ちょうちょ夫人と蜜の約束
夏美が歩いてバイトへ向かう道には、小さな草花が道端に顔を出している。
その中に、ひときわ元気に咲いているたんぽぽがあった。
その上に、ひらひらと白いちょうちょが舞い降りた。
「ちょうちょさん、今日もいい天気だね」
夏美が思わず声をかけると、ちょうちょは羽をやさしく揺らして答えた。
「そうね。今日は風もちょうどよくて、とっても気持ちがいいわ」
その声は、風に乗って届いたみたいで、夏美の胸の奥がすうっと軽くなる。
ちょうちょは、たんぽぽの花にそっと口を伸ばし、蜜を吸いながら語りかけてきた。
「私たち、ちょうちょはね、お花さんたちの蜜をいただいてるの。とっても甘くて、美味しいのよ」
「へえ〜、私も小学生のころ、ツツジの蜜を吸ってたよ。友だちと放課後に、公園で」
「まあ、ツツジさんの蜜も格別よね。あのやさしい甘さ、ふわっと鼻に抜ける香り、たまらないわ」
ちょうちょは、にっこりとしたように見えた。
「でもね、ただ蜜をいただいてるだけじゃないの。私たちは、そのお返しとして、花粉を運んでいるのよ」
「お花さんたちの願いを叶えてるんだよね」
「ええ。お花さんは動けないから、自分の花粉を他のお花に届けることができない。でも、私たちがいるから、風に任せきりじゃなく、ちゃんと大切な花粉を運んであげられるの。だからね、飛ぶのが楽しいだけじゃなくて、ちょっぴり誇らしいのよ」
「すごいなぁ。小さな体で、大きなことをしてるんだね」
「夏美ちゃんだって、そうでしょ。今日もバイトに向かってる。誰かのために、誰かの笑顔のために、動いてる。それって、私たちと同じよ」
ちょうちょの言葉に、夏美は思わず足を止めた。
「私も…そう思っていいのかな」
「ええ、もちろん。あなたが今日ひとつ笑顔を向けるだけで、どこかの誰かが、元気をもらえるのよ。小さな羽ばたきが、大きな空気を動かすみたいに」
そう言うと、ちょうちょはふわりと風に乗り、たんぽぽの上から空へと飛び立った。
光を透かした羽が、キラキラと輝いている。
「ちょうちょさん、ありがとう。わたし、今日もがんばるね」
夏美は胸を張って、また一歩、バイト先へ向けて歩き出した。
ふと見かけたちょうちょに、優しく語りかけたくなるような日ってありますよね。
夏美の妄想は、そんな小さな出会いからふくらんで、自然と心がほぐれていきます。
誰かのために動いていること、それはたとえ小さくても、とても尊いことなんだと
ちょうちょ夫人がそっと教えてくれたような、そんな気がします…




