上靴と100人の約束
夏美は、いつもの道を歩いていた。
朝の光がやさしくて、鳥の声が遠くで聞こえる。
住宅街の角を曲がったとき、ふと目に止まった。
誰かの家のベランダに、上靴が干されていた。
白い布地に、青いゴムの縁。
風に揺れて、まるで空に小さく手を振っているみたいだった。
「上靴かぁ…なつかしいなぁ」
思わず足を止めて、じっと見つめた。
小学生のころ、金曜日になるとランドセルにねじ込むように入れて帰ってたっけ。
日曜日の夕方になって、母に「洗ったの!?」って言われて、
あわててお風呂場でごしごしこすった思い出がよみがえる。
そのとき、ふと頭の中に流れてきたメロディ。
――一年生になったら〜一年生になったら〜
友達100人できるかな〜
「あの歌、幼稚園で毎日のように歌ってたなぁ…」
自然と口元がゆるむ。
でも、あの頃は何も考えずに歌っていたけど、
“100人の友達”って、すごい数だよね。
「私の学年、2クラスで60人くらいだったもんな…
しかも全員が友達ってわけでもなかったし」
思い返せば、教室の隅でひとり本を読んでた日もあった。
給食の時間が苦手だった日も。
遠足の班分けで、ちょっとだけ心がきゅっとなったことも。
そんなことを考えていたら――
「ねぇ、夏美ちゃん」
風に揺れる上靴が、やさしく語りかけてくるような気がした。
「たしかに、100人はむずかしいかもしれない。
でも、君はちゃんと、誰かと笑い合った日があったよね?」
うん、たしかにあった。
笑った日も、泣いた日も、
上靴と一緒に歩いた、あの校舎の廊下。
晴れた校庭、雨の日の体育館。
全部、思い出の中にある。
「友達は、数じゃない。
一緒に過ごした時間の中に、ちゃんといる。
その足跡のひとつひとつを、私は覚えてるよ」
上靴は、誇らしげに風の中で揺れた。
夏美は、少しだけ目を細めて、もう一度その上靴を見上げた。
「ありがとう、上靴さん」
また歩き出す足どりが、ほんの少しだけ軽くなった。
子どものころ、なんとなく歌っていた「友達100人できるかな」という歌。
大人になった今、あらためて考えてみると、100人も友達なんていなくても、
誰かと過ごしたひとときが、心の中でちゃんと光っていることに気づきます。
上靴はそんな日々を、足元からずっと覚えてくれているのかもです…




