実験報告09 Q.E.D.
マキナは目の前の景色に自らの視野パーツの破損を疑ったが、どうやらそうではないようだ。もはや自立行動すらままならないほどに破壊されたマキナを心配そうに覗き込むその姿は、見間違えるはずもなくリスティだったのだから。
しかし先ほどまで一緒にいたリスティとは違い、その制服はマキナとお揃いの物ではなく、決別したはずの故郷の警備隊制服。何よりマキナの心が、目の前にいる相手をリスティだと認識していなかった。
「あなた……誰?」
「誰って……何を言ってるんですかマキナさん。さっき自分でもリスティ、って呼んでくれたじゃないですか」
「でも、なんでここに……」
「もちろん、マキナさんに会いにですよ」
会話をしてみても、普段のリスティと変わらない――ようで、少し違う。どこか会話がかみ合っていないというべきか、少なくとも口ぶりからして今まで共にいたリスティとは別人であることは確かだ。
そんなマキナの警戒をよそに、リスティに似た少女は痛ましげに、親しげにマキナの身体を労わっていく。
「ごめんなさい、こんな乱暴にするつもりはなかったんですけど」
「乱暴に……って、どういうこと?」
「そうですね……順番に説明します。ちょっと長くなりますけど」
そういいながら、リスティに似た少女は制服を引きちぎって自らの胸部を露出させた。ただし服の下に眠っていたのは生身の身体ではなく、機械の部品。傷口を無理やり機械化したかのような、無理やりな構成の機械群だった。
「銃で撃たれて死んだあと……故郷に保管されていたナノマシンを偶然浴びて。生き返ったんです、マキナさんに会うために」
「そんなの、ありえない……」
「ナノマシンもわたしもまだ生き延びたかったから、奇跡ってことです。他の死体にかけてもわたしみたいになりませんでしたし……」
ここに来てようやく、マキナは目の前のリスティに似た少女の正体に気づく。リスティの故郷で殺されていた、リスティの同型のクローンたち。マキナがあの国で見た時にはすでに死体だった、マキナが助けられなかったリスティたちのうち一人。
それがナノマシンによって機械化して蘇った。その上、他のナノマシンによって生まれた《人型機械》たちに指示を出す上位者として。ただそこから先の言葉に、マキナは信じられず問いかけた。
「……待って。じゃあ、あなたが世界に撒いたの? このナノマシンを」
「はい! マキナさんのためですよ!」
「わたしの……ため?」
「ええ、世界中の人たちが《機械》になってわたしの言うことを聞いてくれれば、もう人間は襲われません。世界は平和になって、マキナさんはもう戦わなくて済むんです!」
――この子はリスティじゃない。笑顔で狂気的な思想を語る目の前の少女に、マキナはそう判断した。確かに全ての人間たちがリスティの操り人形になれば、世界は平和になるだろう。人類を襲う《機械》からも身を守れるかもしれない。
ただそんな手段を取る人物は、マキナの知るリスティではない。そうしたマキナの気持ちをまったく察することはなく、リスティは――《リスティ》は、どこかから拾ってきた機械の腕を無理やりマキナの腕として装着する。
「うん、動きそうですね!」
「……違う」
「え、違いましたか? ごめんなさい、やっぱりこういうのはイユさんじゃないと――」
「そうじゃないわ。あなたは、リスティとは違うって言ってるの」
「――は?」
マキナのために守るべき人間を操り人形として。そのマキナ当人も、迎えに行くという名目で手足を引きちぎって。まるでリスティを守るために彼女の行動を支配しようとしていた、数日前までのマキナの行動にそっくりで。
ただの《機械》でしかない相手を、マキナはリスティなどと認めることは出来なかった。
「……なんでそんな酷いこと言うんですか? マキナさん、わたしがリスティじゃなかったらなんだって言うんです?」
「ただの《機械》よ。名前なんてない」
そう、マキナに突きつけられた《リスティ》は、先ほどまでの笑顔も忘れたかのように、あるいは時間が止まったかのように。いつでも表情をはっきりと表現していたリスティが決して見せたことのない、感情というものを全て失った能面のままピクリとも動かなくなった。
表情も身体もまったく動かすことのないまま、口だけが動いて《リスティ》は問いかけてくる。
「……なんでそんな酷いこと言うんですか? マキナさん、わたしがリスティじゃなかったらなんだって言うんです?」
「……」
「……なんでそんな酷いこと言うんですか? マキナさん、わたしがリスティじゃなかったらなんだって言うんです?」
「何度聞いても私の答えは同じよ。あなたはただの《機械》。リスティじゃないわ」
「……なんでそんな酷いこと言うんですか? マキナさん、わたしは、わたしは全部マキナさんのために。全部、全て、今までこれからずっと全部マキナさんのためにマキナさんのマキナさんのマキナさんマキナさんマキナさんマキナさんのマキナさんためマキナさああああああああああああ!」
発狂したように顔を掻きむしりだした《リスティ》が見たものは、顔面と指先の人肌スキンが破れて露出した機械部品。もはやリスティの身体など機械に貼り付けられた部品の一つでしかないと認識した《リスティ》は、狂ったように叫びだした。
そしてその狂気が、マキナに向けられるまでそう長くはかからなかった。
「あ、ああ、あマキナさんマキナさんマキナさんマキナさんマキナさん」
呼びかけの言葉とともに。《リスティ》から殴りつけられ、蹴りつけられてマキナは地面を転がされる。適当に設えられた片腕では抵抗もままならず、マキナに出来ることは呼びかけに答えないことだけだった。
そうして何度地面に叩きつけられたか分からなくなったころ、突如として攻撃が止んだ。ただマキナが顔を上げた瞬間、視界いっぱいに《リスティ》の貼りつけたような笑顔が飛び込んできて。
「わかりましたよマキナさん! どこか壊れてしまったんですね! わたしが直してあげますから!」
「……結構よ」
「直ったらまた会いましょう!」
その言葉とは裏腹に、《リスティ》の手に握られていたのは、刃の厚いナイフ。近距離ならば《機械》の装甲すら打ち破れるであろうその得物に、マキナは自らの運命を悟る。
口ぶりでは直すとは言っているものの、《リスティ》にマキナを直す手段があるとは思えない。もはや正常に判断することを放棄した《機械》を相手に、マキナに出来ることはただ睨みつけることだけだった。
しかし、そのナイフが振り下ろされることはなかった。天井にほど近いガラス窓が割られ、そこから何かが工場内部へと降り立ったからだ。
「マキナ……さん……?」
《リスティ》が驚愕にその動きを止める。何故なら降り立ったその姿は、まぎれもなくマキナのもう一つの姿である機械巨人だったからだ。
そして驚きに動きを止めていた《リスティ》の運命は決まっていた。即座に近づいてきた機械巨人に《人型機械》を呼ぼうとするもののすでに遅く、機械巨人の腕部から発生した光の刃に両断される。
コンクリートの地面に打ち付けられた《リスティ》は、赤い液体を垂れ流しながら横たわっていた。もはや助からない、一目でそれが分かるほどで、リスティの意識もすぐ途切れようとしていた。
そんな《リスティ》の視界に映っていたのは、割れたガラス窓を通して空からひらひらと舞い降りる白い物体――確か、《雪》と呼ぶのだと誰かが言っていた。見とれてしまいそうな純白の雪が《リスティ》に降りかかるものの、もうそれが冷たいのか熱いのか判断できる感覚は残っていなかった。
「マキナ……さん……」
今際の際に《リスティ》が思ったのは、恩人であり運命共同体。どこかにいるはずの彼女に向かって手を伸ばそうとするが、倒れた《リスティ》に伸ばせる手はもう存在することはなくて。
残っていた本体も機械仕掛けの足によって潰され、《リスティ》という名前の《機械》は跡形もなく消え失せた。それがこのナノマシンを世界に撒き散らしたモノの、あっけない最期だった。
ただ、最後の祈りだけは届いたのだろうか。《リスティ》を踏み潰したのは、紛れもなく彼女が呼んだモノの正体――機械巨人だった。
「――リスティ!」
ただしマキナには、その機械巨人の正体が一目でわかった。光刃を発生させている武器と、何よりも雰囲気で。手足がないことも忘れて駆け寄ろうとして、マキナはまたもや地面に叩きつけられて。
慌てて駆け寄ってきてくれた機械巨人の仮面を開くと、そこには予想通り、泣きそうにもかかわらず無理やり笑ったマキナの友達がいた。
「マキナさん……無事でよかったです……」
「ありがと、リスティ。でも、その身体は……」
「ナノマシンを防ぐ装甲も兼ねて、見た目だけマキナさんっぽくしただけです。それと……この格好なら、わたしの動きは止まりますから」
「分かってたのね、敵があなただって」
「……はい、なんとなく。でもその話はあとにしましょう、マキナさん。掴まっててください」
泣いている表情を見られたくないかのように、リスティは仮面を下ろしながらマキナを持ち上げる。そうして再び光の刃を展開すると、ゆっくりと歩きだした。
その先には、最期に《リスティ》が呼んだのであろう《人型機械》の生き残り。指示者である《リスティ》を失ったとはいえ、その数はまだ驚異的なものだった。そう、明らかに機械巨人の格好をしただけのリスティでは手に負えないのは確かなほどに。
ただしここまで来た飛行用の装備は片道用の物であり、どのみち《人型機械》を破壊せねば戻れない。そして《人型機械》を生みだしたのが自分だと知った以上、リスティに逃げる選択肢がないことは、マキナにはよく分かっていた。
「もうナノマシンの散布装置は破壊しました。あとは……あの人たちを殺せば、終わりです」
「ワクチンはどうしたの? まだなんとかなるかも……」
「ありませんでした。多分、《わたし》が捨てたんだと思います」
「……死なないでね、リスティ」
「はい。すぐに帰って、また三人で旅を続けましょう」
――そうして。その時をもって、世界から機械化した人間である《人型機械》たちは姿を消した。
リスティという人間とともに。
次話で最終回です




