カツカツの女王さま
カツ、カツ、カツ……
その音がコンビニの床に響いた瞬間、夏美はレジの手を止めた。
ピカピカの黒いパンプスを履いた女性が、颯爽と店に入ってくる。
姿勢が良くて、視線はまっすぐ。おにぎりとお茶を手に取る仕草にも迷いがない。
「カッコいいなぁ……」
夏美は思わず見惚れてしまった。
――そのとき、夏美の頭の中では、妄想のスイッチが入っていた。
***
ここは、パンプスたちだけが暮らす世界。
艶やかなフロアの上で、パンプスたちが自由に過ごしていた。
「おはよう〜」
「今日もいい音させてる?」
「もちろん!昨日なんて、階段を上るときにカッツカッツッて響かせたわ」
パンプスたちは、自分が奏でる“音”に誇りを持っていた。
ヒールの高さ、素材、主の歩き方によって変わるその音色は、自分だけのサウンドトラック。
そんなとき――
遠くから、乾いた高音のステップ音が近づいてきた。
「……来たわよ」
「今日もあの人のパンプスだ!」
現れたのは、ヒール9センチの、ピカピカした黒いパンプス。
姿勢よく、堂々と立つその姿に、周囲のパンプスたちは見惚れていた。
「おはよう」
「うわぁ、本物……!今日もカツカツの音がキマってる〜!」
女王パンプスと呼ばれるそのパンプスは、微笑みながら言った。
「今日はね、主がコンビニでおにぎりとお茶を買っていったの」
「わぁ〜!さりげなくてカッコいい〜!」
「ただ歩くだけで絵になるって、どういうこと……」
ひとつのパンプスがぽつりと呟く。
「私、まだグラグラしてるの。カツって音もうまく出せないし……」
それを聞いて、女王パンプスは優しく言った。
「大丈夫よ。最初から完璧なパンプスなんて、いないの」
「主と一緒に、何度も歩いて、何度も転びそうになって……それを越えていくうちに、音も姿勢も磨かれていくのよ」
「姿勢が音を作る」
「そしてその音が、誰かの気持ちを変えるのね」
パンプスたちは、静かにヒールをそろえた。
今日もまた、新しい“カツカツ”が生まれる。
誰かの一歩の、その足元で。
***
「ありがとうございました〜」
颯爽と女性が去っていき、カツカツという音が遠ざかっていく。
夏美はレジの中で、小さく笑った。
「よーし、私も背筋伸ばしてがんばろっと」
ほんの少し、姿勢がピンと伸びた気がした。
日々いろんなお客さんが訪れるコンビニ。
パンプスたちの世界では、カッコよさは“姿勢”と“音”から生まれるということ。
きっと私たちも、ちょっと背筋を伸ばすだけで、少しだけ違った一歩を踏み出せるかも…




