恋を運ぶ白い封筒
レジカウンターに立っていた夏美は、扉が開く音に顔を上げた。
「こんにちは〜」
「こんにちは、高柳さん。今日もいい天気ですね〜」
そう声をかけると、常連の高柳さんがニコニコと入ってきた。
今日もいつもの焼きそばと、緑茶の缶。ほんの少しだけ、足取りが軽く見える。
「今日は暑いですね」
「ほんとだねぇ、こういう日は、冷たいお茶がうまいんだ」
変わらないやり取り。でも、今日は何かが違った。
ふと、高柳さんの胸元に、白い封筒がのぞいているのが目に入った。
ポケットから少しだけ顔を出すその封筒は、まるで「気づいて」と言わんばかりに主張している。
夏美の中で、妄想スイッチが入る。
(あの封筒…これからポストに入れに行くのかも)
(きっと、ただの用事の手紙じゃない。あれは――)
* * *
封筒の妄想が、ふわりと始まった。
「はい、そうです。私は今、とても大事な使命を託されているんです」
白い封筒が、少しだけ誇らしげに語る。
「高柳さんは、長い間連れ添った奥様を亡くされて、今は静かな一人暮らし。
でもね、最近ふと思い出した人がいるの。
若いころ、胸の奥で密かに想っていた人。
その人とは何もなかったけれど、ずっと、どこかに気持ちは残っていたの」
ある晩、夢の中にその人が出てきたという。
「目が覚めたとき、妙にリアルで、なんだか気持ちがざわついたらしいの。
それでね、昔の住所を思い出して、手紙を書くことにしたの」
封筒の中身は、簡単な言葉だけ。
――お元気ですか
――ふと思い出しました
――急にすみません
「そう、告白でも、恋の言葉でもないの。
でもね、私にはわかるの。この手紙の裏には、長い時間を越えた“想い”があるって。
だから私は今、とっても大切なおつかいの途中なのよ。
まるで、愛のキューピッドみたいに」
封筒はそう言って、ほんの少しだけ照れたように揺れた。
* * *
「520円になります」
「はいよ、ちょうどあるよ〜」
小銭を取り出す高柳さんの指先は、いつもよりちょっと落ち着きがなかった。
ポケットにそっと戻された封筒は、また胸元で小さく身をひそめる。
(がんばれ、封筒さん)
夏美はレジ袋に商品を入れながら、心の中でそっと応援する。
「ありがとうございました。また来てくださいね」
「うん、また来るよ〜」
高柳さんは、焼きそばの袋を持ち、封筒の上からそっと手を当てて店を出た。
その背中は、いつもより少しだけまっすぐに見えた。
夏美はガラス越しに、その背中を見送りながらつぶやいた。
「行ってらっしゃい、恋の配達人さん。…あなたが届けるのは、きっと手紙以上のものだよね」
そのとき、外の風がそよっと吹いた。
胸ポケットの封筒が、ひらりと風に撫でられたように揺れた。
まるで、誰かが――
「ありがとう」と答えてくれたように思えた。
高柳さんの胸元にのぞいた白い封筒は、ただの紙切れではなく、時を越えた想いを運ぶ小さな配達人。
何気ない日常の中に、こんな物語が隠れているかも…




