実験報告05 希望と絶望と
珍しく世界観な話
「マキナさん……大丈夫ですか?」
「んー……何が?」
「その、昨夜の……」
《光線銃型》との戦いから一夜明けて。リスティたちは食料と水を求めてある工場の中を散策していた。残念ながらあいにくの成果の中、リスティはおずおずとマキナに問いかけた。昨夜の戦いでは何もしていないリスティがそんなことを問いかけるのも気が引けたが、マキナは気にしていないように普段通りに笑っていた。
「大丈夫大丈夫、リスティの腕に比べれば」
「……無理しないでくださいね」
「リスティに言われたくないベスト賞ね」
「茶化さないでください!」
「はいはい。それよりここも……ダメね」
マキナにとって自分は、弱音ももらしてくれない程度の関係でしかないのだろうか――そんなリスティの思いをよそに、マキナは工場内で見つけた水道の蛇口をひねった。普段ならば生きている工場から水を得ることが出来る、と喜ぶところだったが、出て来た水からは金属製の繊維が見え隠れしていた。もうすでに、水源がナノマシンに侵されてしまっているらしい。
かつて人型の爆弾とされてしまった男を見ている以上、まさかナノマシンで汚染された水を飲めるわけもない。ただもはや、《大型四輪》に収納された水も底を尽きかけているのだが。
「だ……大丈夫ですよ! わたし、少しくらいなら水いらないです!」
「んー、そういうわけにはいかないかな……と」
「どうしました?」
『地下に空洞があるようですね』
機械化や水問題など、自分は足手まといになってしまっている。そんな事実からリスティはついやせ我慢を口にしてしまうが、もはや論ずるまでもないとばかりにマキナに一蹴されてしまう。そのままマキナは八つ当たり気味に工場の床にこぼれたナノマシン入りの水を踏みつぶしていたが、すぐに何か気づいたように足を止めた。
そうしてイユに教えてもらうことで、リスティも気づくことに遅れてしばし。言われてみれば、足音の反響の違いから、地下に空間が広がっているらしいことに気づく。
「となると、入るには……」
「動くな!」
地下ならば、まだナノマシンの影響を逃れているかもしれない。そう共通の思考をしたリスティとマキナの背後から、静止の声がかけられた。反射的に手を挙げながら振り向くと、そこにいたのは。
「……子供?」
「一人前のレディーだっ!」
銃を持った少女という、今のマキナにはあまり会わせたくない相手だったが。自己申告を信じるのであれば、一人前のレディーだそうだ。
「……《雪》を止めるために旅をしていると?」
「はい。ですが飲み水までも汚染されてしまって……」
「……それはどうしようもないな。よし、少し分けてやろう」
「ありがとうございます!」
それからお互いに敵意がないことを確認しあうと、思った以上に友好的な誘いを受けることが出来た。そのまま少女が生活スペースにしているらしい地下に誘われ、三人そろって地下への階段を下りていく。
昨日の今日で少女とマキナをあまり対応させたくないと、主に少女とはリスティが会話を交わしていく。その中でリスティがちらりと背後を見ると、やはりマキナは少女と顔をおわせたがっていないらしく、このままリスティが会話をしていったほうがよさそうだと実感する。
同時に、やはりマキナはたまの弱音も自分にはもらしてくれないんだな、ということも。
「ようこそ、私の研究室へ!」
「何を研究してらっしゃるんですか? ……えっと」
「ドクター。私のことを呼ぶときはそう呼んでくれ」
「……はあ」
「天才、を前につけてもいい。研究内容としては何でもだ、なにせ天才だからな!」
「えっと、わたしはリスティ。こちらはマキナさんです。よろしくお願いします」
「こちらこそ。適当に座ってくれ、今すぐ用意する」
そうして階段を降りていってたどり着いたのは、ごちゃごちゃと物が多く積まれた薄暗い研究室。中には動いている機械や、他にも部屋があるようだが、あまりジロジロと見るのも失礼だろう。何よりリスティに理解できるとも思えない。
改めて自己紹介というか、少女――ドクターは汚れた白衣をばさりと翻しながらそう叫んだ。変わった子だなぁとは思いつつも、悪い人ではなさそうだと、リスティは内心でホッと息を吐きながら。ドクターが奥の部屋へ行っている間に、荷物の中からどうにか椅子を二脚発掘して。
「待たせたな。ほら、飲んでみてくれ」
「では、いただきま……」
「……この色は何?」
「特性の証、だな」
「ま、まあマキナさん、色くらいいいですよ。いただきますね」
そうしてドクターから二人にもたらされたボトルは、ナノマシンが入っていないと分かる水が入っていた。ただしその色は赤色めいたもので、明らかに別のものが入っていた。とはいえリスティが普段から飲んでいる、除去剤をふんだんに入れたコーヒーとて泥のような見た目をしている。
それに毒を仕込むならもっと分かりにくく仕込むだろうと、少し驚きながらもリスティはボトルの水を口に含んだ。
「……おいしい。すごく美味しいですよこれ!」
「そうだろう、そうだろう! 私たち以外に飲ませるのは初めてだが、そうだろうとも!」
「私、たち……?」
「見てくれ、この水の原料だ!」
一口、口に含んだだけで、それからはもう止まらなかった。ボトルをも口にしてしまいそうなほど勢いよく傾けると、リスティの口内に甘い味が広がっていく。飲み物が甘いという感覚を味わったのは、以前マキナとともに飲んだダムの水以来で、赤い水はそれ以上に甘い。
そんな感激した様子のリスティに気をよくしたのか、ドクターはうきうきとした様子で椅子から立ち上がった。私たち、というとドクター以外にも人がいるのか――というリスティの疑問も届かず、ドクターは窓際にあったロープを引っ張ると、設えられていたカーテンが開かれていく。
ただ地下であるため、カーテンを開けようが日光が入ってくることはない。代わりにリスティとマキナが見たものは、人工で作られた光と、太く長く天井に伸びていく緑色の物体。
「ドクター、あれは……?」
「聞いて驚くな……植物だ!」
「植物……?」
植物。かつて旧文明で起きた戦争でそれらは全て焼き払われ、また新たに生えることのない不毛の大地となった。さらにその上から地面を全てコンクリートで覆いつくされ、もはや植物というものは今を生きる人間からすれば伝説と同じだった。
そんな知識しか持っていなかったリスティにとって、目の前の状況はまるで異世界を見ているかのようだった。かつての文明の跡地であるらしい、広大な迷路のような空間。そこを一面の緑が覆っており、巨大な幹がいくつも地面を突き破って現れていた。それら幹は天井にも達さんとしており、このままなら近く地上にまで達するだろう。幹についている果実が、先ほどリスティが飲んだ水の原料だろうか。
「我々がどうにかして生きているように、植物たちもこの地下に適応しているのだろうな」
「すごい……これだけ果実が生えるなら、食糧問題だって……」
「……それは無理かもね、リスティ。出来るだろうけど、無理」
「え……どういうことです?」
「よく分かっているようだな。確かにこの植物は人類を救うだろうが、同時に人類を滅ぼすだろう」
これでいつ尽きるとも分からない工場に頼りきりの生活も終わるはずだと、興奮するリスティに反して、マキナの植物を見る目は冷ややかだった。いや、むしろ人類の敵をにらみつけるかのような。
そしてマキナの危惧は正しく、ドクターは天井を指さしながら呟いた。
「この植物が完全に育ち切った時、あの天井……君たちにとっての地面は崩れだすだろう」
「あ……」
「地面が割れて生き残る人間が何人いるか」
「生き残ったとしても、結局この植物は瓦礫に潰されるわね」
「な、なら……いえ、どうして今まで平気だったのでしょうか」
「あくまで私の仮説になるが……ナノマシンのおかげだろうな」
二人に遅れて、ようやくリスティは眼下にどこまでも広がっていく巨大な植物たちの
危険性を知って。ただ同時に人類を救う可能性であることも理解できて、伐採を提案しようとした言葉を飲み込んだ。もしもこれで人類が滅ぶとしても、人類を救うかもしれないものに手出しできるわけがない。
ただ代わりに、リスティには新たな疑問が舞い込んできた。少なくとも数百年の時が旧文明から流れているにもかかわらず、どうして自分たちは地上で生活していられるのか。ドクターの仮説が正しければ、もうとっくに地上は崩落していてもおかしくはない。
その問いにドクターが答えたのは、予想だにしないナノマシンというものだった。
「ナノマシンって……あの《雪》ですか?」
「《雪》、か。確かに似ているな。ああ、その《雪》は、恐らく定期的にこの世界へ降っている。そしてナノマシンは地上に降り積もり、地面や建物の補修をしているのだろう」
「でも、人間が《機械》にされて……」
「それは悪意ある誰かの後付けか、それとも……いや、なんでもない」
――ドクターが最後まで言わなかった言葉が、リスティにはなんとなく伝わった。あの《雪》が補修しているのは地面や建物だけではなく、人間もなのではないかと。この世界に適応できるように、人間を機械化しているのではないかと、リスティは機械化が進行した肩部を無意識に触って思った。
そしてナノマシンが地面を補修しているが故に、ここまで人間が暮らしてこれたというドクターの仮説は、恐らく当たっている。今までリスティも疑問に思ってはいた。倒壊しているとはいえ、どうして旧文明の建物がそのまま残っているのか。誰が修理をしているわけでもないのに、どうして道路は車両が通れるほどに整っているのか。
それらはリスティたち人間を機械化させている、悪魔のようなナノマシンのおかげだったのだろう。
「ところで君たちは、ナノマシンを止めに旅をしているのだったか?」
「……」
ドクターの問いに、リスティは何も答えられなかった。あの《雪》が降り続ける限り、リスティを始めとした人間たちの機械化は止まらないだろう。ただ《雪》を止めてしまえば、近い将来に地面の崩落とともに人類は滅びの危機に直面する。
ナノマシンも目の前の植物たちと同じだったのだ。人類を救い、そして滅ぼす存在でもある。直近の危機を止めるか、いずれ来る滅びを止めるか。そんな答えが出せるはずもない問いが投げかけられたリスティは、聞き覚えのない警報が鳴るまで身動きが取れなかった。
「どうしたの?」
「……この植物の迷宮をさまよう巨人型の《機械》がいる。そいつに感づかれたかもしれない」
「巨人型の《機械》……」
「君たちは逃げろ、私は……おい!」
そんなドクターの言葉を聞くよりも早く、リスティは窓を開けて植物の迷宮へと飛び込んでいった。驚くマキナに、引き付けておくから頼みますと、アイコンタクトで通じ合って。
「ここが人類を救うかもしれないんです! ドクターもここも放っておけません!」
そうしてリスティは、人類を滅ぼす植物の迷宮へと足を踏み入れた。
このドクター編は3話ある予定です




