大団円。〜花火の下で極甘プロポーズを受けましたが、王宮の修理費は死神のポケットマネーからきっちりお支払いいただきます〜
祝賀パーティの三日目の夜。
会場は、大広間から王宮の広大な庭園へと急遽変更され、華やかなガーデンパーティが催されていた。無理もない。
昨夜、とある辺境伯が天井のガラス窓を派手にぶち破ってくれたおかげで、大広間には今も爽やかな風が吹き込んでいるのだから。
「エマ様、完成いたしましたよ」
王宮の客室で、専属の美容師が満足げに鏡を指差した。鏡の中には、見違えるように愛らしい少女の姿があった。エスターに無惨に切り落とされた髪は、プロの技術によって綺麗に整えられ、毛先がふんわりと弾むような内巻きのボブスタイルに生まれ変わっている。頭には空色のリボンが結ばれ、ロイヤルブルーの豪奢なドレスとパールのアクセサリーが、エマの白い肌をこれ以上ないほど美しく引き立てていた。
「わぁ……! ありがとうございます!」
「とてもよくお似合いです。さあ、閣下がお待ちですよ」
エマが足枷を鳴らしながら控室を出ると、扉の前に立っていたロビンがパッと振り返った。漆黒の軍礼服を完璧に着こなし、銀灰色の髪を風に揺らすその姿は、絵画のように美しい。だが、エマの姿を見た途端、彼の青い瞳は驚きに見開かれ、そのまま言葉を失って固まってしまった。
「あ、あの……変、ですか?」
エマが恥ずかしそうに頬を染めて俯くと、ロビンは「あー……」と頭を抱え、天を仰いだ。
「……可愛すぎる。やっぱり他の男に見せたくない。今から部屋に戻るか?」
「なっ、何言ってるんですか! 主役の私たちが欠席するわけにはいきません!」
エマがポカポカとロビンの腕を叩いていると、そこへフラフラとした足取りのシリルが現れた。その目の下には、恐ろしいほど深いクマが刻まれている。
「……終わりましたよ、領主様」
「シリル様!? まさか、徹夜で……!」
「ええ。王宮の魔術師殿と一睡もせずに、あの禁書から逆算して調合しました。……さあ、エマ様。これを」
シリルが差し出した小瓶の薬を、エマは一気に飲み干した。ほんのりと甘いハーブの味が広がり、やがて、身体の芯を覆っていた奇妙な感覚がすうっと消えていくのが分かった。
ロビンが、エマの足首からそっと足枷を外す。
「……浮かないわ」
エマは恐る恐る爪先を動かし、そして、しっかりと両足で大理石の床を踏み締めた。
「私……自分の足で立ってる! 立ててます、ロビンさん!!」
「……ああ」
ロビンはクシャッとした、最高に愛おしそうな笑顔を浮かべると、感極まって飛びついてきたエマを力強く抱きしめた。
「これでようやく、重い足枷もリボンもなしだな」
「はいっ!」
◇
ガーデンパーティの会場。
そこには、ロビンが用意したとっておきのサプライズが待っていた。
「お嬢様!!!!」
「マーサ…?」
あの日、ウィンター城で生き別れたマーサが、立っていたのだ。
エマは走って、マーサの胸に飛び込んだ。
「マーサ!マーサ!!!」
「…あぁお嬢様!こんなに髪が短くなってしまわれて……」
「いいの! 髪なんてまた伸ばせばいいわ。マーサが無事なら、それで!」
「ロビン様が、南の親戚の元へ逃げていた私を、密かに探し出して王都へ呼んでくださったのです」
「え……ロビンさんが……?」
マーサは少し離れて、エマを見た。
「とても綺麗ですよ、お嬢様。きっと天国の父君と母君も、自慢の娘だと胸を張っているはずです」
「ありがとう、大好きよ! マーサ!!」
エマは涙ぐみながらその言葉を受け取って、もう一度二人は抱き合った。
エマはマーサに抱きしめられながら、マーサの肩越しにいるロビンを見つけた。
ロビンは何も言わず、ただ優しく頷いた。
エマも涙を浮かべたまま、ただ、嬉しそうに微笑み返した。
「さぁ、行ってください。」
エマは頷いた。
マーサはエマの手を引いて、ロビンの元まで連れて行くと、ロビンがそっとエマの手を取った。
会場へ足を踏み入れた二人の後姿を、マーサは涙ぐみながら見つめた。
――障害がすべて消え去ったロビンの『ストッパー』は、完全に崩壊していた。
「あ、エマ。あっちに君が好きそうなフルーツのタルトがあるよ。取ってこようか?」
「本当ですか? 食べたいです!」
「待ってて。……おい、そこのお前。俺の婚約者に何か用か?」
エマに声をかけようと近づいてきた若い貴族の男を、ロビンは振り返りざま、特務部隊の『死神』そのものの絶対零度の視線で射抜いた。
「ひぃっ!? い、いえ! 何でもありません!」
震え上がって逃げていく男を見送ると、ロビンは再び振り返り、大型犬のように尻尾を振らんばかりの甘い笑顔に戻る。
「エマ、イチゴのやつでいい?」
「えっ、あ、はい……」
(――情緒が凄まじいことになってるわ)
王都中の貴族に「これは俺の女だ」と見せつけるように腰を抱き寄せ、近づく男は死神の眼差しで排除し、エマにはひたすら甘々な大型犬モード。そんなロビンの過保護っぷりに、エマが少しだけ呆れながらも頬を緩めていると――。
「見事に出し抜かれましたよ。ブラックウッド辺境伯」
優雅な声とともに現れたのは、真っ白な海軍礼服を纏ったカエサルだった。ロビンが反射的にエマを背中に隠し、チッと舌打ちをする。カエサルはそんなロビンの威嚇を涼しい顔で受け流すと、エマに向かって恭しく一礼した。
「エマ嬢。新しい髪型も、とてもよくお似合いだ。……私の負けですね。今回は、身を引くことにしましょう」
「カエサル様……」
「だが」
カエサルはふっと甘い微笑みを浮かべ、エマの手を取ろうとした。ロビンがすかさずその手をバシッと払い落とすが、カエサルは意に介さず、海色の瞳でエマを真っ直ぐに見つめた。
「私の船に乗せることはできなかったが……もし、彼が君を泣かせたら、いつでも海軍が迎えに行く。それだけは覚えておいてください、私の美しい人」
「おいこら。俺のエマに二度と近づくな。海に沈めるぞ」
「ははっ、せいぜい大事にすることですね、元・大尉殿」
カエサルはウィンクを残し、最後まで完璧な『美しい当て馬』の姿を見せつけて、優雅に会場の奥へと去っていった。
「あいつ、マジで一回沈めようかな……」
「まあまあ、ロビンさん。怒らないで」
本気で苛立つロビンの胸板をエマが宥めるように撫でていると、庭園の中央から、軽快なオーケストラの調べが響き始めた。
「エマ」
ロビンが、エマの前に恭しく手を差し出した。
「今度は、足枷もリボンもなしだ。……俺と、踊ってくれる?」
「はいっ!」
エマは満面の笑みでその手を取った。
月明かりの下、柔らかな芝生の上で、二人はステップを踏み出した。もう浮力に邪魔されることもない。足枷の重さもない。
ただ、愛する人の腕の温もりだけを感じながら、エマは軽やかに宙を舞うように踊った。ロビンのリードは完璧で、二人の息はこれ以上ないほど合っている。
周囲の貴族たちも、見目麗しい二人の『本当のダンス』に目を奪われ、うっとりとため息を漏らしていた。
やがて曲が終わり、静かに見つめ合う二人。
何の障害もなく、自分の足でしっかりと大地に立ち、愛する人の腕の中にいる喜び。その胸の奥から湧き上がる温かい感情に背中を押され、エマの口から自然と、その言葉がこぼれ落ちていた。
「私……ロビンさんのことが、好きです」
「……え?」
「あっ!」
「……え?」
言ってしまってから、エマはカッと顔を真っ赤にして両手で口を覆った。
(ああっ、言っちゃった! こんな、みんなが見ている前で!)
一瞬、ロビンは本当に何を言われたのか分からないような顔をした。
だが次の瞬間――この世の春が来たかのような、最高に甘く蕩ける笑顔を向けた。
「俺も好きだよ、エマ」
そう囁くと、ロビンはポケットの中から、小さな何かを取り出した。
シャラリ……。
エマは、それを見て思わず両手で口を覆った。
「ロビンさん、それ!」
「大至急で手直ししてもらったよ」
昨夜、王室御用達の高級ジュエリーショップに大至急で依頼したのだ。
ぐにゃりとへし曲がっていたペンダントトップは、美しく整えられ、ひび割れた箇所には、その傷跡を覆うように小さなサファイアが丁寧に嵌め込まれている。
ロビンはエマの首にペンダントをかけてやると、一歩下がり、エマの前で静かに片膝をついた。
周囲の貴族たちがハッと息を呑む。
漆黒の軍礼服を着たかつての「死神」が、ただ一人の少女のために、最も美しい所作でかしずいている。
ロビンはエマの小さな手を取ると、その甲にそっと誓いの口づけを落とし、真っ直ぐに彼女を見上げた。
「俺と、結婚してください」
エマの瞳から、嬉し涙がふわりと溢れ出した。
もう、迷う理由なんて何一つなかった。
「……はいっ!!」
満面の笑みでエマが頷いた瞬間、庭園を包み込むような、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
「なんと素晴らしい夜だ!」
バルコニーからその様子を見守っていた国王が、愉快そうにワイングラスを掲げ、朗々と宣言する。
「余はここに、ブラックウッド辺境伯とエマ・ウィンターの婚姻を心より祝福し、婚姻後も両名それぞれの領主権を認め、両領地を共に治めることを正式に許可する!」
「おおーっ!!」
貴族たちの歓声が最高潮に達する。マーサとシリルは横に並び立ってハンカチで涙を拭いていた。(シリルはフリだったが)
「花火をあげよ! 城中の花火を全て上げるのじゃ!!」
「「「おおお!!!!」」」
国王陛下の号令で、パーティの終わりで上がるはずだった花火が、急遽打ち上げられた。
大歓声が上がり、夜の庭は花火の轟音が響き、夜空は色とりどりの光で溢れた。
立ち上がったロビンが、愛おしそうにエマの頬に手を添えて見つめあった。
色鮮やかな花火の光に照らされる、彼の整った顔。その青い瞳に浮かぶ果てしない愛情に、エマの胸は幸せで張り裂けそうだった。エマは、吸い寄せられるようにそっと背伸びをした。そして、頬を包むロビンの大きな手に自分の手を重ねると――ちゅっ、と可愛らしい音を立てて、自分からその形の良い唇に口づけたのだ。
「っ……」
不意打ちのキスに、ロビンが一瞬だけ驚いたように目を丸くする。エマが照れ隠しにふにゃりと笑って見せた。そして「だっていつもロビンさんだって急にするじゃないですか」と唇を尖らせた。次の瞬間、彼の瞳に「もう限界だ」と言わんばかりの、甘い熱が宿った。
「……その口は、わざと?」
掠れた声がこぼれた直後、エマの腰がぐんと力強く引き寄せられた。エマの「あ」という小さな声は、ロビンの唇に重なって消えていく。
「んんっ……!」
今度はロビンから、絶対に逃がさないとばかりに深く、蕩けるような口づけが降ってくる。夜空に咲く大輪の花火の轟音すら遠ざかるほど、甘く、熱く、息もできないほどの誓いのキスだった。
「おおおおおおっ!!!」
「ひゅーっ! お熱いねぇ辺境伯!!」
夜空を焦がす花火を背景に交わされる熱烈な口づけに、周囲の貴族たちから今日一番の割れんばかりの拍手喝采と、冷やかし混じりの大歓声が沸き起こる。
鳴り止まない祝福の嵐の中、エマは愛する人の腕の中で、世界で一番幸せな笑顔を咲かせたのだった。
「失礼いたします。ブラックウッド辺境伯閣下」
空気を読まない、極めて事務的な声が二人の間に割って入った。
振り返ると、そこには王宮の執事が、銀のお盆を恭しく両手で掲げて立っていた。
「ん? なんだ?」
「王室経理室より書状でございます。……昨夜、大広間の天窓ガラスを粉砕された件についての、『修理費用の請求書』にございます」
ピシリ、と。
ロビンの笑顔が、綺麗に固まった。
銀のお盆に乗せられた封筒には、王家の紋章とともに、恐ろしいほどの桁数の数字が印字されているのが見えた。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙の後。
エマは両手を腰に当て、ロビンをキッと睨み上げた。
「ほら!! だから言ったじゃないですか!! ロビンさんの持ち出しになるって!!」
「い、いや、あれはエマを助けるための不可抗力で……」
「無駄遣いは領地財政の敵です! 帰ったら、お父様の領地と一緒に、ブラックウッドの帳簿も私がきっちり監査しますからね!!」
「……お手柔らかにお願いします、エマ様」
完全に頭の上がらない『死神』の姿に、周囲の貴族たちからドッと温かい笑い声が沸き起こった。
少し離れたところでその様子を眺めていたシリルは、やれやれと肩をすくめた。
「まったく。我が領主様たちときたら」
そうぼやくその顔もまた、晴れやかに笑っていた。
花火が輝く星空の下、エマの明るい怒り声と、ロビンの幸せそうな降参の笑い声が、いつまでも庭園に響き渡っていたのだった。
終わり。
うわーやっと書き終わりました・・・初めてこんなきちんと小説が書けたかも知れません…!
大変だった…
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ここから先はエピローグ的なラブラブシーンを足していきたいと思いますが、一旦はFin!です!
ありがとうございました!




