実験報告07 友達
マキナ視点
「イユ……」
『どうしましたか?』
「あんたはどう思う?」
『質問の意味がよく分かりません』
「リスティが機械の身体に憧れてること」
地下での研究所での一件の後しばし。勢いで飛び出したマキナは、呆然と《大型四輪》の中で座り込んでいた。
あんな風に言うつもりはなかった。ただリスティに機械の身体なんかになって欲しくない、マキナはその一心だったにもかかわらず。どうしてかケンカ腰になってしまったと後悔を心中に抱えながら、気を紛らわせようとイユに会話を振った。
『別にどうでも。僕はリスティの身体が何で出来ていようが特に興味ありません』
「……あんたはそうよね。聞いた私が馬鹿だったわ」
『むしろあなたがどうしてここまで気にするか分かりかねます』
ただこの車両に積まれているサポートAIとやらは、そんな気晴らしの世間話に向いている相手でないことをマキナは失念していた。話した結果として、ため息の数が一つ増える。
それとともに、あなたは弱くなってしまったなどと、先日イユに言われてしまったことを思い出す。人間だとか機械だとか、そんな細かいことを以前は考えていなかった。それを弱くなってしまったというなら、現にこうして動くことも出来なくなっている以上そうなのだろう。
「気にする理由なんて、やっぱり嫉妬よね」
『またそれですか』
「んー……結局それなのよね。私が絶対に手に入らないものを、リスティは誰かのために捨てようとしてる。それがイラつくのね……あんたは?」
そうして弱くなった理由も、こうして苛立ちを覚えている理由も、結局はマキナに目覚めたその感情に行き着く。見知らぬ誰かを助けるために、なんてそんな理解できない理由で、マキナが欲してやまない人間の身体をリスティは捨てようとしているのだ。
これが苛立たないでいられるのかと。そしてふと、この長い付き合いになるサポートAIとやらはどうなのかと気になった。マキナと違って身体もなく、ただマキナのサポートをするだけで満足なのかと、今まで気にすることもなかったことを。
『先ほども言った通り、僕は別に何も』
「じゃなくて。あんたはうらやましくないの? 身体とかさ」
『そちらも別に。僕は僕です』
「……嫉妬しちゃう対象が一人増えそう。あんたはどうしてそうなの?」
『何を言っているんですか? 僕を僕にしたのは、あなただというのに』
「え?」
『自分の名前を決めた日、記録に残していますか?』
迷いなく自分は自分だと言ってのけるイユに、ますますマキナは肩を落とす。どうして同じ《機械》だというのにこうも違うのかとマキナが思っていると、むしろイユから不思議そうに答えが返ってくる。
イユが言う、自分たちの名前を決めた日。一応、マキナの保存している記録には残っている。リスティと出会うずっと前、何も考えずに人間を助けていた頃。基本的には助けたその場で別れるか、マキナの正体を知って拒絶するかの二択だった。
ただ一度だけ、少女を親元に戻すために旅をしたことがあった。少女と言ってもほとんど子供で、状況が分かっているのかいないのか、まるで旅行に出かけているかのような気軽さで。旅の始まりの日、無邪気にマキナへ問いかけた。
『おねーさんとくるまさんの名前はなあに?』
名前なんてなかった。ただ少女と数日とはいえ一緒に暮らすのに、名前もないのは不便だと、『マキナ』も『イユ』もその場で適当に名乗ったものだ。もはや由来すら記録されていない、本当に適当なもので。
『マキナと、イユ!』
それからしばらくして少女とは別れ、ただ適当に決めた名前だけが残った。しかしそれは、ある《機械》の自我を確立していたらしい。
『あの時から、僕はイユという存在なんです。僕は僕だと、イユを名乗っている限り』
「イユ……」
『……リスティに影響されたか、少し喋りすぎましたね。忘れてください』
「なーに恥ずかしがっちゃってんの。せっかくだからもっと話しなさいって。この!」
『やめてください。やめてください』
皮肉なしに自分のことをしゃべったあげく、それが気恥ずかしくなって黙り込むとは。イユもまたリスティとの会話で変わっているのだと実感しながらも、マキナは面白がってイユの本体とも言える装置をつつく。まさか効くとは思っていなかったが、思っていたよりは効いたようだ。
長い付き合いになる相手の初めてみる姿に、すっかり面白くなってしまったマキナが追撃をつつく前に、観念したようにやけくそ気味な返答が車内に響いた。
『ですから僕は、相手がどんな身体だろうと自意識があるなら関係ありません。僕はあなたと……リスティと一緒にいれれば、それだけでいいんです』
「普段からそれぐらい可愛げがあれば考えてあげるわよ」
『今、可愛げが求められているのはあなたの方では?』
「……どういう意味よ」
『あなたはリスティを心配するあまり、彼女を支配しようとしているのでは、という意味です』
ついに聞かされたイユの本音――三人で一緒にいれればそれでいい、というのは、マキナもまったく同じ考えだ。しかしリスティは恐らくそうではない。
リスティは、誰かを助けていないと生きていけない。自分だけが幸せになることを許せず、ひたむきに誰かを救おうとする。それはマキナも嫉妬を覚えるほどに美しい心だと思うが、だからといってそのために、リスティまで何も感じない機械の身体になって欲しくはない。
だがそれを、イユはリスティを支配しようとしているのだという。
『リスティが機械の身体に憧れているのは彼女の勝手です。あなたにどうこう言う権利はありません』
「でも……ううん。そうね、その通り」
そんなことはないと否定しようとしても、マキナはまったく二の句を継ぐことは出来ず、結局は認めてしまう。リスティを守るという名目で、マキナはリスティをここに閉じ込めようとしているのだ。
マキナがそのことを自認した瞬間、《大型四輪》の後部扉が開かれた。もちろん、そんなことをする人間は一人しかいない。
「リスティ……」
『あとは当人どうしでどうぞ……おや、僕としたことが、通信回線を開きっぱなしにしてしまいました』
「は!?」
『ですが別に、今までの僕とマキナの会話がリスティにも聞こえていただけです、問題ないでしょう。では失礼』
「あいつ……えっと、リスティ、その」
「――ごめんなさいっ!」
あまりにもタイミングのいいリスティの登場にマキナが呆然とした後、理由を察してイユの方を見れば、白々しい言葉を一方的に吐いた後は口を利かなくなる。さっきのお返しのつもりか、サポートAIの可愛げはもうなくなってしまったようだ。
そうして今までのやり取りも全て筒抜けだったと思うと、途端に気恥ずかしくなったマキナは、研究所でのことも含めて何をしゃべろうか迷っていると。マキナが何か行動を起こす前に、先にリスティが頭を下げた。
「わたし、マキナさんの気持ちも考えずに、機械の身体に憧れてるなんて……」
「リ、リスティは何も悪くないわよ! 私が悪いの、リスティが機械の身体に憧れるのは、リスティの自由だものね」
「それなんですけど、ちょっと考えてみたんです。なんでわたしが、機械の身体に憧れてるか」
お互いに頭を下げあって、お互いに笑いあって。マキナがソファーに座り込みながら手招きすると、リスティは遠慮がちにソファーの端に座る。先ほどまでのことが嘘のように和やかな雰囲気の中、リスティはゆっくりと語りだした。
「人を助けられるから、って理由はもちろんあります。それ以上に、マキナさんと一緒になりたかったんです」
「私と一緒に?」
「はい。機械の身体になればマキナさんと対等の関係に……友達になれるんじゃないか、って」
「へ?」
そうしてリスティから放たれた言葉は、マキナにとっては予想だにしていないものだった。思いもよらない言葉、と言い換えてもいい。
友達。その言葉の意味は分かっているつもりだが、改めて問いかけられると、意味が分からず目を白黒とさせてしまう。そんなマキナの様子に気づいたのか、リスティが慌てて補足しだす。
「えと、要するに、ですね。守ったり、守られたり、ケンカしたり……そんな関係でいたいんです」
「……今までと変わらなくない?」
「違いますよ! マキナさん、弱音とか困ってることとか、イユさんにばかりでわたしには全然話してくれないじゃないですか!」
「それはそのぉ……おねーさんとしてさ」
「必要ないです。わたしだって長女でしたから……一応」
会話の途中でリスティが不機嫌そうに少し頬を膨らませる。恐らくリスティ本人ですら気づいていないほどに。
マキナが機械の身体に憧れを抱くリスティを不満に思っていたように、リスティもまた、弱音を見せまいとするマキナに不満を持っていた。その不満をお互いにぶつけあって、にもかかわらず笑いあって――きっとこれが、友達だということなのだろうとマキナは理解する。
「じゃあ、おねーさん改め友達! 友達ね!」
『姉として何かやっていたとも思えませんが』
「外野、うるさい。これからもよろしくね、友達としてもね」
「はい!」
そう言ってマキナは、リスティの残った手と手で繋がり合う。マキナの機械仕掛けの手のひらでは、それが柔らかいことしか分からないけれど、不思議と温かさを感じた。リスティと触れ合った時のみに感じる、原因不明の温かさ。
それが心の温かさだとマキナが気づけたのは、つい最近のことだった。この機械の身体のどこにあるかもわからない、装備した覚えもないパーツ。
「それじゃ改めて友達になった記念に、ケンカしましょ? 記念すべき最初のケンカ」
「え……?」
「殴り合いするわけじゃないんだから、そんな警戒しないの。内容はドクターの研究について」
「あ……」
ともかく、リスティも忘れていたようにつぶやいたが、話は変わってというか元に戻って。
ケンカと聞いて勇ましくも片手でファイティングポーズをとって立ち上がるリスティを落ち着かせながら、二人でゆっくりと座ってケンカを始める。
「協力はしてあげたいけど、私は早くリスティにナノマシンのワクチンを届けたいわ」
「《機械》が人を襲わなくなるなら、一番いいことです。わたしが協力できるのは今だけですし……」
「うん、わかってた。だからはい、これ」
現時点では人間を襲わない《機械》に近い二人を解析することで、大切な人を助けるとともに《機械》が人間を襲わないようにする。ドクターの研究はこの世界を救うかもしれない者は確かだが、ナノマシンに侵されたリスティにあまり時間が残されてはいない。
しかしそんな時でも、いや、そんな時だからこそ、リスティは自身のことを後回しにしてでも協力したいと言うだろう。そんなことはマキナも分かっていて、決して折れないであろうことも分かっていた。
だからこそ、マキナはすでに折衷案を用意していた。
「これは?」
「私とリスティのデータが入った。あの子なら解析も出来るはずよ」
「マキナさん……」
「代わりに、渡したらすぐに出発すること! いいわね?」
「はい! ……マキナさんは行かないんですか?」
「私はほら……さっき酷いこと言っちゃったから行きづらくて。代わりに謝っといて!」
「わかりました。ちょっと待っててくださいね」
リスティに渡した記録端末は、普段からイユがマキナのメンテナンスとバックアップに使っている物のコピーだ。ナノマシンに侵されてからはリスティのデータも保存してあり、恐らくドクターの眼鏡にかなうものであるだろう。データの解析に時間がかかるかもしれないが、ドクターとあれほどの研究所ならば問題はないはずだ。
まるで宝物でも託されたかのように、大事に握りしめて走り去っていくリスティの後姿を見て、マキナは作り笑いではなく微笑んで。
『酷いことを言ったから行きづらい、ですか』
「……なによ」
『いえ。友達とケンカして悲しんで仲直りして、人とのことで悩んでいるあなたは、よっぽど人間のように見えますよ』
「……悪くないわよ。悪いことも多いけどね」
「そういえばあんた、今日はずいぶんとよく喋ったわね。珍しい」
『最近喋っていませんでしたからね』
「……何の話?」
『こちらの話です』




