実験報告03 悪魔は近づき、爆音は遠のく
この世界においては珍しくもない、むしろ基本的な景色である朽ちたビル郡を《大型四輪》は走っていた。先の《雪》が降っている様子もなく、見張りのために屋根の上にいるマキナからも何の連絡もない。
そんな中リスティは、車内で《雪》の降ってきた方角から《雪》の発射地点を探っていた。とはいえほとんどイユが計算しているので、リスティはラジオを聞きながら少し手伝う程度だったが。
『今日は歌の前に、少しだけ。降ってくる雪に気をつけて、絶対に当たらないように――』
そのラジオから聞こえてくる注意喚起の声に、リスティは機械化した自らの右手を見た。もう手のひらどころか拳は全て機械化してしまっており、動かすと耳に慣れた機械が軋む音が響く。
もちろんリスティが機械が軋む音が耳に慣れているのは、幾多の《機械》と戦ってきたからであるけれど。そんな敵として戦ってきた、人類を虐殺する存在たる《機械》に、リスティは同様の姿になろうとしているのだ。
『暗い話は終わりにして、まずは新曲を歌います!』
そうしてラジオからは、電波塔を回って音楽を流す集団、《シャングリラ》の新曲が響き渡る。ファンであるイユ――決してファンだと認めようとしないが――ほどではないが、最近はリスティもタイミングが合えば耳にしていた。
そうしてラジオからは、前口上とは似ても似つかぬ明るい曲調の歌が流れ出した。歌を流して人々を笑顔にする、というのがラジオの向こうの彼女の目標だからだろう。
『リスティ、一つ聞いてもよろしいですか?』
「珍しいですね、イユさんがわたしになんて」
『そうでもないですよ』
「……そうですか? ともかく、なんでしょう」
『ずいぶんと落ち着いているようですが、平気なのですか? 肉体を失いつつあるというのに』
「……まだ、現実が受け止められてないだけです」
珍しいイユからの問いかけに、リスティはあいまいに笑うしか出来なかった。ナノマシンとやらを受けたらお前はもう《機械》に成り果てる、などと言われたところで、リスティはまだその事実を受け止められていなかった。
もちろん目の前で機械化してしまった男や、現在進行形で機械化している右手を見て、現実逃避をしている状況ではないというのも分かっている。だからリスティが落ち着いて見えるのならば、きっとその理由はもう一つの方だろう。
「それにマキナさんやイユさんが解決法を探してくれてるんですから、治らないわけがありませんから」
『そうですか。ですが、本当に治す必要があるんですか?』
「……どういうことです?」
『簡単な話です。機械化してしまえば、貴方は食料事情やその他様々な事情から解決される。いいことのように思えます』
マキナやイユが協力してくれるなら平気だと、そう本心から伝えるリスティだったが、イユ当人からは冷たい反応で。逆にまさかの問いかけがなされ、今度はリスティが聞き返す番だった。
このまま機械化すれば、リスティは人間の身体から解放される。リスティが考えたこともなかったが、そうすれば確かに、生きる上での様々な制約から解放されることだろう。
「……でもそうなれば、わたしは《機械》として人間を襲います」
『何か問題でも?』
「問題しかありません!」
『そうですか、いい手だと思ったのですか』
皮肉なのか本気なのか、どちらか分からない口調でとぼけるイユに、こういう人でした――とリスティはため息を吐く。人間を襲うだけが目的の《機械》になってしまうなど、リスティにとっては耐えられる話ではなくて。
『では、《機械》が人間を襲わないようになれば、機械化しても構わないのですね?』
「え……? それは……」
《機械》は人間を殺すことを至上命題にした人類の敵だ。故にあり得ない話ではあるが、《機械》が人間を殺さないのであれば、機械化して何の不都合があるのだろう。
かつての旅でリスティは、機械化したが故に整備士の言いなりになっている者たちを見たが、信頼できるイユがいるのでリスティとしてはそれは問題ない。そうすれば、食料を漁る必要もない強靭な肉体が手に入る。
そして何より、マキナと同様の存在になれるのだ。
「イーユー。リスティをいじめないの」
『そんなつもりはありませんでした。申し訳ありません』
「い、いえ、そんな……」
「いい、リスティ。機械の身体なんて何もいいことなんてないの。この話はおしまい!」
「はい……」
そこまでリスティが自問自答したところで、屋根の上で見張りをしていたはずのマキナが、イユを咎めながら車内に入ってくる。白々しいイユの謝罪に、先程のマキナと同様にため息を吐いた後、マキナは言い聞かせるようにリスティに向き直った。
機械の身体になりたいなんて思うな、と。以前にもマキナからそう警告を受けたことがあるが、その時は機械化したら故郷に帰れないから、という理由だった。もはや帰るべき故郷などないリスティに、その理由は必要ない。
ただし真剣な面持ち機械の身体を否定するマキナの姿に、リスティは頷くしかなかった。
「……私だって、生身の身体になれたら」
「マキナさん、今――」
『ところでマキナ、見張りはどうかしたのですか?』
「ああそうそう、遠くで爆発音が聞こえてね。確認してもらえる?」
『了解しました』
「爆発音、ですか? 車内には聞こえませんでしたが……」
「んー。わりと遠くだったからね。中には――」
そうして話はおしまいだと打ち切ったマキナの表情は、真剣なものからいつもの柔らかい表情に戻っていた。一瞬、ほんの一瞬だけ悲しい表情になったように思えたが、リスティの問いかけはイユの言葉に遮られてしまう。
とはいえ見張りをしていたマキナが降りてくるということは、何か問題が発生したということに他ならない。リスティはひとまずその問いかけのことを忘れ、何かあったのか確認すると。
爆発音。聞こえてきたのは遠くからとはいえ、この世界で爆発音というのは《機械》を必要以上に破壊したか爆弾か、というぐらいだ。なんにせよ確認は必要だとイユに頼んだ最中、より近くから爆発音が響き渡り《大型四輪》が少し揺れる。
「っと……大丈夫、リスティ?」
「はい……爆発音が近づいてきているのでしょうか?」
『いえ。特に規則性はありません』
「なんにせよ、何が起きたかは確認したいけど。リスティは……」
「大丈夫です! 人が巻き込まれてるかもしれません!」
『僕には行くか確認してくれないので?』
「する必要ある?」
『……進路を変更、爆発音の発生地の近くに向かいます』
マキナが見たという爆発と、今しがた響き渡った爆発音。イユが言うには規則性はないそうだが、まさか全くの偶然という訳ではないだろう。
原因が分からない以上、何が起きたか確認したいマキナから、リスティに遠慮がちな視線が向けられる。以前までのような盲目的に人間を救うマキナの旅ならばともかく、今はリスティの機械化を治すための一刻を争う事態だ。とはいえ人間が襲われている可能性もある以上、リスティに見捨てられる選択肢があるはずもない。
機械化した右手を見ないようにしながら、リスティは調べに行くことに力強く頷くと、イユはあからさまに不満げに《大型四輪》をそちらに向けた。
『爆発音に誘われて《機械》が集結する可能性があります。お早めにどうぞ』
「はい、ありがとうございます。ですが……特に何があるようには見えませんね……」
「そうね……イーユー?」
『爆発物の反応はありません。残骸が近くにありませんか?』
「あれでしょうか?」
推定、爆心地の近くにやって来たリスティたちは、ひとまず《大型四輪》を降りて探索していた。リスティの機械化した右手は手袋をして隠しつつ、イユの誘導を頼りに周囲を散策する。
ただ大きな爆発があったにもかかわらず、周囲に《機械》や大型施設の反応はない。ただ変わらず廃墟が広がっているだけであり、爆発した残骸であろう物体に近づこうとした瞬間、リスティたちに男性の声がかけられた。
「お前ら! ま……待て! 近づくな!」
「あなたは……」
「お前らが……お前らが『悪魔』か!?」
「悪魔……?」
「ちょっとー。こんなかわいい女の子二人に悪魔は失礼じゃない? ……ほら、リスティも」
「え? えと、はい、見ての通り悪魔じゃないですよ!」
「……確かに、お前らがあんなこと出来るようには見えねぇが……」
残骸に近づこうとしたリスティたちの前に、廃墟の中から現れたのは、負傷しているからか異常に怯えた男だった。その手に持った鉄パイプを振り回して、リスティたちを悪魔と呼んで近づけまいと警戒する。
とはいえ少し冷静さを欠いていたにすぎなかったようで、鉄パイプ相手に非常に怖がってみせたマキナと、リスティの棒読みに呆れたのかすぐに落ち着いてみせた。少し負傷こそしているが、恐らくこの場所で生きている、《機械》を相手に生き延びている強い人間なのだろう。
「悪魔とは……? それより、あなた一人ですか?」
「ああ待て待て、順番に話す……あんたら旅してるなら、他の人間に会ったら悪魔に気をつけるよう伝えてくれ」
怯えていた男性は、すっかり落ち着いて短く語り出していく。
数人の仲間とどうにか生き延びていた男だったが、仲間の一人が突如として爆死を遂げた。それは何の前触れもないことで、周囲に《機械》がいた形跡もなければ、その仲間が爆発するような物を持っていたわけでもない。
怯えた男たちは、バラバラにその仲間を爆死させた『何か』から逃げ、決めておいた合流地点にそれぞれ向かうことにしたものの。リスティたちが聞いた二つの爆音は、恐らく男の仲間たちのものなのだろう。
一瞬にして仲間を皆殺しにした見えない何か――それを男は、悪魔と呼んでいた。
「ではその……悪魔を正確に見た訳じゃないんですか?」
「見えたらぶっ潰してやってるよ! ……あんたらも、変な《機械》とか見てないんだな!?」
「まずあなたの仲間が本当にあの爆発で死んだのか、確かめてみない?」
「……確かめたよ。仲間が着てた服だ」
『リスティ。申し訳ありませんが、車内に戻ってきてくれませんか』
「え? あ、はい……」
姿の見えない悪魔。人間を容易く爆破できるその正体が見当もつかず、リスティは慌てて周囲を見渡すもののやはり何があるわけでもなく。ここに来るまでもイユから何も連絡もなく、リスティ自身も車内から外を見ていたが、《機械》らしきものは見なかった。
あるものといえば、恐らく爆発したであろう焼死体。爆発自体は大したことのない威力だったのか、知り合いならばどうにか判別できる程度で、周囲には生前の彼が持っていた持ち物が散乱している。
水が入っていたボトル、機械の部品、千切れた服、身体――イユに小声で頼まれて車内に戻っていくリスティをよそに、マキナは躊躇することなく、その中で機械の部品をおもむろに拾った。
「おい、何してる!?」
「……あなたの仲間、人間?」
「は? 当たり前だろ?」
「そのわりには部品が多くない? まるで、人間ぐらいの大きさみたい」
「……何が言いたい?」
「あ……」
遠回しなマキナが何が言いたいのか、男には分からなかったようだが、《大型四輪》の方へ歩いていたリスティには分かってしまった。
まるで人間と同じぐらいの機械部品の塊。それをリスティは、つい先日に目にしていた――そして近日中、自らもそうなる運命だ。
「……もしかして、あのイカれたラジオの言ってた雪ってのか? 俺たちはそんなの知らねぇぞ」
「うん。多分、浴びたんじゃなく飲んだのね……あなたも」
「……は?」
「っ!」
『リスティ、待ってください』
歌手グループ《シャングリラ》のラジオから、《雪》の存在は知っていたらしい男だが、そんなものに当たってはいないとうっとうしそうに語る。確かに男は先日の町人のような機械の身体に変質しているようには見えず、人間を殺そうと行動しているようにも見えなかった。
しかしマキナが続けて拾い上げた水が入ったボトルを見て、リスティもマキナとイユに遅れること数分、ようやく『悪魔』の真実に脳内がたどり着く。たまらず男に駆け寄ろうとするものの、走り出す前にイユから制止の声が届いた。
行って何をするつもりだと、そうイユは言わんばかりに。
「そうだ、イユさん、わたしの薬が……」
『アレは所詮、進行を遅らせる薬です。もう、意味はないでしょう』
「お前らさっきから何を――」
訳の分からない話をリスティたちにされて困惑した男が、苛立ちを隠す様子もなくマキナに叫びをあげた時。近くにあったビルのガラスに映った自分の姿と、マキナが持っていた水入りのボトルを見てしまう。
負傷していたにもかかわらず、血の流れない自分の身体。血を拭った内部に潜む機械。そして、ボトルの中に入った水に混じった、光る雪――ナノマシン。
「な、なんだよ……どういうことだよ……俺は人間だぞ! みんなも……生まれた時から一緒で……!」
「……《雪》を飲んだのね」
「だからなんなんだよ! それがどうしたんだよ!」
「悪魔は……あなたたち自身」
降り積もった《雪》は風に飛んで地面に沈み、行方は生きた工場の水道管。この世界に生き延びている人間たちの生命線たる、採取する水の中に潜んでいったのだろう。
それを飲んだ男たちは体内からナノマシンによって機械化され、自らも知らないうちに人間の形をした爆弾に改造された――これが恐らく、悪魔の真相だ。全てを悟った男が膝から崩れ落ち、マキナは無表情のままリスティに歩み寄ってきた。
「なんだよそれ……助けてくれよ! な? あんたら!」
「……行こう、リスティ」
「っでも……マキナさん……!」
「私たちにもう、出来ることなんてないから」
「…………はい」
「――俺たちが! 俺たちが何したって言うんだよ! こんな世界でも仲間たちと必死に……生きて……なぁ!?」
「…………」
自らの運命を悟り呪いを絶叫する男に、リスティはかけてやる言葉が見つからなかった。マキナに手を引かれて車内に戻っていき、イユも何も語ることはなく《大型四輪》を発車させていく。
「リスティ」
「……なんです?」
「アレが機械の身体の末路よ。誰かに言いように使われて、終わり」
「…………」
――遠くで爆音が聞こえた。




