たちが慌ただしく世未のもとへ駆け寄る。
世未の体が小刻みに震え、呼吸も不規則になるのが分かった。
ジョーはすぐに駆けつけたが、世未の顔は苦しげに歪んでいた。
「……世未……!」
ジョーは何もできず、ただ手を握る。
「……頼む……戻ってきてくれ……!」
その時、僅かに、世未のまぶたがぴくりと動いた。
ナースが慌てて叫ぶ。
「瞼が……反応ありです!」
ジョーの目に、涙が滲んだ。
(お願いだ……もう一度、俺たちの所に戻ってきてくれ……!)
♦♦♦
数日後、検査結果が出たのだが、どうやら医者によると、脳に異常があるようで、それを精密検査するのは土の国の病院では出来ないという。
そこで火の国の大きな病院へ移転することとなった。
お世話になった病院の人たちに挨拶を済ませ、火の国へ行く運びとなる。
土の国と火の国は、実は国が隣り同士のため、それほど時間がかかる距離でもなかった。
俺たちは無事に火の国へ輸送してもらい、手続きが完了する。
その日のうちに早速脳の精密検査が行われるようだった。
もちろん早いほうが良い、ということで俺はただひたすらに時間が過ぎて行くのだった。
世未の額に付いている赤い宝石は何だろう?
脳と関係しているんだろうか?
見れば見るほど引き込まれそうな、不思議な色合いの輝きだった。
まるで、ただの装飾ではないような──そんな気がしてならない。
謎は深まるばかりだが、医者を信じるしかない。
その時、俺は誰かに肩をポンと叩かれる。
「久しぶりですね、ジョー君」
「は!?サージェさん?こんな所で何してるんスか!?」
「うーん。これでもボクは医療関係者だから、ここに携わっているんですよ」
「そういえば、前に人体実験をやってましたよね?」
「そんなに大袈裟な物じゃないんだけどね。まぁ、前回脳の検査をしたでしょ? 今回も脳の精密検査で来てるって話を聞いたからね、飛んできたんですよ」
「なるほど……? そういえば、あのときの検査結果はもう出たんスか?」
「その話は、隊長たちが揃った時に話します。では、また追ってご報告しますね」
そう軽く告げると、サージェは背を向けて、静かにその場を立ち去った。
ますます検査の結果が気になるが、待つことしかできない悔しさがある。
せめて何か出来ないか考えた時に、俺は今までの世未の状態を日記に記録しておこうと考えついた。
そして火の国に来てから1週間後。
俺は世未の寝ているベッドの傍で、顔を横に向けてだらんとしていた。
その時、世未の指先がかすかに動いた気がした。
「……世未?」
俺が息を止めてじっと見つめていると、ゆっくりと世未のまぶたが持ち上がり、ぼんやりと俺の顔を映した。
世未が意識を取り戻した。
すかさずその手を握り声を掛ける。
「世未……! 気が付いたんだな……もう一生起きないんじゃないかと思ってた」
世未の瞳がゆっくりと俺を映し、瞬きをした。
「ジョー……私は何を……?……皆は無事なの?」
ジョーは涙をこらえて笑った。
「バカかよ……俺の心配はしないのか?」
「あ……ごめん」
「ジョーがずっと探してくれてたって、夢の中で聞こえてた気がする」
世未の言葉に、ジョーは驚いたように目を見開き、それから静かに微笑んだ。
「聞こえてたのか……よかった。俺の声、ちゃんと届いてたんだな」
2人は何事も無かったかのように、一緒に笑い合った。
「皆、なんとか元気だよ。良かった! 俺、報告するから、ちょっと待ってな」
ジョーはそう言うと、ナースコールを押して、今の状況を伝えた。
医者によると、とても早いスピードで、世未は意識を取り戻したそうだ。
しばらく体調をみて入院が続いていたのが、退院が決まった。
退院が決まった日の前日だった。
病室の扉がそっと開き、静かな足音が近づいてくる。
「……ルロンド隊長……?」
世未が声をかけると、ルロンド隊長は小さくうなずいた。
無言のまま、ベッドの傍に立ち、何かを取り出す。
「花……?」
「……病院にあったやつだ。特別なもんじゃないが……あったほうがいいと思ってな」
少しだけ照れたように視線を逸らすルロンド隊長を見て、
世未は小さく笑った。
「ありがとうございます。……それだけで、嬉しいです」
その言葉に、ルロンド隊長は黙って一度うなずき、窓の外に目をやった。
「……このまま帰ってもよかったが……いや、来たんだから渡しておくか」
ルロンドは一瞬だけ花を見つめ、世未の枕元にそっとそれを置いた。
「……今は、ゆっくり休め」
それだけを言い残し、彼は足音を残して病室を後にした。
──その花は、退院の日まで、ずっと枕元に咲いていた。
ルロンド隊長の話によると、土の神殿の復旧が完了したとの知らせがあった。
無事、モニタールームも仕上がったらしく、樹木へのアクセスが可能となったらしい。
♦♦♦
神殿の片隅、資材を整理していたルロンドのもとへ、一人の兵士が駆け寄る。
「世未さんが……目を覚ましたそうです」
その言葉にルロンドは手を止め、ゆっくりと空を見上げた。
「……そうか。目を覚ましたのか」
ルロンドは一瞬だけ空を見上げた。
その目には、ほんのわずかに安堵の光が宿る。
誰にも気づかれぬように、彼はそっと胸に手を当てた。
仲間たちが病室で歓喜の涙を流す中、
ルロンドはただ一人、遠くから静かに空を見上げていた。
――この感情を、誰かに伝えるつもりはなかった。ただそれで、十分だった。
(世未、よく戻ってきてくれたな……)
そして、何事もなかったかのように作業へ戻っていった。
それは穏やかな時間の始まりだった。……けれど、誰かの胸に芽生えた感情は、静かに揺れ始めていた。
約1年ぶりに投稿した「まほおし」続編を読んで下さり、ありがとうございました。
今回は大きな出来事の後だからこそ描きたかった、仲間たちの時間を書いてみました。
賑やかな戦闘シーンとは違った雰囲気を楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、また次回お会いしましょう。




