「いくらなんでも性格悪すぎない!?」地下牢に監禁して髪まで切ってきた義妹たちの性格がゲスすぎて、思わずツッコミを入れてたら、辺境伯が死ぬほどの怒りを向けてくれましたがまだまだピンチです!?
ワルツが終わり、胸の高鳴りが収まらないまま、エマは喉を潤すためにバルコニー近くの給仕卓へと向かっていた。
ロビンは国王へ簡単な挨拶をするため、少しだけ席を外している。
「あー……っ、もう! なんで『す』で止まっちゃうのよ、私のバカ!」
熱を持った頬を両手で冷ましながら一人で身悶えしていると、背後からおずおずとした、ひどく頼りなげな声がかけられた。
「……お姉様」
振り返ると、そこに立っていたのは義妹のエスターだった。
いつもの傲慢で派手な態度はどこへやら、肩をすぼめ、今にも泣きそうな顔でエマを見つめている。
「エスター……?」
「あの……少しだけ、お話しできませんか? 二人だけで」
「……お義母様と、また何か企んでいるの?」
エマが警戒して身を引くと、エスターは悲痛そうに首を横に振った。
「違うの! 私……怖くなったの。お母様、どんどんおかしくなっていくわ。鉱山のことだってお父様のことだって……私、いくらなんでもやりすぎだと思うの。お母様のしていること」
「え……」
「私、お母様が怖いの。……お願い、お姉様。私を助けて」
エスターの瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
幼い頃、父が再婚したばかりの頃は、二人で手を繋いで笑い合ったこともあった。エマの胸の奥にある、家族への情がわずかに揺らいでしまう。
「エスター、あなた……」
「これからは、仲良くしましょう? 今までひどいことを言って、本当にごめんなさい」
エスターは涙を拭うと、すり寄るようにエマを抱きしめた。そして頬を両手で包み込み、「ごめんなさい」と真剣な声で囁いた。
「……分かったわ。お母様の暴走を止めるために、協力してくれるのね?」
「ええ、もちろんよ……!」
――その瞬間だった。
(……え? なに? この匂い)
エマの鼻先を、奇妙な甘い匂いが掠めた。
ひどく目の奥が痛い。驚いてエスターの顔を見ると、彼女は先ほどまでの涙顔を嘘のように消し去り、目を見開いて不気味に微笑んでいた。
「う、あぁ……っ」
「ふふ……あははっ! 本当に馬鹿ね、お姉様」
エスターはそう言いながら、エマの顔を覆っていたハンカチを取り出し、自分の手を拭いてバッグの中に仕舞い込んだ。手の中に、人を気絶させることのできる香りの毒を仕込んでいたのだ。
「そんな世間知らずなお人好しだから、お母様に全部奪われるのよ!」
「エスタ……っ、あ……」
視界が急速に暗転していく。身体からすべての力が抜け、エマはその場へ崩れ落ちた。
遠のく意識の中で、エスターの冷酷な指示と、近寄ってきた不審な従者たちの気配が、深い闇の底へと溶けていった。
◇◇◇
激しい頭痛とともに、エマは目を覚ました。
カビと湿気の匂い。冷たく湿った石の床。
ぼやける視界を開くと、そこは薄暗い地下室だった。窓は一切なく、頑丈な鉄格子の扉が閉ざされている。天井には、地上へ繋がる小さな通気用の鉄柵が見えた。
(ここは……?)
身体を動かそうとしたが、両手首と胴体が太い麻縄で頑丈な木の柱へきつく縛り付けられていた。足首には、あの重い黒い足枷がガッチリとはめられている。
そしてふと、胸元が妙に軽いことに気づいた。
いつもそこにあるはずの、母のロケットがない。そのことに気づいた、その時だった。
「気がついたかしらぁ? 役立たずのお姉様っ!」
鉄格子の外で、エスターが腕を組んで冷笑を浮かべていた。その隣には、冷たい瞳をしたヘラが立っている。
「こ、ここはどこなの!?」
「どこって、あなたの家じゃない。タウンハウスの地下よ。大昔に使っていた地下の物置を、地下牢に改造しておいたの」
「か、改造!? お義母様……エスター……っ! こんなことをして、タダで済むと思っているの!?」
「タダで済むも何も、すべては終わるのよ」
ヘラが鉄格子の隙間から、冷たく言い放った。
「さっ! 言うのよ、領地と鉱山を私たちに譲ると」
「い、いや。そんなこと、言えないわ」
「いいえ、あなたは言うのよ」
エスターはそう言うと、ポケットからきらりと光る何かを取り出し、牢の鍵を開けてエマの前に進み出た。
シャラリ……。
エスターの手から滑り出たものは、エマの両親の写真が入った金のロケットペンダントだった。
「!!!」
エマは息を呑んだ。
エスターはニヤリと笑うと、ロケットをかちりと開いた。
そこには、エマの父と母の顔が描かれた絵と、そして「エマ、愛する娘へ。」と刻まれた文字。
「……やめて。それが残っている唯一の……」
エスターは眉をわざとらしくハの字に下げながらも、口元はいやらしく笑い、そしてロケットを地面に置いた。
「やめて! エスター! ダメよ!!!!」
エマの脳裏に、これまでの日々が瞬時に蘇った。母から譲り受け、父がなくなった後も自分を励まし続けたペンダント。何かあるたびに中を開いては、心の頼りにしてきた。
ぐにやり。
ロケットは無惨にも、エスターのヒールの踵に潰されてしまった。
「・・・・!!!」
「さっ! 盛り上がってきたわね?」
次にエスターが取り出したのは、研ぎ澄まされた銀のハサミだった。
「お姉さまが言わないなら、仕方がないわぁ」
カチャリ、と冷たい刃の音が響く。
「な……何を……」
「お姉様の、その自慢の綺麗な髪。辺境伯様も、よく触って慈しんでらしたわよね?」
無慈悲な笑みを浮かべて歩み寄ってくる。縛られたエマは逃げることができない。
「……それでも、言わないの?」
エマは涙を流しながらも、首を横に振った。
「……言わない。領地は、お父様が守ったものだから」
エスターはしばらくエマを見つめ――やがて、にやりと笑った。
「そう。じゃあ、お姉様に言わせるのは諦めるわ」
「やめて……! やめてよ、エスター!!」
「さぁ! 言うのよ!」
「い、いや!!!!」
「大人しくしなさいよ!」
エマはなんとかしてのけぞった。が、後ろで見ていたヘラがついに言った。
「強情なところは親子一緒ねぇ。エスター、もう口だけの脅しは終わりよ」
エスターはその言葉に、ほら言わんこっちゃないとばかりにエマに笑いかけた。
「やっておしまいなさい」
「はぁい」
エスターはエマの頭を乱暴に掴むと、美しく結い上げられていた蜂蜜色の長い髪を、容赦なくバサリと切り落とした。
「良い子ね〜エスターは」
ジョキ、ジョキッ……!!
「ああああっ……!」
床へ、光沢を帯びた美しい髪が、無惨に散らばっていく。
何度もロビンが指に巻きつけ、「綺麗だ」と褒めてくれた、大切な髪。
顎のラインあたりで無造作に切り揃えられ、短いボブになってしまった頭を抱え、エマは悔しさと屈辱でボロボロと涙を流した。
「ふん、小汚い小鳥みたぁい……きったな!」
エスターは切り落とした長い髪の束を布袋へ詰め込むと、満足そうに笑った。そしてエマの耳元へ顔を寄せ、ねっとりとした声で囁く。
「お・似・合・い……よ?」
エマは切り落とされた自分の髪を泣きながら見つめていたが、その言葉にハッとして顔を上げた。
至近距離で目に入ったのは、底意地の悪さでひどく歪みきった義妹の顔。あまりにも絵に描いたような悪魔の形相を前にして、エマの心の中で、悲しみよりも先に何かがプツリと弾けた。
そして、涙声のまま、思わず本音を叫んでしまった。
「ま、ま、前々から思っていたけど……っ、あなたたち、いくらなんでも性格悪すぎない!?」
――シン……。
カビ臭い地下牢が、不自然なほどの静寂に包まれた。
あまりにド直球すぎる、ド正論の非難。
エマは涙目で二人をキッと見上げ、ヘラとエスターは予想外すぎる方向からの反撃にポカンとして、柱に縛られて小さく震えるエマをじっと見つめ返している。
数秒の、ひどく気まずい空白ののち、二人は顔を見合わせた。そして。
「「ぎゃはははは!!!!!」」
地下牢の静寂を暴力的に打ち破り、二人は腹をのけぞらせて甲高く笑い出した。それだけでは足らず、苦しげに腹を抑え、自分で自分の太ももを叩き、「だめ! お腹痛い! 苦しいわ! あはっ! あはは!!!!」と苦しげに笑い狂っている。
不気味なほどの笑い声に、エマは縛られたままゾッと身をすくませた。その狂ったような笑い方は、まるで、本物の悪魔のようだった。
「あーあ! もうやめてよエマったら。あなたって、本当におかしな子!」
「そんなことに今更気づくだなんて……あー、笑ったわ」
(狂ってる。頭がおかしいわ、この二人……っ!)
ひとしきり狂ったように笑い終えた二人は、目尻に浮かんだ涙を拭った。そして、エスターが軽快にパンっと手を叩いた。
「さぁ! お母様! これを辺境伯様へ届けて差し上げましょ!?」
「待って! 何をする気なの!?」
「エマったら! あなたが悪いのよ〜? 大人しく領地を譲らないから! ブラックウッド辺境伯には、もうすぐ『取引』が持ちかけられるの。あなたが生きているうちに、エスターとの婚約を認め、ウィンター領の鉱山の採掘権をすべて私たちへ譲渡するようにね」
「そんな脅迫に、ロビンさんが屈するはずがないわ!」
「屈するわよ。……だって、これを見せるもの」
エスターはエマの髪とロケットペンダントを拾い上げると、ニヤニヤと笑って見せた。
「やめて……お願い……! もう、やめて……!」
もしこの二人に領地を譲ったら、領民が苦しむことになることは明白だった。だからエマは、どうしても自ら譲ることはできない。悔しさに、涙が溢れる。
「お前は、せいぜいそこで自分の無力さを呪いながら震えていなさーい! あーはっはっは!」
バタンッ!!
耳をつんざくような狂笑とともに重い鉄扉が閉ざされ、ガチャリと鍵がかけられる。
勝利を確信したような二人の軽快な足音が、暗い地下室から遠ざかっていく。
再び訪れた静寂の中で、エマは柱に縛られたまま、がっくりとうなだれた。
「う、ううう……っ」
エマはしばらくうずくまったまま、顔を上げることができなかった。
薄暗い床には、彼女の美しい髪の残骸が散らばっていた。
◇◇◇
その頃。王宮の祝賀パーティ会場は、騒然としていた。
「どういうことだ、カエサル!!」
ロビンが、カエサルの白い軍服の胸ぐらを荒々しく掴み上げていた。
普段の気怠げな態度は微塵もない。青い瞳には、燃え盛るような殺気が宿っている。
「エマが消えた。……お前が連れ去ったのか!?」
「……馬鹿を言うな、私は何も知らない」
カエサルは心底驚愕したように目を瞠り、ロビンの手を力づくで払いのけた。
「私がエマ嬢を力ずくで攫うような下劣な真似をすると思うか? 私は正々堂々と彼女を口説き落とすと言ったはずだ」
「じゃあ誰が――」
「争っている場合ではない。探すぞブラックウッド!」
カエサルは自らの海軍の部下たちへ向けて、ホールに響き渡る怒号を上げた。
「ここにいる全海軍兵へ告ぐ! エマ・ウィンター嬢を捜索せよ! 王都の出入り口をすべて封鎖しろ!!」
カエサルの焦燥と怒りは、紛れもない本物だった。
その時。
人混みの向こうから、優雅な足取りでヘラがロビンへと近づいてきた。
「お困りのようですわねぇ、ブラックウッド辺境伯」
「……ヘラ」
ヘラはロビンの耳元へ顔を寄せると、周囲には聞こえない声で冷たく囁いた。
「エマは、私たちが保護いたしましたわ」
「保護だと……? どういうことだ! 貴様……っ!!」
「騒がないで。……これが、どういう意味かお分かりでしょう?」
ヘラが、ロビンの手に小さな布袋を押し付けた。ロビンは眉を顰めそれを受け取った。
そして、その中には――切り落とされたばかりの、蜂蜜色の長く美しい髪の束、そして、金のバラの紋章が光るロケットペンダント。
「っ……!!」
ロビンの呼吸が止まった。
半年前。雪の中で初めて彼女に会った日、自分が拾い上げて返したもの。そしてエマがいつも大事そうにつけていたロケットペンダントだった。
「エマの命が惜しければ……今すぐエスターと婚約なさい。そして国王陛下の御前で、ウィンター領の鉱山発掘権を私たちへ譲ると宣言するのです」
「……ふざけるな」
「本気よ? もし拒否なさるなら……」
ヘラは薄い笑みを浮かべながら、さらにロビンに近づいた。キツい香水の匂いにロビンが顔を顰めるが、そんなことには気づきもしない。
「次に届くのは、あの娘の首よ」
ロビンは奥歯が砕けそうなほど噛み締める。
握り込んだ拳には、爪が食い込み血が滲んだ。
殺したい。今すぐこの女の首をへし折ってやりたい。
だが、エマの居場所が分からない以上、下手に動けば彼女の命が奪われる。
「……分かった」
ロビンは地を這うような低い声で答えた。
ヘラの口元に、醜い勝利の笑みが浮かぶ。
「賢明なご判断ですわ。……さあ、エスターの手をお取りなさい。国王陛下が、お待ちです」
人波を割って、桃色のドレスを着たエスターが勝ち誇った顔で進み出てくる。
ロビンは氷のように冷たい無表情の仮面を被り、エスターの手を取ると、国王の座す玉座の前へと、重い足取りで歩みを進めたのだった。
改稿⇨悪役をより一層悪役らしくしました!




