実験報告01 舞い堕ちる雪
第二部、開始です
コンクリートの地面に打ち付けられたリスティは、赤い液体を垂れ流しながら横たわっていた。もはや助からない、一目でそれが分かるほどで、リスティの意識もすぐ途切れようとしていた。
そんなリスティの視界に映っていたのは、空からひらひらと舞い降りる白い物体――確か、《雪》と呼ぶのだと誰かが言っていた。見とれてしまいそうな純白の雪がリスティに降りかかるものの、もうそれが冷たいのか熱いのか判断できる感覚は残っていなかった。
「マキナ……さん……」
今際の際にリスティが思ったのは、恩人であり運命共同体。どこかにいるはずの彼女に向かって手を伸ばそうとするが、倒れたリスティに伸ばせる手はもう存在することはなくて。
残っていた本体も機械仕掛けの足によって潰され、あっけなくリスティは跡形もなく消え失せた。リスティがいた場所にはすぐさま雪が降りかかり、リスティを祀る墓のようにも、リスティの存在をかき消していくようにも見えて。
ただ、最後の祈りだけは届いたのだろうか。
リスティを踏み潰したのは、紛れもなく彼女が呼んだモノの正体――機械巨人だった。
「ん……」
リスティの意識が目覚めていく。何か悪い夢でも見ていたのだろうか、あまり気持ちのよくない目覚めだった。ゆっくりと瞳を開けていくと、そこには見知った顔が大きく映っていた。
「あ、リスティ起きた? おはよー」
「おはようございます……マキナさん、わたしの寝顔見るのやめてくださいって言ってるじゃないですか」
『おはようございますリスティ。コーヒーでもどうぞ』
「こういうの、減るもんじゃないって言うらしいわよ?」
「恥ずかしさで寿命が減りそうです……イユさんもおはようございます。コーヒー、いただきますね」
視界いっぱいに映っていたのは、吐息の交わる距離にいたマキナの顔。本来なら驚くべきところなのだろうが、最近はリスティの寝顔を見ているのがマキナの趣味なようで、こんな目覚めも数度目ともなると慣れてしまった。
そのまま何事もなかったかのように話してくるマキナを引き剥がしながら、イユのマジックハンドから差し出されたコーヒーを一口。半ば寝ぼけていた意識が、喉を通っていく苦い液体に覚醒されていく。
……リスティの故郷から旅に出て少し経ったが、世界もリスティも何も変わっていない。変わったことといえば、マキナのスキンシップが少し過剰になったことと、リスティが警備隊の服を着なくなったことくらいである。
相変わらず《機械》は人間を殺すべく跋扈して、植物も植えられない鋼鉄の大地に、人間は過去の遺産で食いつなぐのみ。今さら誰も口には出さないけれど、もう人間に未来はないのだろう。
ただ、そんな世界でも人間に生きる権利ぐらいはあるだろうと。知り合った誰かを助けながら、あるはずもない安住の地を求めて、リスティたちは旅を続けていた。
『寝起きのところ申し訳ないですが、リスティ。奇妙なことがあるのです』
「奇妙なこと?」
「ええ。目の前に町があるのよね」
「え……昨日から車は動いてないですよね?」
「んー、イユが寝ぼけてなければそのはずよ」
『あいにく僕はリスティのような寝相ではありません』
「わ……わたしだって違います!」
リスティの寝相の話はともかく。夜は《大型四輪》の動力の充填のため、また見通しも悪く危険なために、基本的には行動せず隠れている。
にもかかわらず、夜が明けたら目の前に町があるということは、突如として町が出現したか……まったく町の気配がしなかったかだ。前者はとても考えられず、後者だとすれば、もうただの廃墟となってしまっているかだ。
《機械》から隠れ住んでいたとしても、どうしても人間が暮らしている痕跡というものはにじみ出てしまう。リスティからすれば考えたくないことだが、暮らしていた人間が殺され《機械》に占拠されてしまったならば、もっと明らかな痕跡がある。
ただしイユに見せられた目前の町は、そのどちらでもなかった。人間が暮らしている気配も、《機械》がいる気配もどちらもしない。
例えるならば、《機械》を使わず一夜にして
人間たちが消えた状態、のような。
「わたしの寝相の話ではなく。何か起きてるかもしれません、行ってみませんか?」
「リスティならそう言うと思って、はい! 準備しておきました!」
「準備って、何……を……」
「もちろんリスティの服!」
目前の町から奇妙な胸騒ぎがしたリスティに、満面の笑みで服装が差し出された。ご丁寧にもマジックハンドまで伸びてきて、コーヒーをいったん置いておけということらしい。
マキナが差し出してきた服は、今まさにマキナが着ているものと同じ、身体にぴっちりと張りつく黒いスーツ。恐らくリスティのサイズに合わせて作ってあるのだろう、ということはリスティにも伝わってきた。
そもそもリスティが警備隊の服を着なくなったのは、もはや故郷には戻れず《内地》の警備隊と扱われても困るからだが、それからどうしてもマキナはお揃いの服を勧めてきた。あいにく身体のラインが浮かび上がる服を着れるほど、自分のスタイルに自信があるわけでもないリスティは、その度に断ってきたのだが。
ペアルック、というものに憧れのあるらしいマキナは、まったく諦めていない様子で。
「それなら断ったじゃないですか……」
「いい、リスティ。私だってペアルックのためだけに言ってるんじゃないのよ。その服装じゃ強い《機械》の攻撃には耐えられないわ」
「それは……そうなんですが……」
いくらリスティが二度と帰れない故郷への決別の意味を込め、ロマンチックに警備隊の制服を捨てたとて、現実的な問題として他に服はない。まさか服屋なんて夢のようなものが、この世界にあるはずもなく。
リスティの今の格好はズボンが制服そのまま、上は工場で偶然に見つけたタンクトップであり、確かに防御力に不安が残るのも確かで。一理ある、と少しでもリスティが思ったのを感じ取ったのか、マキナはそのまま勢いを増した。
「ほらこれ下着にも出来るから! 私もそうしてるようなものだし」
「アレを下着というのはどうかと……」
「イーユー。あんたからも言ってあげて」
『いいんじゃないですか』
「適当にもほどがありますよ……わかりました、着ます着ます!」
そもそもマキナがどうしてこんな服を着ているのかといえば、マキナが『本来の姿』に戻った際に服装と装甲が干渉しないためだろう。確かに装甲の下に着ている服なのだから、下着と言っても差し支えないのかもしれないが。
結局、イユの心底どうでもよさそうな声とともに、リスティが折れることとなる。マキナが着ているだけあって耐久性は高く、《機械》と戦うことを選ぶリスティには、最初から断る選択肢はなかったのだが。それはそれとして恥ずかしいと、渋々と受け取って。
「ぃよし……えへへ」
ただ、ペアルックとやらが実現して、すごく嬉しそうに笑うマキナを見れば。下に着るくらいはいいかと、思ってしまう自分がいるのをリスティは感じていた。
「確かに……人間の気配がしませんね」
「でしょ? かといって《機械》が動いてる感じでもない」
「ちょっと入ってみませんか?」
「任せてー」
そうしてマキナとお揃いのスーツの上から、タンクトップと制服のズボンを着たり、リスティが諸々の準備をした後に。《大型四輪》を降りたリスティとマキナは、目前に現れた町の調査に来ていた。
その町の入口は、人間では通れないほどの高さの壁が作られていた。防衛のため、あるいは《機械》に対するカモフラージュのつもりだろう。まさか《大型四輪》で突き破っていく訳にもいかず、まずはマキナが壁上までワイヤーをかけて、リスティを引っ張り上げることで町内に侵入する。
「……誰だ!」
そしてリスティが壁上から見た町内にいた者は、一人の男性と、数人の子供たちだった。
「いきなり人がいなくなった?」
「ああ……残ったのは俺と、この子供たちだけだ」
「ねぇねぇ、おねえちゃんたちどこから来たのー?」
「んー。おねーさんたちはね、向こうの方から!」
どうにか男性に危害を加える気はないと説明したリスティは、子供たちの相手をマキナに任せながら、ひとまず家の中に招かれ男性から話を聞いていた。
近くに生きた工場があることもあり、そこそこの人数が暮らしていた町だったが、ある日に男性と子供たち以外が消えていたらしく。その日は近くで《機械》の大移動があり、細かく別れてシェルターの中に入っていたそうだが。男性と子供たちがいたシェルター以外の人間が、忽然と姿を消していたらしい。
子供たちには食べ物を取りに行ったと説明したが、そんな時間稼ぎも長くは持たないな――と、男性は肩を落としつつも語り終えた。
「何があったんでしょうか……」
「分からない……見当もつかない。変わったことといえば、雪が降ってたぐらいで」
「雪?」
「ん? 雪、知らないのか? いや、俺も詳しく知らないが……ああ、ちょうど降ってきたぞ」
「わあ……!」
町内にいる他の人間が突如としていなくなったにもかかわらず、残った子供たちを守るためにか、男性は弱々しくも笑っていた。
当人が分からないのであれば、話を聞いただけのリスティが分かるはずもなく。むしろ疑問点が増えるほどで、困ったような表情の男性から外を見るように促される。
すると窓の外に、空から白い固まりがひらひらと舞い降りてきていた。雨のようにも思えたが、それらは明らかに固体があって。リスティが始めて見る現象に思わず座席を立ち、窓の外の景色に見とれていると、男性が何故か噴き出していた。
「 ……なんですか?」
「いや、雪が降ると子供たちが喜ぶんだ……失礼。バケツを取ってくるよ」
「……イユさん。雪ってなんです?」
『非常に簡単に子供にも分かりやすく曖昧に言うのであれば、雨の前段階です。雪が溶ければ雨になります』
「……ご丁寧にどうも。つまり水なんですね!」
マキナとともに外で遊んでいた、空から降り注ぐ白い欠片にはしゃぎだす子供たちや、貴重な水分だと家の奥にバケツを取りに行った男性からずいぶんと遅れながらも。ようやくリスティは自分がどんな状況に置かれているか気づき、急いで家の外に出る。
もちろん貴重な水分の確保のためであり、子供たちのように舞い降りる雪にどうしてか気分が高揚する訳ではなく、あくまで水の補給のためだと。誰に言い訳するでもなく心中でそう語りながら、リスティはワクワクしながら家の外へと出た。
「綺麗……」
舞い落ちる雪に、リスティはそんな言葉しか口に出来なかった。どんな感触だろうかと、雪の一片を手のひらに乗せた瞬間。
「――リスティっ!」
マキナの絶叫が響き渡るとともに、リスティは家の中に吹き飛ばされていた。敵の攻撃――という訳ではない、先の絶叫の主であるマキナから体当たりされたのだ。
何をするんですかと、家の中に突き飛ばされた痛みから顔をしかめたリスティが問う前に、リスティは二つのことに気づく。
一つは、体当たりをしたまま倒れたマキナの背中に、大きな傷口がついていること。二つは、マキナの背後に複数体の人形の《機械》が現れており、その鋭い腕部が明らかにマキナを傷つけたこと。
「《機械》っ……! どうして!?」
「リスティっ……外に、出ないで……!」
「マキナさん、でも……!」
「……どうしたんだ、騒がしい――みんな!」
「……危ない!」
どうして《機械》がここに。ここまで近づかれてマキナやイユが反応できない筈がない。町の前にある壁は破られてない。始めて見る《機械》、小型すぎる。マキナが傷ついている。《大型四輪》は町の外。
様々な疑問と思考がリスティの脳内を駆け巡っていくものの、最後に導き出された結論は一つだった。
――子供たちが危ない。
そこまで思考すれば後は速い、子供たちを助けようと家の外に出ようとしたリスティだったが、立ち上がったマキナに抑えられてしまう。そのまま《機械》からの攻撃はマキナに伝わっていき、《機械》の腕が振るわれる度にけたたましい破壊音が響く。
その音が奥にも響いたのだろう、バケツを取りに行っていた男性が奥から現れて、マキナが《機械》に襲われている状況を確認した。そこで男性が思考したことは、リスティと同じく子供のことだったのだろう。
反射的に駆け出した男性を止めるマキナの腕は間に合わず、男性はマキナを襲っていた《機械》にタックルを決めて吹き飛ばしつつ外に出る。ただ室内からは見えなかっただろうが、町に突如として現れた《機械》は一人ではない。
待ち構えていたように取り囲まれた男性は、あっけなく心臓を一突きされた。
「……ぁ」
「っつ……マキナさん! まずは態勢を立て直します! マキナさ――」
そうして断末魔の一つもあげることはなく、男性は外に倒れ伏した。こんな状況になってまで、子供たちを守ろうと奮闘していた男性の死に、リスティは歯噛みしながらも倒れたマキナの腕を掴む。
今は逃げるしかないと、男性がいた家の奥へと走ろうとした瞬間――リスティは見てしまった。
舞い落ちる雪が、倒れ伏した男性を覆い隠すように降り注いでいた。それだけならただの自然現象だろうが、リスティには雪が男性の傷を塞いでいるように見えたのだ。
……気のせいではない。雪は男性の全身を包み込んでいき、その身体すべてを覆い尽くしていた。
「そん、な……」
そして信じられないことに、男性は致命傷を負ったことが嘘のように立ち上がった。ただし、雪に覆われた全身は機械と化しており、町に突如として現れた《機械》と同様の姿をしていて。
そして同様の姿をした、ただしサイズが大きく違う今までの《機械》と同じく、《機械》の使命として人間を殺そうとリスティへと視線を送る。その視線は子供を守ろうとしていた優しい男性ではない、ただの《機械》でしかないようだった。
――リスティはその姿を見て、全てを理解した。理解してしまった。町に降り注ぐ雪は、男性やイユが言うような本来の雪ではなく、雪に偽造した兵器でしかない。
降り注いだ人間を、死体ですらも《機械》へと変質させる兵器。その悪質な兵器に、町に暮らしていた子供たちや男性は犠牲となった。それにいち早く気づいたマキナは、リスティに外に出るなと必死に警告したのだろう。
悪魔のような兵器への怒りを覗かせるとともに、リスティは恐る恐る自らの手のひらを見た。一片の雪を、掴んだ手のひらをだ。
――リスティもまた例外ではなく。手のひらから広がるように、機械化していくのをただ見守ることしか出来なかった。




