その英雄たち、機械仕掛けにつき
最終回です
人間を機械化させる《雪》が収まってしばらく。その日、何の前触れもなく大地は裂けていった。
自分たちが今まで暮らしていた大地が裂け、巨大な地下空間に落ちていく、そんな世界の終わりを思わせる日に。人間たちはただ、喜んでいた。
大地が裂けていった地域には図ったように人は住んでおらず、裂け目からは滅んだはずの植物が芽を覗かせたからだ。そそり立つその姿には実がなっており、人間たちはようやく、旧文明の遺産以外の食料を見つけたのである。
そうして何も知らず滅びを回避した人間たちを、二体の機械が辛うじて建ったままのビルの屋上から満足げに眺めていた。
「……とりあえず、大丈夫そうですね」
「うん。苦労したかいがあったってものね」
自分たちの活動の成果を見届けた二体は、ひとまず安心しながら屋上を去っていく。出口に続く長い階段を息も切らすこともなく――機械なのだから当然だが――下りていく女性型の《機械》たち。
ただそのうち一体は、まだ自分の身体に慣れないかのように、おっかなびっくり階段を下りていた。
「まだ慣れない?」
「……はい。やはり勝手が違うというか、何というか。感覚がないというのは、寂しいですね」
「…………」
「でもわたし、後悔してません。もうずっと、マキナさんと一緒なんですから」
「リスティ……ほら、手」
「ありがとうございます!」
二体の機械――リスティとマキナ。手を取り合って歩いていくその手は、偽装はしているもののどちらも機械仕掛けであり、何も感じることはない。ただ、手をつなぎ合った二人は、どちらも笑顔そのもので。
「結構、経ちましたね。あれから」
一つのことをやりとげたからか、リスティはふと、自らの身体を機械化することとなった日のことを思い出す。もう一人の自分のとった責任をとって、《人型機械》たちを残らず破壊したリスティだったが、もう肉体に限界が来ていた。
ナノマシンに冒された身体は機械化していき、リスティもまた正気を失い――次に見たものは、かつて出会ったドクターの姿だった。ベッドには横たわったマキナの姿もあり、混乱するリスティにドクターは笑いかけた。
『私は頼まれただけだ。あんたの仲間にな』
リスティでもマキナでもない人物など一人しかいない――イユはリスティが完全に機械化する前にリスティとマキナをあえて破壊し、その残骸を恩師と再会するために《機械》が人間を襲わないようにする研究を続けるドクターに預けていったらしい。
『あなたの恩師を人間に戻すとき、ついでにこの二人もお願いします』
……などと言いながら、ドクターの研究が終わるまで彼女の研究所を守っていたというのだから、非常にイユらしいというか、とリスティは心中で笑う。心中に留めておくのは、現実の彼に言えば何倍もの皮肉が間違いなく返ってくるからだ。
そうしてドクターやイユのおかげで、リスティは機械の身体を得てどうにか生きている。もう生身のリスティとしての部分はほとんどない以上、正確にはリスティという人間の記憶を持った機械なのだろうが、何十人とクローンがいたリスティからすれば今更だ。
リスティのことをリスティと呼んでくれる人がいるのなら、どんな存在だろうとリスティはリスティだと、すでに結論は出ているのだから。
……そしてリスティだと認めてくれる相手を欲したのが、ナノマシンを解き放ったリスティなのだろう。自分のことを誰も認めてくれずに崩壊してしまった哀れな自分を思い、リスティはマキナと繋いだ手に少し力を込める。やはり感覚はない。
それでも手を繋ぎ合った相手は、リスティをリスティたらしめてくれる存在だ。そんな彼女に支えられながらも、リスティはようやく階段を下りきった。
「はい到着~。よくがんばりました!」
「……別にそんな大したことはしてませんから」
「誉め言葉は素直に受け取っておくものよ? さて、留守番の方は出来てるかしら?」
そうして人を襲わない機械となったリスティたちが始めたことは、もちろん見知らぬ誰かを助けることだった。地下から大地を裂きながら現れる植物を、人間が滅びない程度に伐採したり、植える場所を変えたり。どうしても崩れる場所から人間たちを逃がしたり、逆に《機械》をそこに誘きよせたり。
そのかいあって人間は滅びずに新たな恵みを手に入れることが出来たと、リスティはやや満足げに《大型四輪》へと戻ってきた。
「ただいま戻りました、イユさん」
『おかえりなさい。どうやらその様子ですと、うまくいったようですね』
「はい! おかげさまで」
『ではこれから、植物という新たな資源を求めて人間が争いを始め、地下世界で眠っていた《機械》たちが解放されるのですね』
「……一言も二言も多いわよ」
ビルの手前に停めてあった《大型四輪》の中に入ると、もはや聞いていて安心するほどの相変わらずな物言いのイユに出迎えられる。さっそく車体をつつき始めるマキナを苦笑しながらも、リスティは内心でその発言に頷いていた。
これで何もかもハッピーエンドなどと、そんなことはありえない。むしろリスティたちが世界を少しでも変えたことで、もっと悲劇的な未来が起きるかもしれない。それこそイユは、あり得る現実を語っているに過ぎないのだから。
しかし、だからこそ。
「そうしないために、わたしたちは旅に出るんですから」
「そういうこと。よろしくね、サポートAIさん?」
『……了解していますよ、とっくにね』
世界をちょっとだけ変えた者の責任として、困った人を助けようと。結局リスティは、そんな結論に戻ってきてしまった。故郷を追われようが身体が機械になろうが、リスティという人物の目的は一切変わらなかったのだから、もう他の生き方など出来ないだろう。
そうリスティは自嘲しながらも、今はそれを手伝ってくれる友達もいる。
『では、出発します』
「はい、お願いします!」
「ね、リスティ……ありがとね」
「……なんですかマキナさん、いきなり」
「ううん、そんな気分だっただけ。なんにもなかった私に、生きる意味をくれた最高の友達にね」
「どんな気分ですか……でも、わたしも。ありがとうございました。マキナさん」
そうして緩やかに《大型四輪》は出発していく。進む先に何があるかは分からないが、きっと大丈夫――だなんて楽天的なことは言えない。だから、進める限り進んでいこう。
「どんな気分?」
「そんな気分です」
機械仕掛けの英雄とともに。
第二部というか、本編完結です。本来なら第一部で完結する予定だったこの作品の第二部を書けたのは、読んでくださった方のおかげでした。
改めて、本当にありがとうございました。




