実験報告02 人間だった残骸
「マキナさん、大丈夫ですか……?」
「んー、大丈夫大丈夫。ほら私だし」
「……無理しないでくださいね」
「問題はリスティの方。手、見せて」
雪の降る町。その雪に触れた町民は残忍な《機械》と化し、リスティたちを襲いはじめた。理由や原因はあの《雪》を調べなくては分からないだろうが、今はピンチを脱することが先決だ。
ひとまず態勢を立て直すべく、リスティはマキナを連れて家の奥にあったシェルターに隠れた。先ほど男性から聞いていたもので、どうにか《機械》たちから隠れることが出来たようだ。充分な広さはあるが明かりはなく、マキナも深傷のためにあまりシェルター内を動くことは出来なかったが。
そしてもう一つ誤算だったのは、《機械》対策のシェルターとしてあまりにも完璧だったために、電波を遮断しイユへの連絡が通じないことだ。これではマキナの修理や換装もままならず、ただ閉じ込められてしまったも同然で。
とはいえ一度やり過ごすのも、普段ならば一つの手段だが、今回ばかりはそうはいかなかった。マキナに無理やり腕を掴まれて、閉じていたリスティの腕が開かれた。
そこに見えるのは、手のひらからゆっくりと機械化していくリスティの手。あの《雪》に触れたのは一欠片だけだったため、全身に浴びたためにすぐさま機械化した男性よりは、素人目ではあるがまだ時間がありそうだ。
しかしゆっくりではあるが確実にリスティを侵食してきており、恐らく脳をやられたら最後、リスティも機械化してしまうだろう。マキナが無理やり取ろうとするものの、あいにく《雪》はすでにリスティの体内へ入り込んでしまったようだ。
「早く戻らないと……多分、イユがこれについて調べてくれるはず」
「わたしなら、まだ大丈夫ですから。無理してはダメです」
「大丈夫かどうかリスティに分かるわけ?」
「それは……」
「……ごめんね、ちょっと強い言い方になったけど。この《ナノマシン》についてリスティは何も知らない、そうでしょう?」
「ナノマシン、というのですか?」
それから、マキナが説明することいわく。リスティの手、そしてこの町に残る人々を機械化したものは、本物の雪に偽装した極小の機械――ナノマシンと呼ばれるものだそうで。
それらはウィルスのように拡大し人間たちを襲ったが、それを発射する人間もまた滅んだために、もはや使われることもなかったと。そこまで聞いたリスティは、思わず声を荒げてしまう。
「これを撒いた人間がいるってことですか……!?」
「……それを考えるのは後、気づかれた!」
「っ!」
その信じがたい可能性を前にリスティがあげた声を、人類の敵にさせられた《機械》たちが聞き逃すことはなかったようだ。どこか他にシェルターの入り口があったのだろう、四体の《人形機械》が、槍のように変質した腕を構えながら現れた。
……リスティたちが分からなかった、シェルターの別の入り口のことを知っている。ならば恐らく、彼らは生前の記憶を持っているのだろう。ただし待ち伏せなどはしていないところを見るに、知性は残されていないようだ。
同じ人間だったのに。ただの操り人形と化した彼らに、リスティは無駄だろうと思いながらも叫んでいた。
「皆さん思い出してください! 皆さんは……皆さんは人間なんです!」
「……リスティ、構えて。来た道から逃げるよ」
「っ……はい」
リスティの叫びに何の反応を示すことはなく。大型の一体と小型の三体は、感情を表すこともなくリスティに向かってきた。まるで装甲に被われた騎士のようなそれらに、リスティは懐のホルダーから機械束を取りだしスイッチを入れた。
柄から光刃が伸びてリスティの周囲を薄く照らし、暗闇から延びてきた小型の《人形機械》の槍めいた腕を浮かび上がらせる。それをギリギリで避けると、《機械》の腕は恐るべき勢いで壁に突き刺さった。
とはいえそれは大きな隙。《機械》となってしまった人間に戻る術はないのだと、リスティは自らに言い聞かせて小型の《人形機械》へ光刃を振るった。
「ぁ……ああ……」
確実に破壊させられる瞬間、リスティの光刃はありえないことに受け止められていた。ただし受け止めたのは狙いの小型のものではなく、リスティと小型の間に無理やり割って入った大型の《人形機械》。
……それはまるで、子供たちを守ろうと孤軍奮闘していた、人間の頃の男性のようで。
「う、あああああっ!」
「リスティ! 落ち着いて、跳ぶよ!」
怒りの絶叫。それがこのナノマシンを散布したという人間への怒りなのか、男性を《機械》と化してしまったナノマシンへの怒りなのか、人間を殺す宿命を持った《機械》への怒りなのか――何もしてやれないリスティ自身への怒りか。
それは分からなかったが、怒りに任せた一太刀を振るうより先に、リスティの耳にマキナの声が届く。光刃を横薙ぎしながら背後に跳ぶと、伸びてきていたマキナの手に掴まった。
するとマキナは出口へワイヤーを伸ばしていたらしく、リスティを抱えたままワイヤーを巻き戻し、すぐにシェルターへの出口へたどり着いた。再び町の中に戻ってきたリスティが見たものは、家の扉にピッタリと駐車された《大型四輪》だった。
『お待たせしました』
「イユさん……ありがとうございます」
「……イユ、準備よろしく。リスティは絶対に外に出ないように!」
『すでに』
「マキナさん!」
「……何?」
「いえ……お願いします」
「うん。あとは、私がやるから」
《人形機械》たちがシェルターから出てくるより早く、リスティたちはすぐさま《大型四輪》に飛び乗った。今ばかりはイユの普段通りの平坦な声色に、どこか安心感さえ覚えながら、壁を破ってまで町の中に助けに来てくれたことに感謝すると。
必要なのは感謝の言葉ではない、と言外にイユは示しているのか。マキナが言葉を発するより前に、彼女を本来の姿に換装させる準備は整っていた。
シェルターの中から四体の《人形機械》が現れると同時、距離を取るように《大型四輪》が町を発車する。もちろん逃げるわけではなく、リスティと言葉を交わしてすぐにマキナは衣装棚の扉を開ける。
すると衣装棚から這い出てきたマジックハンドがマキナの四肢をもぎ取ると、すぐさま別のものへと取り替えていく。もはや四肢は細い女性のものではなく、まるで巨人のもののような太さのものとなって。
さらに今までマキナだった箇所も装甲板に埋められていき、最後に仮面を被ることでマキナは完全に姿を消す。いや、これが彼女の本来の姿である、全身を機械の鎧とした戦闘形態――機械仕掛けの巨人である。
《大型四輪》の背面の出入り口から機械の巨人が飛び降りると、連動するように《大型四輪》機械の槍を発射しながら停止し、機械巨人がそれを受け取って敵を待ち構える。漆黒の金属体に真白い《雪》がヒラヒラと落ちてくるが、特に影響はないのか全く反応することはなかった。
そして《機械巨人》が大地に立ってすぐ、四体の《人形機械》が追いすがってきた。お互いリーチに長けた同種の武器だか、有利なのは明らかに数で勝る《人形機械》の側だ。
しかしリスティの前に、機械巨人は――マキナが負けることはない。
「マキナさん……」
リスティの呟きが聞こえるはずもないが。その呟きを合図にしていたかのように、小型の《人形機械》がまず機械巨人に飛びかかった。
伸びてきた槍じみた腕と、機械巨人が持つ本物の槍が交差する。リーチに勝る機械巨人の槍が小型人形へと届こうとするものの、大型人形が槍に当たらんとする小型人形を突き飛ばし、機械巨人の槍は空を切った。
その隙に残る二体の小型人形が、まるでじゃれてくる子供のように、人体など容易く貫通する手槍を機械巨人に向ける。それらをなんとか足部についたローラーによる高速走行で避けた機械巨人は、そのまま突き飛ばされたことで倒れた小型人形の元へ向かう。
もちろん、その小型人形を庇うように大型人形が立ちはだかるものの、それこそが狙いだった。ローラー走行による勢いのまま放たれる機械槍は、倒れた小型人形を狙ったままであり、大型人形が避ければ槍は小型に直撃する。
……そんな狙いを理解していたのか、大型人形は抵抗することなく機械巨人の槍に貫かれた。
『一体撃破』
イユの無機質な報告とともに、大型人形は機能を停止する。ただし機械槍を握ったまま機能を失っており、機械巨人は武器を実質的に失ってしまう。自らの命と引き換えに武器を奪った大型人形を、機械巨人は槍ごとハンマーのように叩きつけた。
機械槍、大型人形、小型人形。三対がひしゃげてミンチになったのを確認してから、機械巨人は残る二体を警戒してすぐさま《大型四輪》の近くに跳躍する。
実際、残る二体は機械巨人の背後を取っていた。しかして狙いは機械巨人ではなく。まるで仲間が死んでしまったことを祈るように、大破した《人形機械》たちの元に座り込んでいた。
「…………っ」
だが大破した《人形機械》たちは血を流すようなこともなく、転がっているのはただの機械部品でしかない。そしてそんな部品を眺める残る《人形機械》たちも、その部品の集合体でしかない。
たとえ人間の頃のような行動を見せたとしても、もはや鉄の塊でしかないのだと、リスティは徐々に機械化していく自らの腕を見ながら思う。
そして《人形機械》たちが、大切な人が死んでしまった時の人間を真似た行動を終え、再び機械巨人の方へ向き直る。まるで仇を討ってやるとばかりに、先程までのじゃれつく子供とは違う動きを見せた。
しかし向き直った《人形機械》の前には、新たに両手斧を持った機械巨人が、ソレを振りかぶって立ちはだかっていた。機械に哀悼の動作を待つ感傷など存在しない、皮肉にもそう伝えるように、両手斧の縦の一撃が小型人形を粉砕した。
次いでの横薙ぎで最後の《人形機械》も破壊し、もうその村に人間も機械も存在することはなくなった。ただ《機械》の残骸と、積もった雪が残るのみだ。
『敵の全滅を確認』
「……どうして、こんなことに。誰が」
リスティの呟きは、誰に答えられることもなく、雪の中に消えていった。
『リスティ、動かないでください』
「っつ……イユさん、ありがとうございます」
『いえ。ただの進行を遅らせるだけの応急処置です。これ以上はどうしようもありません』
「イユ。もったいぶらないで」
『……このナノマシンを散布している場所に行かなくては、どうしようもないかと』
「散布している場所に行って何か分かるんですか?」
「こういうのにはワクチンが付き物だからね」
そうして残骸しかなくなった町から離れると、これ以上の戦闘を避けるために近くの廃墟に《大型四輪》を隠し、ひとまずそこに泊まることとして。ようやく少し落ち着いて、《雪》に侵されてしまったリスティの処置を行っていた。
イユが戦闘と平行して《雪》の成分を分析していたらしく、待つことしばし、リスティに治療薬が注射されていく。とはいえそれは急場凌ぎのものであり、進行速度を遅らせるだけだと、イユは無機質な音声で報告した。
リスティの機械化を治すことが出来るものは、ただ一つ。機械化ナノマシン《雪》を散布している場所を突き止め、そこにあるはずのワクチンを手に入れることだと。
機械化した手のひらを見つめるリスティの手を、女性の姿に戻ったマキナが握り締めた。
「安心して、リスティ。絶対に助けるからね!」
「ありがとうございます……マキナさん」
そう言って微笑むリスティに、もはや手のひらの感覚はなかった。
猫でもいいから感想下さいって言ったら感想欄に「にゃーん」が並ぶって本当ですか?




