「好きかどうか、そろそろ教えてよ」――甘すぎる辺境伯の決意と、すれ違う空飛ぶ令嬢
昨夜から今朝にかけてのロビンの過保護ぶりは、まさに限界を突破していた。
エマが少しでも移動しようものなら、壁に寄りかかって見張っていたロビンが、背後霊のようにピタリとくっついてくるありさまだった。
「どこに行こうっていうの?」
「トイレです!」
「手伝うよ」
「重石があるから平気だってわかってますよね!?」
エマは重石をつけてトイレに行き、そしてドアを開けた瞬間固まった。扉の真ん前にロビンがいたからだ。
「なっ!何してるんですか!」
「だって何かの拍子に抜けてしまったらどうするのさ」
エマは呆れて言葉が出なかった。が、それだけでは終わらなかった。
「どこに行くのさ」
「歯磨きです!」
「俺もいく」
「だから! おーもーし! 見えてますよね!? 足首に!」
エマは歯を丁寧に磨き、そして口をゆすいだ。そして顔を上げた瞬間に固まった。
鏡にロビンが写っており、壁にもたれてこちらを見ていたのだ。
「だって・・・」
「もう!しつこーい!!」
風呂に至っては「宿屋の風呂場には天窓が付いているから、もし浮いたら外に飛び出してしまう」などと強引な理屈をつけ、自らの目にサラシをきつく巻きつけてまで同伴してきたのだ。
「だってメイド長は寝てるし、旅先だから手すりもリボンもないのに、どうするってのさ」
エマは重石をつけたまま一人で入ろうとしたのだが、ロビンは「もし何かの拍子に滑って足枷が抜けたら? 金具が錆びて壊れたら?」と頑として引かなかった。
「ぜっっったいに目、開けちゃダメですよ!?」
「そのための目隠しでしょ?」
「信用なりません!」
「はいはい」
結局、バスタオルをぐるぐる巻きにしたエマを抱き抱え、ロビンはパジャマ用に持ってきていたズボンだけ履いて、目隠しをしたまま一緒に湯船に浸かった。
「っ! きゃー! どこ触ってるんですか!」
「え? ごめんって。だって見えないんだから仕方ないでしょ」
「あ! ロビンさん! 拳銃つけたまんまお湯に入りました!? 泡風呂なんかに入れたら錆びて壊れちゃいますよ!」
「…………」
そんなふうにして、過保護がマックスに振り切れた状態で夜を過ごし、ロビンのその熱を帯びた眼差しは、翌朝になっても全く変わっていなかった。
「足枷つけてま……」
「いいから。もう黙って運ばれて」
早朝、メイド長の手によって見事に可愛らしく仕上げられたエマを見るなり、ロビンは有無を言わさず自らの黒マントで彼女をすっぽりと包み込み、そのまま抱え上げて馬車へと乗り込んだのだった。
◇◇◇
王都へと向かう馬車の中、今朝までの過保護っぷりを思い出し、エマはゲンナリとため息をついた。
石畳の段差でガタンと大きく揺れた。
その拍子に、ロビンの膝の上に横向きに座らされていたエマの身体が、ふわりと軽く飛び跳ねる。
「きゃあ!」
「危ない。だから言ったでしょ」
そう言って、ロビンは解けかけたマントを再びきつく包み直そうとしたが、エマがバタバタと抗議した。
「や、大丈夫です。ていうか暑いです! そろそろ離してください!」
「つれないなぁ。ねぇ、返事、そろそろいいんじゃないの? まだもらってないんだけど?」
ロビンはエマの腰を抱いたまま、絶対に逃がさないとばかりにじっと見つめてきた。
エマはジリジリと身をよじって後退しようとしたが、すぐに馬車の壁際まで追いやられてしまう。ロビンが壁にドンッと手をつくと、圧倒的な体格差も相まって、まるで甘い牢屋に閉じ込められたような錯覚に陥った。
ロビンは「くくっ」と喉の奥で笑うと、エマの耳元へ顔を寄せた。
「そろそろ教えてよ」
低く、甘く囁かれる声に、エマの全身が一気に熱を持った。
「〜〜〜!! さ、さぁ! 知りませんっ!」
「ははっ」
「もうっ! ロビンさん! 今はお父様のことで大変なんですから、そんなこと言っている場合じゃありません!」
照れ隠しに、エマはポカポカとロビンの厚い胸板を叩いた。
ロビンはその小さな手を優しく包み込むと、ふと真面目な色を青い瞳に宿した。
「わかってるよ、ごめん。……でも、この王都での騒動がすべて終わったら、改めて君の気持ちを聞かせてほしい」
「ま、また聞くんですか?」
「ああ。それに、その時は俺からも……君に聞いてほしい話があるんだ」
「聞いてほしい話、ですか……?」
「うん。とても大事な話だ」
ロビンはそう言って、エマの蜂蜜色の髪を優しく撫でた。
(この問題がすべて解決したら、全部話そう。ノエルが成人した暁には、俺はこの領地を彼に引き継ぐこと。辺境伯でも何でもない、ただの男になってしまうこと。……それでも、君とずっと一緒にいたいと)
ロビンの真っ直ぐな視線と真剣な声色に、エマはドキリとして小さく息を呑んだ。
しかし、次の瞬間にはロビンはいつもの悪戯っぽい笑みに戻っていた。
「それに、嫌ではないんでしょ? 俺のこと。……言ったよねぇ、お祭りの日に」
不意打ちで放たれた言葉に、エマは眉間に皺を寄せて必死に記憶を巡らせた。
そうだ。あの祭りの日の夜、バルコニーでカエサルから逃げた後、エマは確かに言ったのだ。『嫌ではない』と。
そしてその直後、人生で初めてのキスを、目の前にある形の良い唇に奪われたのだ。
「思い出した? ははは、顔がトマトみたいに真っ赤だね」
「〜〜〜!!! からかわないでください!」
「ごめんごめん。これ以上言ったら本当に爆発しちゃいそうだから、今はやめておくよ」
エマは再びポカポカとロビンの胸板を叩いたが、やはり鍛え上げられた身体はびくともしなかった。
その二人を向かいの席で見せつけられ続けていたシリルは、たまらず深々と、あからさまな溜め息をついた。
「はー……。この空気、なんとかなりませんかねぇ。お二人とも、馬車の中に『私』という人間がいること、お忘れなんじゃないですか? いちゃつくのは城に戻ってから、お二人の部屋でしてください」
「い、いちゃついてなんかいませんっ!」
「それがいちゃついていないんだったら、何だと言うのです?」
シリルが呆れ顔で指差した先。
エマを壁際に抱え込んでいるロビンの長い指が、いつの間にかエマの蜂蜜色の髪を一房すくい取り、くるくると指に巻き付けて遊んでいたのだ。
「〜〜〜! もう知りません!」
エマはプイッと顔を背け、真っ赤な顔のまま馬車の外へ視線を走らせた。
自分がロビンを好きなのかどうか。それは、エマ自身にもまだ完全には分からずにいた。惹かれているのは本当だ。でも、ロビンの城には、いまだにあの女性の部屋が手入れされたまま残されている。
彼の心の中にずっと居座っている女性がいるのに、彼を好きになってしまっていいのか。彼自身が「好きだ」と言ってくれても、もしその『忘れられない人』や『ノエル』という女性が戻ってきた時、自分は捨てられてしまうのではないか。
そんな不安が、エマの胸の奥で小さな棘のように刺さったままだった。
しかし、ロビンはそんなエマの葛藤など知る由もなく、ひたすらに甘かった。
道中、立ち寄った王都のドレスショップでは、目についた最高級のドレスを次々とエマにあてがい、アクセサリーショップでも真珠や宝石を躊躇うことなく買い漁った。これから待ち受ける決戦の緊張感など微塵も感じさせないほどの溺愛っぷりに、エマはただただ圧倒されるばかりだった。
「こ、こんなに高価なもの、いただけません!」
「仮にも俺の婚約者が、みすぼらしい格好をしているなんてブラックウッド家の恥になるからね。……俺のためだと思って、素直に受け取ってよ」
そう言って優しく笑う彼に、エマはますます胸を締め付けられるのだった。
◇◇◇
王都へ到着し、三日間にわたって開催される建国記念の祝賀パーティが幕を開けた。
ブラックウッド家のタウンハウスでは、エマのドレスアップに侍女たちが忙しく立ち働いていた。ロビンから贈られた山のようなドレスの中から、エマは淡いクリーム色のものを選んだ。丁寧に結い上げられた髪には、上品なパールのアクセサリーが輝いている。
そして最後の仕上げに、形見である金のロケットペンダントを首にかけた。
一方のロビンは、黒を基調とした威厳ある軍礼服に身を包んでいた。
「綺麗だ。……他の奴に見せたくないなぁ」
完成したエマの姿を見て、ロビンが目を細めてぽつりとこぼした瞬間、エマがわかりやすく赤くなる。
(ロビンさんってどうしてそんな甘いセリフが簡単に言えるの!?…ていうか、誰にでもそうなのかしら…)
エマは、ロビンの甘い言葉とビシッと決まった軍礼服姿に顔を赤くしながらも、すぐにまた余計なことまで考えすぎてしまうのだった。
すっかり陽も落ちた頃、エマはロビンにエスコートされ、王城へと入っていった。
◇◇◇
エマたちが王宮へ向かっている頃、闇夜に紛れ、シリルと少数の精鋭たちはヴェイン家のタウンハウスへと向かっていた。このパーティで家の主たちがいない隙に調査をしようという魂胆だった。
「全く人使いの荒い主人だ」
シリルは影からカエサルが馬車に乗って出たのを見届けると、静かにタウンハウスへ忍び入った。
◇◇◇
その頃。
華やかな音楽とシャンデリアの光が溢れる王宮の大広間。
エマは国王陛下の御前に立っていた――正確には、床から十センチほど浮いた状態で、ロビンに腰を支えられながらだが。緊張していたエマは、首にかけられた形見のペンダントをぎゅっと握り、数回小さく息を吐いた。
「ほう。ブラックウッドの報告書にあった『呪い』とは、本当だったのだな」
玉座に座る初老の国王は、エマの浮き上がる足元を見て、感心したように立派な髭を撫でた。
エマの身体がこれ以上浮かないよう、ロビンは片手で彼女の腰をがっちりと抱き寄せて固定している。周囲の貴族たちは、美しい辺境伯が小柄な令嬢を片時も離さず抱きしめている姿に、「なんと情熱的な」と扇で口元を隠してひそひそと囁き合っていた。
本人は恥ずかしくて死にそうなのだが、離れれば天井まで飛んでいってしまうため、耐えるしかない。
「陛下。この者の解呪のため、王宮魔術師殿のお知恵を拝借したく存じます」
「うむ、よかろう。余も興味がある。おい、賢者殿を呼べ」
国王の命により、白髭を長く伸ばした王宮一の老魔術師が呼ばれた。
だが、エマの身体を診察した老魔術師の顔は、次第に険しいものへと変わっていった。
「……ふむ。これは、ただの魔法ではありませぬな。術者ごと天へ放逐する……古の『禁忌の呪薬』で間違いありません」
「解く方法は?」
ロビンの問いに、老魔術師は重々しく首を横へ振った。
「不可能に近い。効き目が自然に切れるのを待つか、専用の魔法薬で解呪するかじゃな。昔、王宮の地下書庫には、この呪薬の精製法と解毒法を記した『魔導書』が封印されておったのだが……数年前のボヤ騒ぎの折に、その魔導書は何者かによって盗み出され、行方不明なのじゃ。原本がなければ、解毒薬の調合は不可能。……効き目がいつ切れるかは、未知数じゃ」
その言葉に、エマは血の気が引く思いだった。
「そんな……」
絶望に肩を落とすエマを見て、国王は鷹揚に頷いた。
「そう気を落とすでない。我々もできる限りのことはしようぞ。そちらが真に婚約していることは、あいわかった。疑ってすまなかったな。……じゃが、エマ・ウィンターよ。そなたの継母どのは、その結婚について異議申し立てをしておる。これについてはどうするのじゃ?」
エマの喉元まで、「継母ヘラが父を毒殺した可能性が高い」という告発が出かかった。しかし、グッと堪えた。確たる証拠が何一つないのだ。
「……申し訳ありません、陛下。一度、母と話し合ってみます」
「そうしたまえ。その呪いをかけた犯人も捕まえねばならぬことだ。お互い協力し合うように」
国王が扇子で合図をすると、止まっていたオーケストラの音楽が再び鳴り出し、広間は歓談の熱気を取り戻した。
「あら〜〜!?ようやく見つけたわ。エマ!」
その空気を切り裂くように、甲高い声が広間に響いた。
めっちゃ迷いながら書き進めてます・・・ロビンの心の葛藤を書きたいんですが難しい。痛みのあるヒーローの方がいいような気がして、迷いながらも書いてますが、今のところこの方向性で行きます!!!
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