↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空飛ぶ令嬢は逃げ出したい!~偽装婚約した元・特務部隊の辺境伯様(中身は過保護な大型犬)からの殺人的な溺愛~  作者: みょんたま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/31

『俺が脱がしてやるよ。大丈夫、目を閉じてるから』って、そういう問題じゃなーーい!!命懸けの呪いのはずが、なぜか下着を脱がされかけています!?

 浮かないように、ぴたりと身体を密着させられ、腰と肩に腕を回された。

 軍帽の奥、焦燥に駆られた青い瞳が、目と鼻の先に迫る。

 こんな異常事態でなければ、恥ずかしさで狂い死にしていたかもしれない距離だった。


「あー、じっとすることってできる?」

「は、はい……!」


 低い声で言われ、エマは大人しくロビンの軍服をつかんだ。

 ふと見上げると、ロビンの綺麗な瞳が至近距離で見えて、胸が大きく高鳴ってしまう。


 街の悲鳴を聞きつけた衛兵たちが大通りへなだれ込み、残っていた強盗たちを次々と取り押さえていく。

 屋根の上にいたフードの男も、逃げようとしたところを駆けつけた憲兵たちに捕らえられ、路地へ引きずり下ろされた。


「放せ! 放せぇっ!」


 男が激しく暴れた拍子に、外套の内側へ隠されていた金属飾りの鎖が、ぶちりと切れた。

 チリン、と澄んだ音を立て、石畳の上へ落ちる。

 それは何度か跳ね、ロビンに抱き留められているエマの足元まで転がってきた。


 そこに刻まれていたのは、白銀の冬薔薇。

 幼い頃から、屋敷に掲げられた大旗で、父の嵌めていた指輪で、何度も目にしてきたシンボル。

 見間違えるはずがない。


「どうして……」


 エマの顔から、すうっと血の気が引いた。


「ウィンター家の……紋章……?」


 すべてを捨て、逃げてきたはずの過去。

 それが半年の時を経て、エマへ追いついた瞬間だった。


 エマの呟きを聞いたロビンの青い瞳が、わずかに細くなる。


「隣の領地か」


 彼はそう呟いただけで、エマには何も尋ねなかった。


(昔見られたネックレスと同じ紋章だとは、気づいてない……?)


 エマは胸にかけたネックレスを思わず掴んだ。


「そいつらは全員、生かしたまま拘束。瓶の破片も一つ残らず回収して」


 部下へ命令しながら、金属の飾りを拾い上げた。


「街の出入り口を封鎖。ほかに仲間がいないか調べて。被害に遭った店と住民の確認も」

「承知しました!」


 号令を受けた部下と思しき方々が散っていく。 


「俺は彼女を城で魔法使いに見てもらう」

「えっ、お城!? 私はパン屋へ帰ります!」

「その状態で?」


 ロビンがエマを抱いた腕を、わざと少しだけ緩めた。

 身体が、ふわりと持ち上がる。


「ぎゃ! やっぱりお城でお願いします!」

「素直でよろしい」

「それより、お店の荷馬車が!」

「部下に戻させるよ。茶房への配達が終わってることも、さっき確認した」


 手回しの早さにエマは目を丸くした。


「いつの間に!?」

「君が逆さになって、紫の下着を見られたと騒いでいる間に?」

「〜〜!!! あの色はっ! ラベンダー色です!」

「そこ重要?」


 顔を真っ赤にして抗議するエマを、ロビンは涼しい顔で受け流す。


「そもそも見ないでください!」

「事故だよ、事故」

「あああああれは! 私があまりにも下着を持ってないからっておばさまが!買ってくださった貴重な一張羅なんです色は私が選んだわけじゃなくて本当は私は白とかピンクとか水色が好きなんだけどでもでもおばさまがっ!」

「はいはい、ちょっと静かにしてね?」


 一気に捲し立てるエマ。しかしロビンは気怠げに答えただけで、エマを抱いたまま黒馬へまたがると馬を走らせた。


 ◇


 それから半刻後。

 エマはロビンの腕に抱かれたまま、ロウルの街を見下ろす高台の城へ運び込まれた。

 そこからは、何もかもが怒濤の勢いで決まっていった。


 若き魔術師シリル・グレイによる診察。

 解呪薬の完成まで、この城で保護されること。

 パン屋の常連軍人だと思っていたロビンが、実はブラックウッド公爵家の次男であり、この地方を治める辺境伯だったこと。


 さらには、未婚の男女が同じ屋敷で暮らしても不自然に思われないよう、二人を婚約者ということにするという、とんでもない提案まで本人が話についていけていない間に、すべてが勝手に決められた。

 そして、あまりにも整ったロビンの素顔を初めて見たエマは、恥ずかしさのあまり彼の胸を押し、その腕から脱出してしまい――。


 ゴツン!


「っっったぁ!?」


 魔術研究室の天井へ、頭をぶつけた。


「ほら、言わんこっちゃない」


 エマは頭を押さえ、涙目になった。

 慌ててスカートの裾を集め、体育座りのように両膝ごと抱え込む。長い髪と布地だけは重量に素直なようで地面に向かって垂れた。


 その姿勢で恐る恐る下を見ると、ロビンはやれやれと首を振りながら、再びソファへ座っていた。

 何事もなかったように長い脚を組み、優雅に紅茶を飲もうとしている。

 一方のシリルは腰へ手を当て、呆れた顔で天井のエマを見上げていた。


「それで? あなたの名前はエマ。姓はなんです?」

「……あ、ありません」

「そんなわけがないでしょ? 今時苗字がないとかある?」


 エマの肩が小さく跳ねた。

 先ほど見た冬薔薇の紋章が、脳裏へ蘇る。


「私は……ただのエマです。〈麦穂亭〉で、売り子をしています」


 シリルは疑わしそうに眼鏡を押し上げた。


「ですが――」

「本人がそう言ってるんだから、今はそれでいいんじゃない?」


 ロビンが紅茶を飲みながら、気怠そうに口を挟んだ。

 エマは、思わず彼を見る。

 ロビンは何くわぬ顔でカップへ口をつけている。

 街でエマが紋章の名を口にしたことについても、尋ねようとはしなかった。


「おいくつですか?」

「は、二十歳です」


 ロビンとシリルがびっくりしたように眉毛を上げた。


「嘘は付かなくて結構。どう見たって17かそこらじゃないですか」

「う、嘘じゃありません!成人しています!!」


 シリルの鋭いツッコミにエマは必死で説明した。


「……まあ、身元については後ほど調査します。それより、いつまで天井にいるつもりですか」

「私だって、好きでここにいるわけではありません!」


 シリルが渋々、エマへ手を差し出した。

 瞬間、ロビンの眉がピクリと動いたが、本人含め誰も気づかなかった。


「ほら。早く降りてきてください」


 エマも天井から身を乗り出し、その手をつかむ。

 シリルが下へ引いた。

 しかし、エマの身体はびくともしない。


「……何をしているんです?」

「引っ張ってくださいよ!」

「引っ張っていますが?」

「もっと強くお願いします!」


 シリルが眉間へ皺を寄せ、両手でエマの腕をつかんだ。


「では、いきますよ」

「お願いします!」


 ぐぐぐぐぐっ。

 エマの身体が、ほんの少しだけ天井から離れる。

 しかし同時に、肩と腕へ強い痛みが走った。


「痛い痛い痛い! 腕が抜けます!」

「あなたが強く引けと言ったんでしょう!」


 キュポンッ!

 シリルの手がすっぽ抜けた。

 反動でエマの身体が天井へ戻り、再び頭をぶつける。

 ゴツン!


「いったぁぁぁ!」


 ロビンは深いため息をつき、紅茶をソーサーへ戻しサイドテーブルに置いた。百八十七センチの長身を伸ばし、エマの手首を片手でつかむ。


「暴れないでね」

「は、はい」


 シリルが二人がかりでもろくに動かせなかった身体を、ロビンは片腕だけで、いとも簡単に引き下ろした。

 エマの腰へ腕を回し、浮力にさらわれないよう胸元へ抱き込む。さらに後頭部へ手を添え、自分の肩口へエマの顔を押しつけた。 そのまま何食わぬ顔でソファへ腰を下ろす。


 長い脚を組み直し、片腕でエマの腰を抱いたまま、空いている手で紅茶を持ち上げた。シリルが両手で引っ張ってもびくともしなかったエマを片腕で難なく押さえ込み、微動だにしない主の姿に、シリルは感心したように眼鏡を押し上げる。


「なるほど。並の腕力では制御できない、と」


 シリルが冷静に呟く。


「失礼ですが、エマ様の体重は何キロでいらっしゃいます?」

「え、ええ?た、確か…四十五キロく、らい?」


「ふむ。そして閣下は?」

「俺?俺は八十五キロくらい?」


 シリルはエマの肉付いていない体躯と、筋肉質な大柄なロビンを見比べ、なるほどと頷いた。


「私の腕力では引き剥がされそうになりましたが……エマ様の体重と浮力、その両方を相殺して地上に留めておくには、閣下の規格外の筋力と、八十五キロの『重石』が不可欠だということですね」

「俺を文鎮か何かだと思ってる?」

「いえ、エマ様専用の重石としてちょうどいいと言う話ですよ」


 約二倍の体重差と元・特殊部隊の腕力がある彼だからこそ、上へ向かう強い引力に重心を持っていかれず、こうして平然と抱き止めることができるのだ。


 ずずっ、と頭上から紅茶を啜る音が聞こえた。 一方のエマは、爆発寸前まで顔を赤くしていた。目の前で男らしい喉仏がこくこくと上下する。


(どうしてこの人、この距離で平然と紅茶を飲めるの!?)


 耳を胸板へ押しつけられているため、ロビンの心臓の音まで聞こえる。

 ハッカのような香りと紅茶の香りが混ざって、妙に色っぽい。


「ロ、ロビンさん」

「何?」

「もう少し、離れていただけませんか」

「離したら浮くよ」


 あしらわれて、エマはさらに顔を赤くした。


「では、少しだけ腕を緩めて……」

「また下着を見せたいの?」

「な!?み!見せてません! 勝手に見えちゃっただけです!」

「同じじゃない?」

「全然違います!」


 エマがむっと唇を尖らせる。

 ロビンはその口元を見下ろし、青い瞳をわずかに細めた。


「あー…。その口、やめてくれないかな」

「なぜです?」

「気になるから」

「……はい?」


 一体何が気になるというのか。エマは自分の口をモゴモゴと動かした。


「診察を続けますよ」


 シリルの冷たい声に遮られ、ロビンは何でもないように紅茶へ目を落とした。

 シリルは机の上に置かれた硝子瓶の破片と、銀色の液体が染み込んだエマの服を調べていた。


「これは人間が、明確な殺意を持って作った呪薬ですね」

「殺意……?」

「本来は、あの瓶一本分をロビン様へ浴びせるつもりだったのでしょう」


 シリルが、瓶の破片を細い器具で持ち上げる。


「全量を浴びれば、身体は一気に上空へ放たれます。そして効果が切れれば、そのまま落下する」

「そんな……」

「閣下ほどの人間を正面から殺すのは難しい。だから、いっそ空へ飛ばして戦闘力をなくし、薬が切れたら落ちていって、落下死させる。薬が切れた頃に落ちるのだから、証拠はない。これなら誰が殺したかわかりませんからね」

「じゃあ、私が浴びていなければ……」


 エマは、ロビンの軍服を握った。


「あなたが庇わなくても、俺は避けられたよ」

「それなら、もう少し早く避けてください!」

「君が飛び込んでくるとは思わなかったんだよねえ」


 ロビンは困ったように息を吐いた。

 だが、腰へ回された腕には、先ほどよりも強く力が込められていた。


「幸い、エマが浴びたのは半量ほどです。一気に雲の上まで飛ばされることはない。ただし、絶えずゆるゆると上へ引っ張られる状態が続きます」

「いつまでですか?」

「分かりません」

「分からない!?」

「初めて見る術式です。数日か、数週間か。数か月続く可能性もあります」


 エマはがっくりと肩を落とした。


「魔法で押さえることはできないんですか?」

「試しましたが、この呪いは加えられた魔力を吸収します。魔法で押さえ込もうとすればするほど、浮力が強くなる」

「重たいものを持てば……」

「細い鎖や重りで無理に固定すれば……まぁ数分程度なら保つでしょうけど、そのうちに関節や皮膚を傷つけるでしょうね。私が引いただけでも、腕が抜けそうになったでしょう?」


 シリルは眼鏡を押し上げた。


「城内には、丈夫な絹のリボンと持ち手を設置しましょう。廊下、寝室、浴室。天井のある場所なら、リボンを伝って移動できます」

「では、それをパン屋にもつけていただければ――」

「あなたって本当に馬鹿ですね。帰れると思っているなら、まず自力で床へ降りてみてください」

「……無理でした」


 エマがうなだれると、シリルは冷ややかに続けた。


「それに、逃してしまった犯人が何人かいるのです。彼らはあなたの顔を知っています。再び狙われる可能性がある以上、解呪薬が完成するまでは城から出せません」

「そんなぁ、帰らないとおじさまとおばさまが心配します!」

「それなら、荷馬車を戻す部下に伝言を頼んだよ。『エマはしばらく城で預かる。心配はいらない』って」

「か、勝手に人を預からないでください!」

「じゃあ、犯人の仲間が待ってるかもしれない店へ帰す?」


 ロビンの正論に、エマはぐっと言葉を詰まらせた。


「う……。でも、常連さんの好みやお買い物帳のことは、私にしか分からないこともありますし……。仲良くしてくださっているお客様だって心配します」

「……仲のいい客?」


 ロビンの声が、ほんの少し低くなった。


「それって、朝の商人の息子たち?」

「え? まあ、あのお二人も――」

「別に気にしなくていいよ。あんな雑魚」

「ざ、雑魚!? お客様になんてことを言うんですか!」

「事実でしょ。君が数日いなくても、あれだけ元気なら死にはしないよ」

「そういう問題ではありません!」


 エマが抗議している間にも、腰へ回されたロビンの腕には、知らず知らずのうちに力がこもっていた。


「……ずいぶん個人的な評価ですね」


 シリルが冷ややかに指摘する。


「治安上の、客観的な評価だよ」

「どのあたりがなんです?」

「てゆーか話を進めてくれない?」


 ロビンは気怠そうに答え、何でもなかったように紅茶へ口をつけた。

 シリルがロビンを指した。


「今のところ、あなたを傷つけずに浮力を制御できるのは、ロビン様だけです」

「やっぱり、そうなるんですね……」

「そのための婚約者設定です」

「それは関係ありません!」


 エマの声が、研究室へ響き渡った。

 そのとき、ふと大切な問題へ思い至る。


 寝室。廊下。浴室。

 日常生活に必要な場所が、次々と挙げられたのは覚えている。

 しかし、まだ一つ足りない。


「あの……シリル様」

「何です?」

「お手洗いは、どうすれば?」


 研究室が、しんと静まり返った。

 シリルは眼鏡の奥で目を瞬いた。

 ロビンも紅茶を飲む手を止める。


「お手洗いにも、リボンを設置すればよいのでは?」

「リボンを左手で掴んだら、足が上がっていくんですが、その状態で右手であの、あの、あの脱ぐって言うのがちょっと想像つかないんですが?」

「…………」

「いろいろと、両手が必要なのですが」

「…………」


「なぜ二人で見つめ合っているのです!?」


 シリルが無言でロビンを見た。

 ロビンも無言でシリルを見ていた。


「「…………」」






 数分後。


「いやー!!!!!」

「大丈夫だって。目を閉じてるから」

「やめてやめてやめて!」

「俺が脱がしてあげるってば。なに変な想像してんの? やらしいなぁ」

「そういう問題じゃありません!」


 ロビンがショーツを脱がせようとして、スカートに手をかけたのだった。

体重の説明を足して、誤字脱字修正しました!メッセージでご指摘いただいた方々ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
みょんたまさんの激しいムーンライトのファンです(爆) ぜひこの作品もムーンライトで爆発させていただきたい。浮きながらのあれこれなどいかがでしょうっ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。