湯呑みに宿る想い
食卓に座ると、ふわりと広がる唐揚げの香ばしい香り。
お母さんが揚げたばかりの唐揚げは、表面がカリッとしていて、中はジューシー。
隣には、甘辛く煮付けられたカレイと、やさしい味のひじきの煮物。
見るだけでお腹が鳴りそうになる。
「お茶、入れたわよ」
お母さんが湯呑みを夏美の前にそっと置く。
その湯呑みを見て、夏美はふと手を止めた。
──この湯呑み、小学生のときにおばあちゃんからもらったんだよなぁ。
当時は、お誕生日に湯呑み?って思って、内心ちょっとがっかりしたっけ。
けど、年月が経つにつれて、どんなマグカップよりもしっくりくるこの湯呑み。
ごはんとセットで出てくると、なんだか心が落ち着く。
「ありがとう、夏美さん」
え…?今、声が…?
「私はね、おばあちゃんが夏美さんにプレゼントしようと、陶器市に行って購入されたんですよ」
湯呑みが静かに語りかけてくるような気がした。
耳ではなく、心の奥に直接語りかけるような、優しい声だった。
「おもちゃを買おうか、迷われたそうです。でも“大人になっても使ってもらえるものを”って」
「だから陶器のお店をいくつも巡って、私にたどり着いたんです」
「どんな湯呑みなら、この子は将来も手にとってくれるかしらって、ずっと考えてくださって」
「おばあちゃんが私を見つけたとき、“これだわ”と微笑まれました」
「あのときの笑顔、今でも思い出せますよ」
夏美は湯呑みを両手で包み込むように持った。
すこし冷えた指先に、湯呑みの温もりがじんわりと広がる。
口元に運ぶと、立ち上る湯気のなかに、おばあちゃんの笑顔がふっと浮かんだ気がした。
「ばあちゃん、今でも私、大事に使ってるよ」
「選んでくれてありがとう」
お茶をひと口、静かに飲む。
その瞬間、ふわっとやさしい風が部屋を通り抜けたように感じた。
湯呑みの中のお茶が、わずかに揺れた。
まるでおばあちゃんが「よかった」と頷いてくれたように思えた。
大人になって、ようやくわかる贈り物の意味があります。
何気なく使っている湯呑みの中に、誰かのあたたかな想いが静かに宿っているのかもしれません。




