刺し子のポシェット
お昼前、いつもの常連さんがゆっくりと店に入ってきた。
白髪をきれいにまとめた小柄なおばあちゃん。名前は明石さん。
彼女の肩には、深い藍色の刺し子のポシェットがかかっていた。
(やっぱり素敵だな……)
夏美はレジ越しに微笑んだ。
「こんにちは、明石さん。今日もいいお天気ですね」
「こんにちはねぇ。あったかくて、気持ちがいい日だこと」
「今日は何にされますか?」
「そうねぇ、おにぎりと……あと、ちょっと甘いものを。ふふふ」
「新しい和菓子、今朝入ったばかりなんです。よかったら」
「まぁ、それはうれしいわ。じゃあ、それをひとついただこうかしら」
明石さんの手元に視線を落とすと、やっぱりあのポシェットが目に入る。
落ち着いた藍色に、白い刺し子の模様が浮かんで、どこか優しい表情をしていた。
――私、いいでしょう?
そんな声が、どこかから聞こえた気がして、夏美は思わず笑った。
「うん、とっても素敵です。そのポシェット」
「ありがとう。これはね、私が縫ったのよ」
「えっ!? 手作りなんですか?」
「ええ。孫と一緒に模様を考えてね。『ここは星にしよう』『ここは波がいい』って、あの子、夢中になってくれてねぇ」
「へぇ〜! それはなおさら素敵ですね」
「ふふふ、大切な思い出なのよ」
ポシェットが小さく揺れたように見えた。
まるで「その通り」と言っているように。
――おばあちゃんが、ひとはりひとはり、丁寧に縫ってくれたの。
――模様には、お孫さんとの会話が編み込まれている。
――私はいつも、おばあちゃんと一緒。病院も、買い物も、雨の日も。
夏美は、じんわり胸があたたかくなるのを感じた。
「お孫さん、きっと喜んでますね。おばあちゃんが大事に使ってくれて」
「ええ。電話のたびに聞かれるのよ。『ポシェット使ってる?』って」
「ふふっ、かわいいですね」
「この子がいると、いつもそばにいるみたいでね。離れていても、なんだか安心するの」
「また見せてくださいね。楽しみにしてます」
「ええ。また来るわ。今度はね、お友だちに贈る用に、新しいのを縫おうと思ってるの」
「素敵ですね。私もいつか、そういうふうに誰かに贈れるものを作ってみたいな」
明石さんはレジ袋を手に、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫よ。夏美さんなら、きっとできるわ」
明石さんがゆっくりと店を出ていく。
その背中を見送ると、ポシェットが風に揺れ、きらりと光った。
まるで、「ありがとう」と会釈しているみたいだった。
(私も、誰かの心に残るような人になれたらいいな……)
そう思いながら、夏美はもう一度、小さくお辞儀をした。
身近なものにも、きっと誰かの思いが込められている。
刺し子のポシェットは、ただの手作りバッグではなくて、
“家族の記憶”や“優しさ”をそっと運んでいるのかも…




