報告書17 少女の英雄
第一部、完
《内地》からの脱出劇はつづかなく成功し、リスティは再び《圏外》へと戻ってきていた。空中を飛翔した機械巨人は、リスティを抱えたまま近くのビルの屋上に着地し、周囲の安全を簡単に索敵していく。
安全が確認できたのか、機械巨人は仮面をスライドさせると、見覚えのある笑顔を見せる。リスティの記憶の中にあるマキナそのものであり、どうして生きているのかと驚く前に、リスティは彼女に対する申し訳なさが勝ってしまう。
「イユがすぐ迎えに来るから。ねぇリスティ――」
「……違います」
「え?」
「わたしはマキナさんが知っているリスティではないんです……」
先程リスティは、《圏外》に戻ってきたなどと自然に思考したものの、その記憶はマキナと旅をしてきたリスティのものだ。今のリスティは、マキナとの旅をしてきたリスティの記憶を受け継いだだけの、何人かいるクローンの一人にすぎないのだから。
全てが植えつけられた記憶だったリスティにとって、マキナとの旅の記憶が唯一本当の記憶だった。ただしそれすらも、ただ受け継がれただけのものとなってしまったけれど。
そうして悲しみに顔を伏せるリスティに、マキナはキョトンと首をひねった。
「それなら私だって、身体壊れる度に新しいものにしてるけど、私はあなたの知ってるマキナさんじゃないの? 悲しい……」
「え、あ、いえ、そうではなく、マキナさんはマキナさんで……その、マキナさんは、どうして……」
「……もちろんこの身体だけじゃなく、マキナさんの普段用わがままボディーも修理してあるから、安心してね!」
「は、はぁ、どうも……」
『修理したのが誰だかもお忘れなく』
「イーユー、無駄話してる暇があるならさっさと来るー」
……そんな、今のリスティは昔のリスティじゃないと、そんな一世一代の告白をしたつもりだったにもかかわらず、マキナに雰囲気をうやむやにされてしまう。確かに記憶だけを引き継いで身体は違う、という状況はリスティもマキナも同様で。
そしてクローンも《機械》も変わらない存在だというのは、他ならぬリスティがレイチェル総隊長に切った啖呵でもあった。まったくの偶然の一致であろうが、イユやリスティとの普段の会話もあいまって、リスティも別にクローンでもいいのかな……という思考が生じてしまう。
そんなリスティの隙を突くように、騙そうとも思っていない泣き真似をしていたマキナが、すっと表情を真面目なものに戻した。リスティの肩に手を置こうと動かしたものの、今の自分が機械巨人であることを思い出したのか、寂しそうに手を戻した。
「前にリスティ、言ってくれたじゃない。わたしが思うからマキナさんは人間だ、って」
「それは……はい」
「だから私も、あなたがリスティだと私が思うから」
「……ありがとう……ございます」
「よしよし、泣くならお姉さんの胸の中で……今は止めといた方がいいかな」
「な、泣いてません……そんなことより、マキナさんはどうして無事に……」
「んー。どうしてっていうと……リスティのおかげかな」
「わたしの?」
いくらでも量産可能なクローンだと、仲間や家族の記憶は全て植えつけられたものだと、故郷にもはや居場所などないのだと。そう突きつけられていたリスティに、マキナの言葉は深く沈んでいった。
何が解決したわけでもない、ただ口からのでまかせではあったものの。マキナがリスティはリスティだと言ってくれたのならば、リスティは他者から認知された上でリスティなのだから。
目元に浮かぶ涙をごまかしながら、リスティはマキナのことを聞き返す。そもそもマキナはリスティ自身が斬ったはずだと、言外に視線を向けると、マキナは説明が面倒くさそうに空中に視線を向けた。
本当にごまかそうとしているわけではない。イユに代わりに説明しろ、と言っている時のマキナお決まりのポーズである。
『……無駄話はしないで急ぐのでは?』
「リスティとの話が無駄話なわけないでしょ?」
『……リスティが去ってから、マキナは工場に修理されていました。そこに転がっていた同型機の部品を使って』
「ですがそれでは、マキナさんは人を襲ってしまうのでは?」
『はい。ですが同時に僕も起動し、平和な町で見たプログラムを作動させました』
「プログラムというのも気になりますが……そもそもイユさんも死んでしまっていたのでは……」
『僕はマキナを助けて壊れるほど愚かではありません』
「はいはいありがとね! ……平和な町っていうと、人間を閉じ込めて思考をトレースしていた町ね」
ため息一つ――実際にため息をしたわけではないが、イユとの通信用の腕輪からはそんな雰囲気が嫌でも感じられた。
そうして語り出される、マキナがこうして以前のままでいられる理由。先んじて人間の感情に目覚めながらも、破壊されていたマキナの姉妹たちの部品を使い、少なくとも肉体の修理は完了させたようだ。
ただしそれだけでは、人間を救うという使命から解き放たれたマキナは、《機械》の本能により人間を襲ってしまう。それこそリスティが、マキナを手にかけてしまう理由だったのだから。しかしてマキナはそんな本能に支配されているようには見えず、イユからは思いもよらない町の名前が伝えられた。
平和な町。バララと名乗る女性型の《機械》が、人間を常に観測することで本能に抗っていた町。つまり、今のマキナは――
『僕を通してリスティを観測し、人間の思考を学ぶことで《機械》の本能を抑えています』
「要するに! ……今の私は、リスティがいるから私のままでいられるの」
「ほんとに……同じだったんですね、わたしたち」
「うん……だからね、リスティには頼みがあるの」
「頼み?」
『連絡。そちらに向かう間に《内地》の警備隊が《機械》と交戦中。苦戦しているようですが、どうしますか?』
マキナがリスティのことをリスティだと認めてくれるから、自己をリスティとして確立できるクローンのうち一体と。リスティを通して自身を観測することで、自我を維持することが出来る《機械》と。
お互いがお互いを支えることで、始めて個となりうる――そんな脆い存在だった自分たちに、リスティは自嘲するように笑う。ただしそれは同時に、この何もかも破壊された世界での強固な繋がりでもあるはずだ、とも思った表情だった。
何にせよ、またこうして会えて、お互いに遠慮する理由もないようだ。改めてマキナが頼みをしようとしてきた時、聞き捨てならないイユからの連絡が入る。
内地の警備隊――かつてのリスティの仲間たちが、今まさに《機械》と交戦中であると。その連絡を受け、マキナはリスティに問いかける。
「リスティはどうしたい?」
「どうって……」
「私は正直ね、もう関係ない人間なんてどうでもいいの。でもリスティが助けたいなら、全力で助けにいくよ」
「わたしは……」
人間を救うという使命から解き放たれたマキナからすれば、確かにもう関係のない人間を助ける意味はない。ただリスティが助けたいならそんなリスティを助けると、マキナはリスティに決断を迫ってきた。
リスティ同様、警備隊のかつての仲間たちもいくらでも量産可能なクローンでしかない。そしてリスティからすれば、もはや内地も帰るべき故郷ではなく、むしろ総隊長はリスティを殺すべき対象としているだろう。
ならば答えは簡単だと、リスティは悩む必要すらなく決断する。
「助けにいきます! 手伝ってください!」
「……うん、それでこそリスティだ。掴まって。イユ、座標よろしく」
『了解』
「ありがとうございます!」
「んーん、私も行くつもりだったから」
「でも……」
「冗談よ、さっきのは。だって人を助けたおかげでリスティに会えたんだから、また助けた人が面白いかもしれないでしょう?」
マキナはそう言って笑いながら、仮面をスライドさせて顔を覆う。マキナがしっかりと捕まったことを確認すると、ビルの屋上からワイヤーを絡ませながら跳んでいく。内地まで飛んできた装備があれば楽だっただろうが、着地の衝撃で壊れてしまっていた。
そんな機械巨人の固く広い背中に必死でしがみつきながら、リスティは少し考えた。《機械》が人を殺すように、マキナが人を救うように。リスティが人を救うことも植えつけられた使命だったことを。
それでもリスティは人を救う。使命だからとは関係ない、それがリスティのやりたいことだからだ。
『お二人を確認しました。ご武運を』
「あら、似合わないことするのね」
『祈るのに動力はいらないのでいくらでも祈りましょう』
「マキナさん、別れます!」
「じゃあ私は指揮者を叩く」
そうしてしばし、建物と建物の間で《機械》と戦う警備隊の姿が見えた。イユは戦闘に巻き込まれないようにか、ずいぶんと遠くに大型四輪を待機させているようで、あれでは支援は望めないだろう。
ただ警備隊と戦っている《機械》は、鉄棒で武装している中型機械である《騎士型》が多数であり、数は多いが苦戦するような相手ではないはずだ。《騎士型》に苦戦しているというよりは乱立する建物に部隊が分断され、各個撃破の危機に陥ってしまったところらしい。
しかしそれは、警備隊側からの視点での話だ。空中で《騎士型》と警備隊の配置を見るとともに、イユのナビゲートがあるリスティたちには問題のない話だ。
心なしか親切なイユの祈りを聞いた後、ワイヤーで勢いを減じながら落下する機械巨人から別れ、リスティは近くの警備隊の救援へ向かう。空中からそのまま《騎士型》に飛びかかり、上空から機械柄から発生させた光刃で切り裂いた。
「そこの角を曲がったところにもう一人います! 合流して状況を立て直してください!」
「あ、あなた……誰?」
「…………え?」
「内地の隊員の服を着てるみたいだけど……違うわよね?」
空中からでは誰が誰かは判断できなかったが、リスティがまず救ったのはナールだったらしい。そのまま近くにいた《騎士型》を一掃し、親友に向き直って合流を促すと――ナールから、信じられない言葉が放たれた。
いや、少し考えればわかることだった。リスティが脱走する直前、レイチェル総隊長は「お前はお前で最後にする」と語っていた。その言葉通りにリスティを量産することは止め、他の隊員からはリスティの記憶を消したのだろう。
もはやどうしたところで、リスティに帰る場所などないのだと思い知らされたようで。歯噛みしたがる衝動に駆られるが、今はそれどころではないと、もはや親友ではない親友に再び声をあげる。
「今はそれどころじゃありません、早く合流しないと」
「そっ……そうね、ありがと。空から降ってきたみたいだけど、状況を確認してくれたのかしら?」
「はい。近くにいる警備隊の方を」
「……信じるわ、一緒に行きましょう」
そして危機を救ったにもかかわらず、ナールから感じるのは警戒の視線。当然だ、いきなり空中から現れた、自分たちと同じ服を着た不審者を警戒しないわけがない。
さらに今まではリスティを引っ張ってくれた親友との他人行儀な、リスティが上位のような会話は……リスティにとって、もう耐えられるものではなかった。涙をこらえて共に《騎士型》を破壊しつつ、他の隊員と合流すべく向かった角の先には、小隊の残る三人が集結していた。
「ナール! ……無事だったか……」
「はい、みんなこそ」
「ああ、《騎士型》が勢いを減じてなんとかな……そいつは?」
「私はこの人に助けてもらったんです……まだ聞いてなかったけど、あなたは?」
「わた、しは……」
「……言いにくかったら言わなくていいわ。だけどよかったら、私たちの国に来ない? 歓迎するから!」
「……おい、勝手に……」
「大丈夫ですよ!ね、どう?」
恐らくマキナとイユが《騎士型》を指揮していた者を破壊したのだろう、リスティも途中から《騎士型》の動きが悪くなったように感じていた。おかげで小隊に犠牲もなかったようで、ナールは小走りで小隊の方に合流していく。
そして小隊の仲間どうしで無事を喜びあう姿に、リスティが介在する隙間はもはやない。それからしばし、小隊長らしくレナードがリスティを観察し始めたが、対称的にナールは親しげにリスティへ語りだした。
命を助けられた恩からか、先程の警戒心はもはやない。それどころか、見ず知らずとなったリスティを国に来ないかと誘う姿に、親友は何も変わっていない、とリスティは心中で安堵する。
「すいません、わたしは行けません。代わりに、一つ頼まれていいですか?」
「……何をかな?」
「これ、レイチェル総隊長に渡してください」
しかしナールの申し出を受ける訳にはいかない。もうリスティには、帰るべき故郷はないのだから。
その意思を示すように、警備隊員服からその証たるワッペンを引き抜くと、ナールに渡してリスティはきびすを返して歩きだした。もう振り向くことはないし、もう会うこともないだろう。
そうして自らの意思で故郷を捨てたリスティに、クラクションの音がかけられる。すぐ近くで警備隊からは見えないように待機していたのか、以前のままの《大型四輪》がそこにはあった。吸い寄せられるようにそちらへ向かうと、後部の生活スペースの入り口を開けた。
「お帰り、リスティ」
「マキナさん……マキナ……さん……マキナさん……!」
「よしよし。今度こそお姉さんの胸で泣いていいから、ね?」
「う……ああああ!」
《大型四輪》の中にいたのは機械巨人ではない、普段のままのマキナだった。機械巨人への換装のために身体に貼りついたぴっちりとした服を着て、ずっと笑顔を絶やさないけどたまに突拍子もないことをする――普段のマキナさんを見て、リスティは我慢できずに抱きついた。
機械で出来た彼女の身体はリスティを軽々と受け止め、頭を撫でながらリスティの顔を胸にうずめさせた。人間を模して作っているのだろう、柔らかい感触がリスティを包み込んだが、機械が故にどうしても冷たかった。
ただ今のリスティには、その冷たさが心地よかった。故郷も、家族も、記憶も、仲間も、全てをなくした、いや最初から何もなかったリスティには。
「ねぇリスティ……さっき頼みがあるって言ったこと、覚えてる?」
「……はい……」
「私ね、考えたの。どうしてリスティに嫉妬しちゃったか……それは、好きだから。リスティみたいになりたいって、好きだから思ったの」
「それは……」
「ごめんね、先に言わせて。だから頼みっていうのは……リスティが死ぬ前に、また私を壊してね」
「マキナさん……」
「本当は私が死ぬまで生きて……なんてロマンチックなこと言いたいんだけど、ほら、私の身体、こんなだから……」
リスティを慰めるために手を動かしながら、マキナはまるで子守唄でも歌うように語りだした。
警備隊を助けに行く前に語ろうとしていたマキナの頼み、それはいつかの未来で再びマキナを壊すこと。機械として設定された使命をも上回るほどに得た嫉妬の理由は、マキナがリスティを愛してしまったからだと、リスティのようになりたかったからだと。
しかしリスティが死ねば、またもやマキナは機械の本能に支配され人間を襲う。それではリスティのようにはなれないと、リスティが死ぬ前にマキナを壊して欲しいと。その頼みを聞いたリスティは、涙を拭いながらマキナに向けて顔を上げた。
「……条件があります」
「条件?」
「はい。わたしが死ぬまで、マキナさんは生きていてくださいね」
「……ロマンチックな条件ね。受けるわ、その頼み!」
「はい。ではわたしも、マキナさんに頼まれました!」
リスティは死ぬ前にマキナを壊す。マキナはリスティが死ぬまでに生きる。そんな口だけの約束を結んで、リスティとマキナは少し離れた。リスティは開けっ放しだった生活スペースの扉を閉じ、マキナはキッチンへコーヒーを淹れにいきながらイユへと話し出す。
「イーユー! 出発!」
『どちらへ?』
「んー、とりあえず《機械》の勢力圏からは外れて……」
「内地の向こう側には何があるんでしょう?」
『特にこちらと変わらないでしょう、こんな世界です』
「じゃあそっちに出発! リスティもそれでいいよね?」
「はい!」
確かに故郷も家族も記憶も仲間もなかったけれど。リスティには、機械仕掛けの英雄がいた。
リスティが友達にだけ敬語使わないの好きって書いた次話にその友達に敬語使わせざるを得ない状況にするとか作者には人の心がないのか?
そんなこんなで第一部、完となります。正直、リスティもマキナも話が終わってしまった感じで二部がどうなるか分かりませんが、とりあえず考えているところであります。第一部を読んでいただきありがとうございました!




