馬車の中。キスが止まれなくて困っちゃう二人。
王都を出発し、ウィンター領へと向かう豪奢な馬車の中。
エマはロビンに買い与えられた旅行用のドレスに身を包み、肩のあたりで揺れる短くなった髪には、可愛らしい空色の帽子を被っていた。
だが、その肩はガチガチに力が入って限界まで上がり、今にも耳たぶにくっつきそうなほど竦んでいる。
無理もない。その細い肩をロビンががっちりと抱き寄せ、空いた大きな手でエマの後頭部を固定しているのだから。
「もう! もう浮かないって言ってるじゃないですか! 離してくださ……っ、だ、ちゅ……ふ、もう! 喋らせてく……んっ、あ……ん〜〜〜!!!」
ドンッ!!!
言葉の途中で何度も唇を塞がれ、ついに羞恥と息苦しさの限界に達したエマが、ロビンの厚い胸板を思い切り両手で押し返した。
だが、鍛え上げられた辺境伯の身体はびくともしない。
「……ねぇ。少し黙って、エマ」
「っ!」
「やっと二人きりになれたんだ。……君は昨日、自分がどう夜を過ごしたか忘れちゃったの?」
底冷えのするような、それでいてひどく甘い声で責められ、エマは目を見開いて顔を限界まで真っ赤にさせた。
――昨夜。あの熱烈なプロポーズとキスの後。
気を利かせた国王陛下が、あろうことか二人を王宮の同じ部屋に泊まらせたのだ。
タウンハウスに帰るから結構です!と慌てて辞退するエマに対し、国王はバッチーンと豪快なウィンクを送ってきた。
『野暮なことを申すでない! 見よ、この辺境伯の、餌を待つ犬のような顔を!』
あれよあれよと言う間に豪奢な寝室に案内されたエマは、扉が閉まった瞬間にベッドへと押し倒された。降り注ぐ熱烈なキス、甘い吐息、ロビンの焦らような愛撫。そして……。
エマが次に気がついたとき、窓の外は爽やかな朝を迎えていたのだった。(爆睡である)
「あれっだけ雰囲気があったのに、よくスヤスヤと寝れるね!?」
「だ、だって! だって、初めてお酒を飲んだんです! あんなに眠くなるなんて知らなかったんだから、仕方ないじゃないですか!」
「ひどい妻だ……」
ロビンは眉を寄せて恨めしそうにエマを見つめたあと、その首筋にスリと鼻先を擦り寄せた。くん、とエマの甘い肌の匂いを深く吸い込む。
「……初めて会った日から、不思議だった。君からは、ひどく甘い匂いがする」
「そ、そんなこと言うの、ロビンさんだけですっ」
「他の男に嗅がせたことがあるなら、そいつを殺す」
「な、何を言って……ひゃあっ!?」
ゾクリとするような独占欲を囁いた直後、ロビンの熱い舌が、エマのうなじから耳裏にかけてをチロリと舐め上げた。
「な! ななな!?」
「もう黙って」
抗議の声を上げるエマの唇を見つめ、ロビンは飢えた獣のようにかぶりついた。
「!ロビ……っ!」
「…………」
エマが驚いて目を見開く中、ロビンは重い体躯でエマを追い込むように抱き抱え、馬車の広い座席の上にそのままエマを組み敷いた。
逃げ場を失ったエマの真上で、ロビンが少しだけ顔を離し、青い瞳に甘い熱を宿して囁く。
「好きだ……」
熱に浮かされたようなストレートな言葉に、エマは眉尻を下げて、ふにゃりと柔らかく笑った。
「……私も、です」
その返事が合図だった。
エマの口内に、ロビンの熱い舌が遠慮なく入り込んでくる。口内を暴き、隅々まで味わい尽くすような熱いキス。
やがてロビンのキスは、まるでその後の行為を連想させるかのような、ひどく淫らで執拗なものへと変わっていった。舌を絡めながら何度も奥へと出し入れを繰り返し、エマの柔らかい上顎を撫でるように舐め上げる。
「ふっ、んん……ぁ……っ」
生々しい快感に、エマは自分の中の何かが熱く疼くのを感じた。無意識のうちに、ロビンの下でむず痒さを誤魔化すように、もじもじと両膝を擦り合わせてしまう。
――瞬間。ロビンがバッと顔を離し、信じられないものを見るような目でエマを見下ろした。
「……それは、わざと?」
「え? な、何がですか?」
すっかり蕩けた瞳で、エマは「何が?」とばかりにキョトンと首を傾げる。
その無自覚な愛らしい仕草に、ロビンは「はぁー……っ」と天井を仰いで深すぎるため息をついた。
そしてエマを抱き起こすと、自分の向かいの席へとドサリと座らせる。
「……まさか、初めてをこんな揺れる馬車でってわけにもいかないしね」
「……! あ、当たり前です! 何を言ってるんですかっ!」
エマが顔から火を吹きそうになりながら抗議するが、ロビンは流れる車窓の景色へチラリと視線をやった。馬車はまだ、王都を出発して走り出したばかりだ。
「三日間、この狭い馬車の中で……俺がどこまで我慢できるか、試してみる?」
「~~~~っ!!」
エマはもう、何も言い返せなかった。
ただ、首まで真っ赤にしてふるふると首を振ることしかできない。
ロビンは満足げに喉の奥で低く笑うと、再びエマの唇を、今度は先ほどよりもさらに深く、甘く、食べ尽くすように塞いだ。
チュッ……ちゅる……っ。
「はぁ。なんだろ。なんていうの?やめれないなぁ。」
そう呟くと、ロビンは我慢ができないとでも言うように鼻をエマの鼻に擦り付け、そしてもう一度唇に吸い付いた。
車内に響く水音がさらに濃密に、ひどく淫らなものへと変わろうとした、その時だった。
――ゴンゴンゴンッ!!
突如、エマの背後にある御者席側の壁から、遠慮のない抗議のノックが乱暴に響き渡った。
『前に私が座っていることを、お忘れなく!?』
御者台から、お疲れ気味のシリルの声が筒抜けで響いてくる。
「ひゃっ!?」
ビクッと肩を跳ねさせたエマが、慌ててロビンの胸を押し返す。
「あ、あの、ロビンさんっ! シリル様が怒って……!」
「…………」
ロビンはピタリと動きを止め、壁の向こうへ向かって特大の舌打ちをひとつ落とした。
そして、エマの腰をガッチリと抱き寄せたまま、抗議のノックを完全に無視してもう一度エマの唇を塞ぎにかかった。
「んんっ!? ちょっ、ロビンさん! 無視しないでっ……んふぁっ」
「聞こえない。領地に着くまでの三日間、外からの音は全部無視する」
「無茶言わないでくださぁぁいっ!!」
ゴンゴンゴンッ!! と再び鳴り響くシリルの怒りのノックと、エマの涙目の悲鳴。
それすらも甘い口づけで強引に飲み込みながら、ブラックウッド辺境伯夫妻を乗せた馬車は、賑やかに、そしてひどく熱く揺れながら、二人の帰るべき領地へと走り続けていくのだった。




