鮭おにぎりの旅と、夏美のひとくち
お昼休憩。
夏美はお気に入りの木陰のベンチに腰を下ろした。
今日のお昼は、鮭おにぎりとサラダとお茶。
「よし、いただきまーす」
そう声に出した瞬間――
「どうぞ!」
ん?
誰かが返事をしたような…。
でも周りに誰もいない。
首をかしげながら、夏美は鮭おにぎりを手に取る。
「夏美ちゃんに、美味しく食べてもらえると嬉しいよ」
「……えっ? いま、しゃべった?」
「うん、僕だよ。鮭おにぎり。びっくりさせてごめんね」
おにぎりの中から、ほんのりオレンジ色の鮭がふわりと微笑んでいた。
「しゃ、鮭がしゃべった!?」
思わず声が出そうになったけれど、夏美はぐっと堪えた。ここは職場の裏庭、誰かに聞かれたら恥ずかしい。
「そう、僕たち、たまに喋れるんだ。お昼に選んでくれた人にだけ、こっそりね」
「へぇ…それで、どこから来たの?」
「僕? 僕はね、南米から来たんだよ」
「南米! そんな遠くから?」
「うん。川の近くにある養殖場で、大事に育ててもらったんだ。水は透き通ってて、ごはんもちゃんともらって、ストレスが少ないようにって、おじさんたちが音楽をかけてくれたりもしたよ」
「音楽?」
「そう。クラシックとか、自然の音とか。おじさんたちはね、“おいしくなるには、幸せが必要なんだ”って言ってた」
夏美は目を見張った。
「…なんか、感動しちゃう」
「ありがとう。僕たちはね、自分たちが誰かのごはんになるってわかってる。だから、ちゃんと役に立ちたいって思ってるんだ。できるだけ、おいしくなって、誰かの元気のもとになりたいって」
「……なんか、泣きそうになるじゃん」
夏美はおにぎりをそっと見つめ直した。
「だから、こうしてコンビニに並んで、夏美ちゃんに選ばれて――それだけでもう、僕の旅は大成功なんだ」
「…じゃあ、その旅のゴール、しっかり味わってもらうね」
そう言って、夏美は鮭おにぎりを大切にひとくち、ぱくり。
口の中に、やさしい塩味と、ふわっとした鮭の旨みが広がる。
「…おいしい。ほんと、おいしい」
「よかった。じゃあ、僕の仲間のサラダもよろしくね。あっちもなかなか旅してきてるから」
「えっ、サラダも?」
「もちろん。キャベツくんなんか、畑でのびのび育ったんだよ」
夏美はクスッと笑った。
いつもより、ちょっぴり贅沢なお昼ごはん。
おにぎりと会話を交わしたその時間は、心まであたたかくしてくれた。
食べ終わったあと、ふと風が吹いた。
いつも何気なく食べているおにぎりにも、遠くからの物語があるかもしれません。
夏美の大好きな鮭おにぎりも、長い旅とたくさんの人の手を経て、彼女のお昼にたどりつきました。
ただのランチが、ちょっぴりあたたかい時間になる――そんな想像ができるのも、夏美の妄想力のおかげかな…




