実験報告06 憧れ、羨望、そして
「イユさん、誘導をお願いできますか?」
『敵までの誘導ならば可能です』
「お願いします!」
植物で覆われた迷宮を、リスティはイユのナビゲートを頼りにひた走っていた。かつては荷物を搬入する通路だったのだろうか、広い道が何本も何処かへ繋がっている。
ただその道も崩落してばかりであり、足元もかつてはあったのだろう地面だけでなく、茶色い植物に覆われている。老朽化もあいまって植物に破壊された地面は、皮肉にも植物によって支えられているようだ。
「ふぅ……」
『《機械》の反応、近くに』
「……はい!」
足場も悪く、ドクターが後付けしたのであろう明かりも、奥深くまで来てしまったために心もとない。おおよそ戦うのには向いていないシチュエーションだが、今のリスティの仕事はマキナが来るまで持ちこたえることだ。
植物が荒らされる前にと先行したが、別にリスティが《機械》を倒す必要はないのだと、そうリスティは肝に銘じながら。ひとまず敵の姿を確認しようと、近くに落ちていた瓦礫へと身を隠した。
そうしてイユのナビゲート通りに《機械》の足音が近づいてきて、薄明かりの下にその正体を晒した。外見はマキナやかつて会ったカツのような、変わったところのない巨人型の《機械》。ただ明らかに異なる点は、その動力部と継ぎ接ぎだらけの装甲。
機械に疎いリスティにも分かる、その異様な数の動力源。明らかに規格外のものまで外付けされているのが分かり、継ぎ接ぎの装甲も含めて他の《機械》から奪い取ったものなのだろうか
「っつ……」
ただその争いからか、巨人の眼パーツは手ひどく抉れていて機能を果たしていないようだ。気づかれていない今ならば、背後に回って先制で倒すことが出来るかもしれない――という思いがリスティに去来する。ただ眼が機能していないらしい、というのは機械に関しては門外漢のリスティの見立てであり、おとなしくマキナが到着するまで時間稼ぎに徹するべきか。
様々な考えがリスティの脳内を駆け巡るが、瓦礫の中で隠れたまま巨人を通してしまうのが最悪だ。先制攻撃をするなり時間稼ぎに徹するなり、なんにせよリスティが動かねば話にならない。まずポケットから《機械柄》を取り出し、小さく光刃を発生させ光源とすると。
その瞬間、巨人はリスティの存在に気付いた。
「え――」
『ヒ――ヒ、カ……』
音か、動作か、それとも眼は壊れていなかったのか。方法は分からないが、巨人は意図不明の言葉を叫びながらリスティに迫ってきた。もはや先制攻撃は望めないと、瓦礫から脱して研究所とは逆方向へ逃げたリスティだったが、すでに眼前には巨人が立ちはだかっていた。
早い――リスティがそう思考するのと、巨人が殴りかかってきたのは同時だった。その早すぎる剛腕を相手に、リスティになす術はなく。
『ヒ、カ、ア――チガ――』
「あ、れ……?」
衝撃を覚悟して反射的に目をつぶってしまうリスティだったが、数秒後には何も起こらなかった。むしろ巨人はすでに別方向を向いており、リスティなど眼中にないようで。先ほど放たれた剛腕は、外したのだろうか、当たらなかったのだろうか。
なんにせよ、リスティはその巨人を見逃すわけにはいかない。もはや時間稼ぎなど出来る相手ではなく、背後から光刃を振りかぶった――振りかぶろうとした。
何故ならリスティの《機械柄》を握っていた右腕は、もうリスティの身体に存在しなかったからだ
「あ――」
中ほどから消えた右腕。瓦礫に混じって地面に転がる《機械柄》を握る機械の拳。ようやくリスティは悟る。
先ほどの巨人の攻撃は外れたのではなく、完全に機械化して感覚のなくなった右腕を殴り飛ばしたのだと。
「――あ、あああああああああ!」
片腕がない。そしてそれ以上に、なくなった片腕について何の感覚もない。それらがリスティを絶叫へと導いた。ただそんな叫びなど何の意味もなさず、巨人がリスティへと振り向いた。まるで初めてそこにいることに気づいたかのように、ゆっくりと腕を振り上げた。
「リスティ!」
まさに間一髪というべきか、リスティと巨人の間に機械仕掛けの槍が割って入る。飛んでいく槍を抉れた眼で追う巨人を相手に、新たに現れた巨人――マキナの殴打が炸裂した。
「ごめん、遅くなった!」
「マキナさん……」
「あとは任せて!」
ただしその一撃は、リスティの前から巨人を吹き飛ばしはしたものの、大したダメージにはなっておらず。ゆっくりとマキナを潰れた瞳で見据える巨人を前に、マキナはすぐさまリスティの前に出て臨戦態勢を取る。
巨人と巨人。リスティを救うためにマキナは得物を失ったために、お互いに拳同士でのぶつかり合いが始まった。
だが目に見えて押されているのはマキナ。出力の差からくる力の差はどうしようもなく、じわじわと勢いを失っていく。他の手段を取ろうにも、一度組み付かれてしまった以上、離脱は難しいだろう。
このままでは――と、右手を失ったことなど気にしていられず、リスティは走り出した。素早く打ち捨てられた《機械柄》を、握ったままの右手の残骸を外しながら拾って巨人に向ける。ただ、継ぎ接ぎだらけといえど巨人の装甲は厚く、片腕を失ったリスティでは致命の一撃は加えられない。
「マキナさん! 一瞬、隙を作ります!」
「……オッケー!」
ただ、隙を作ることは出来ると。先ほどから巨人が発するうめき声、そして抉れた瞳で見据えるもの、リスティが見つかった理由。それらから答えを導き出し、光刃の出力を最大にしてスイッチを押す。
ただし技術的な問題として、リスティの使う《機械柄》では最大出力のエネルギーを刃として固定することは適わない。もはや失われた技術をだましだまし使っているにすぎないからだ。
だがそれでいい。結果として対処できないほどのエネルギーはただの光として出力され、太陽光すら届かない地下道に一瞬だけ光が差した。
『ヒ、カ……リ――』
巨人が求めていたものは、この地下道では決して得ることの出来ない、抉れた瞳で感知できるほどの圧倒的な光。感知できる小さな光を頼りにここまで来たのだろう。
ずっと求めてきた圧倒的な光を前にした巨人は、もう動くことはなかった。閃光とともにワイヤーで機械槍を回収していたマキナが、躊躇なくその胸部を突き刺したからだ。倒れてなおリスティに――いや、光に手を伸ばす巨人を、マキナが踏みつけ念入りにもう一刺しして動作を停止する。
同じ《機械》から装甲や動力を奪ってなお光を求めた巨人の、あっけない最期だった。
「ありがと、リスティ。助かっ――その腕!」
「……はい。やられてしまって。でも機械化した方でよかったです」
「よくないわよ! これじゃもう……」
「もう、わたしの腕は戻らないんでしょうね」
巨人の完全な沈黙を確認して、マキナも一息つきながら仮面を上げると、初めてリスティの右腕が砕け散っていることに気づいたようだ。血相を変えるマキナとは対照的に、何故かリスティはどこか他人事のように落ち着いていた。
「でも、人間の腕のままだったら死んでたかもしれませんから」
「そう……だね……ごめん、間に合わなくて」
「マキナさんのせいじゃありません。わたしが勝手に飛び出して、勝手に怪我したんです」
……いや、どこか落ち着いていられる理由はリスティ自身には分かっていた。ただその理由はマキナを怒らせるもので、片腕を失ったのはマキナのせいではないと前置きしつつ、覚悟を決めてその言葉を言い放った。
「こんな怪我しても修理すれば済むんですから……やはりわたしは、機械の身体に憧れています」
「……リスティ! そんなこと言わないの!」
「ですが人間の身体ではわたしは死んでいました! 誰かを助けるためなら、わたしは……」
かつては機械について忌避する故郷の価値観で固まっていて、なおかつそこに帰るために戦っていたが故に、機械化など考えもしなかった。考えた時も《戦乙女》のような機械化したが故の悲劇を見たために堪えてきた。
だが故郷を捨て、この世界で人を助けて生きるのに人間の身体では限界がある。そして《機械》だろうと人間の心を持てるのは、他ならないマキナとの交流で知ったことだ。機械化すれば、そのマキナと一緒に戦うことも出来る。マキナの役に立つことも出来る。
そんなリスティの気持ちが伝わるはずもなく、マキナは聞く耳持たず否定する。そのまま一触即発の雰囲気が続く――さらに反論しようとしたマキナの背後から物音が聞こえるまでは。
「……誰!?」
「あ……すまない。盗み聞きするつもりはなかったんだ」
「ドクター……」
心配してきてくれたのか、小型ライトを持ったドクターがそこにはいた。リスティたちはイユのナビゲートでたどり着いた場所だが、ここに住んでいる彼女には庭のようなものなのだろう。
ただしその庭にいた二人の《機械》には驚いたようだったが。
「その……《機械》だったのか、気づかなかったよ……私を殺すのか?」
「《機械》じゃありませんし、殺しもしません! その、聞いてくれますか?」
「あ、ああ……」
そうしてリスティは、足が震えて動けないようでいるドクターに、落ち着かせるようにしながら簡単に事のあらましを説明していく。マキナもリスティも人を襲うようなことはしないこと、ナノマシンによって侵されながらもどうにか抵抗していること――それらの説明を聞くと、むしろドクターは興奮したように食いついた。
「じゃあ君たちは、人を襲わない《機械》なんだな……!」
「はい。信じてもらえるかはわかりませんが……」
「リスティは人間よ、間違えないで」
「マキナさん……!」
「ああ、すまない。信じるよ、むしろ信じさせてくれ」
「それは、どういう……」
「頼む! 君たちの身体を調べさせてくれ! 頼む! 頼む……!」
そうして突如として地面に頭をこすりつけながら頼みだしたドクターから、今度はリスティたちが話を聞く番だった。
「天才は私じゃない。私はただ、憧れていただけで」
植物の迷宮から研究所に戻ってくるとともに、マキナも元の姿に換装し直してから、ドクターに連れられ研究所のさらに奥に進んでいく。その途中で、ドクターは大切な人の話をとつとつと語りだした。
「ここはその天才が作った研究所なんだ」
工場地下の研究所と進化した植物の観察所、ある程度は踏み込まれた植物の迷宮。あれらを作ったのがドクターの言う本物の天才であり、以前ドクターが口にした「私たち」の片割れなのだろう。
そうしてどこか自分のことのように誇らしげに語っていたドクターだったが、研究所の最奥に着くとともに表情が沈んで。下唇を噛みしめながら、厳重に保管していた一つの箱を開けた。
「だがナノマシンを浴びてしまった……私なんかを庇って」
「それじゃ……」
「ああ。これがその天才だ」
その箱に入っていたのは、皮が剥ぎとられて誰かの判別も出来ない機械の生首。そんな状態でもまだ生きているようで、定期的に奥歯を噛み鳴らしている。
「わたしたちを調べたいっていうのは、この人のためなんですね」
「……機械を無害にさせられれば、この人ともまた会える。まだ生きている……生きているんだ」
「ドクター……」
そう言いながらも、ドクターはその生首を机に置くと、ナノマシンによって自己再生を始めている箇所を、近くにあった金槌で砕き始めた。ナノマシンによってまだ生きて――いや、稼働してはいるが、これ以上再生されてしまえばドクターを襲いだしてしまう。
ドクターがリスティたちを調べたいのは、大切な人にまた会いたいからだと。だからいつか再会できるその日のために、その大切な人の残骸を打ち壊していく。
そんなドクターにリスティがいたたまれなくなっていると、振り向いた彼女はもう先ほどまでのドクターではなかった。自分を天才と呼んではばからない、どこか余裕を持った人物ではなく、泣きながら駄々をこねる少女でしかなく。
「だから……お願いします……わたしにお二人を調べさせてください……」
「砕くなら下顎も砕いた方がいいわよ。その奥歯を噛む音で《機械》を呼んでる……さっきの《機械》もそれでここに向かってたのね」
「え……? あ、ああ……教えてくれて、ありがとうございます……」
「意味、分かってる? その《機械》は、そんな状態になりながらもあんたを殺そうとしてるのよ」
「っ……」
「それが本当にあなたの大切な人? それはもう――」
「マキナさん!」
そんなドクターを、マキナは今まで見たことがないほどに冷ややかな視線で一瞥しつつ、たまらなく辛い現実を突き出していた。ドクターが本格的に泣き出してしまうまでそう時間はかからず、リスティは残った手でマキナの手を掴んで制止させるものの、マキナはリスティから視線を逸らすだけで。
「どうしたんですか、マキナさんらしくないです……」
「……ドクター、だっけ。申し出なら受けられないから。早くナノマシンのワクチンを手に入れなきゃいけないのに、こんなところで無駄な研究に付き合ってる暇はないの」
「そう……だよな。無理言って……ごめんなさい……」
「……ほら行くよ、リスティ」
「マキナさん待ってください!」
ドクターに謝るどころかリスティを見ようともせず、勝手に話を進めるマキナにリスティは怒りながらマキナに詰め寄るが、やはりマキナはリスティに視線を合わせてくれず。怒ったリスティは掴んでいた手を勢いよく放し、マキナの傍らからドクターの側へと場所を移す。
「わたしはドクターの研究に協力するつもりです。この身体が役に立つなら」
「……勝手にしなさい」
マキナはそう小さく呟くと、そのまま研究室から出ていってしまう。結局、最後までリスティとは視線を合わせることはなく。
残されたリスティには、先ほどまで感じていた怒りの感情よりも、とてつもない悲しみの感情が胸中に残る。今まで共に旅をしてきたにも関わらず、自分はマキナと口喧嘩も出来ない関係なのかと。
「わたしは、どうしたらあなたと並べますか……?」
ただ対等な関係でありたい。機械化に対する憧れも、結局はその思いに行きつく。リスティのそんな願いは、もう部屋から出ていったマキナに届くことはなかった。
イユは出番をためている




